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番外6 私は科学で魔法する

 私の名前はキリン。

 こちらでいうネバーランド号事件で生じた<歪み>によってこちらの世界に飛ばされてきた魔法使い。

 今、私は私の所属する組織の仲間と共に東京に来ている。

 目的はルシフ、こちらではレイマと呼ばれている怪物とそのレイマを神の使いと敬うカルト教団が起こした反乱を鎮圧するためだ。彼らはレイマによって生物がすべて滅ぼされた後に真なる世界が創造されると信じて疑わない。


 このカルト教団は元の世界で私達が戦っていた相手で、ネバーランド号事件を引き起こした元凶でもある。

 彼らは元の世界で禁忌の魔法を使い、その衝撃が世界の壁を破壊し、隣接したこの世界にまで被害を及ぼした。

 報道されていた隕石はカルト教団の教祖が放った魔法がこちらに現れたものだ。

 五年経った今もその傷は癒えていない。ネバーランド号が停泊していた周辺が進入禁止区域に指定され、厳重に警備されているのはいまだに大小いくつもの<歪み>が生じているからだ。

 当然そのことは公表されていない。


 こちらに飛ばされた当初、彼らは身を潜めていた。

 教祖が車に轢かれあっけなく死んだこともあるが、こちらの世界では簡単な魔法ですら使うのが困難だったことが大きい。

 魔法が使えない私達はこの世界の人間と大して変わらない。



 私達が魔法を使うためには必要な条件は二つ。


 一つが呪文を知っていること。

 私達の世界では呪文を魔導書などを読んで覚えるわけではない。

 魔晶石と呼ばれる魔法が封じ込まれた特殊な石に触れることで呪文が直接脳に刻まれ、一度覚えると決して忘れることはない。

 ただし、魔法の知識のまったくない者が魔晶石に触れても何も起こらない。

 魔法を使用するのに呪文を全て詠唱する必要はなく、魔法名だけ発すればいい。それで魔法は発動する。

 記憶していない魔法でも呪文すべてを詠唱することで発動はする。しかし初歩的な魔法でも詠唱し終わるのに五分程度、強力なものなら数日かかり、少し発音が悪かっただけでも発動しないのでとても現実的ではない。


 また、覚えられる魔法は人によって異なり、同じ魔晶石に触れても同じ魔法が得られるとは限らない。

 魔晶石は使用する度に脆くなり、やがて砕け散る。その欠片から魔法を覚えることが出来ることもあるが大抵は元より劣る魔法になる。


 魔晶石は希少なこともあり、貴族が独占し、長年魔法使いは特権階級の者にしかなることができなかった。しかし、私が生まれた時には才能さえあれば平民でも魔法使いになれるようになっていた。

 実のところ、私も平民出の魔法使いだ。


 この変化は「平民にも平等の権利を」と貴族達が思ったわけではない。

 私のいた世界では国同士の争いに加え、常にレイマをはじめとした魔物の脅威にも晒されていたが、魔法使いの質は年々落ちてきて、レイマに対抗できる魔法使いが不足してきたことが大きい。



 魔法を使用するために必要なもう一つの条件は魔粒子が存在すること。

 魔粒子とは魔法の元のようなもので呪文により魔粒子がその魔法に変化する。

 魔法使いは体内に魔粒子を取り込み、その蓄積量が多いほど多くの、そして強力な魔法を使うことが出来る。

 しかし、この世界では魔粒子がほとんど存在しないだけでなく、蓄積出来たとしてもすぐに体外へ放出されてしまう。

 これが原因で私達魔法使いは魔法が使えなかった。

 ちなみに呪文をすべて詠唱すると魔粒子の消費を大幅に減らすことができるが、呪文を正確に詠唱すること自体が困難なのでなんの意味もなかった。


 でも、今は違う。



「下がって!」

 私の指示に従い、パートナーの桐生翔がレイマとの距離をとる。

 私はレイマから目を離さず、左手に持ったガラケーのキーを叩く。既にキーの配置は体が覚えている。

 私は使用する魔法の番号を叩き終えると右手の掌をレイマに向ける。

 『レディ』

 ガラケーが準備完了を告げる。


「ライ・ディー!」


 掌から数センチ先に雷が生まれるとレイマに向かって一直線に伸びレイマを貫いた。

 ほんの五センチメートル程度の穴が空いた。

 それで十分だった。

 「ディー」系魔法は対レイマ用の魔法でレイマに絶大の威力を発揮する。というより「ディー」系以外の魔法はほとんど効果がない。

 この「ディー」系呪文を持っているかいないかで魔法使いの評価は大きく変わる。

 レイマは数秒で消滅した。



 私が魔法を使えるのはエレクトリックマジックユーザー、通称EMUと呼ばれるシステムのおかげだ。

 EMUの仕組み自体は単純なものだが高度な科学技術と莫大な運用資金を必要とする。



 仕組みはこうだ。


 まず、予め正確に発音した呪文を圧縮したものをEMUを組み込んだデバイスに記録しておく。

 私やアヴリルはガラケーにEMUを組み込んでいるが他のデバイスに組み込んでいる者もいる。


 魔法使いは魔法を使用する際にこの圧縮した呪文を再生する。一瞬で再生は終わるので声はほとんど聞こえない。


 先にこの世界には魔粒子がほとんどない、と言ったがそれは地上においての話だ。宇宙には無限に存在している。

 EMUから魔法専用に打ち上げられた人工衛星に情報が送られ、その人工衛星は予め蓄積しておいた魔粒子を魔法使いに向けて照射する。

 魔法使いに到達するまでに魔粒子は拡散・減少するが、圧縮再生した呪文の効果で必要とする魔粒子は詠唱した際に必要とする魔粒子量にまで抑えることができるため問題にはならない。


 そして魔法使いは魔粒子の照射を受けた後に魔法名を発することで魔法が発動する。


 私は科学の力によってこの世界でも魔法使いになったのだ。



 EMUによって、誰でも、どんな魔法でも使えるようになった、というわけではない。


 実際に呪文を唱えた本人のみでしか魔法は発動しない。魔法名だけ別の人が発しても魔法は発動しないため他人のEMUを使用することはできない。

 EMUによって覚えていない魔法を使えるようになった者もいるが、魔法には相性が存在し、折角苦労して呪文を記録しても使えない場合もある。

 また強力な魔法は呪文が長く登録が困難である。

 実際、私も「ライ・ディー」より強力な呪文を持っているが、「ライ・ディー」ですら詠唱に数時間かかっているし、何十回も詠唱に失敗している。


 そしてシステム的な問題もある。

 現在の人工衛星では強力な魔法を発動させるために必要な量の魔粒子を照射出来ないのだ。


 EMUが改良されるか、私が元の世界に戻らない限り使うことはないだろう。



「流石ですね」


 相変わらず感情のない声ね。


「もっと距離をとって戦いなさいっていってるでしょ」

「はい、以後気をつけます」

「……」


 桐生翔はいわゆるムーンシーカーで、土を操る能力を持つ。

 実戦は今回で二回目で前よりは使えるようになったがまだまだ経験が足りない。

 それとムーンシーカーによくある傾向だが痛みも死も恐れないため必要以上に敵に近づき過ぎる。

 前回の戦闘ではそれで右腕を失う大怪我を負ったが、本人は平然としていた。その腕は治療魔法により再生している。

 本当に私達の行動を理解しているのかは甚だ疑問だが、教団やレイマに対抗するのに私達だけでは戦力不足で彼らの力も頼らざるを得ないのが実情だ。


 私達の組織では魔法使いとムーンシーカーはペアで行動するようにしている。少なくともムーンシーカー単独で行動させることはない。

 戦闘中に月見衝動を起こした時にそれを抑えるものが必要だからだ。

 世間では月見衝動は抑えられないと言われているが正確ではない。公にはされていないが、すでに抗月見剤が開発されており、発症した際にそれを服用することで発症を抑えることが出来る。

 ただし、副作用があるのであまり使いたくはない。公にされていないのはこの副作用のせいでもある。



 敵の気配を感じた。

 その方向に目を向けるとカルト教団の魔法使いが私に魔法を放つところだった。


 ファイヤーボール、ね。


 私は避けなかった。

 目の前にアスファルトを突き破り土の壁が生まれ、ファイヤーボールを防ぐ。

 桐生の能力だ。

 私は素早くキーを叩き、ファイヤーボールを撃ち返した。

 教団の魔法使いに直撃し、その体を燃やし尽くした。


「……ほんと、厄介なことになったわね」



 本来、魔法を使えないカルト教団など敵ではないはずだった。

 しかし、私達の組織の中には元の世界に戻りたがっている者達も多く、カルト教団はその者達に近づき、「今は争いをやめ、お互い元の世界に戻るために協力しよう」などと言葉巧みに誘い、その話に乗った裏切り者達によってEMUの技術がカルト教団側に流出してしまったのだ。人工衛星も一基ハッキングされたままになっている。

 またムーンシーカーの中に教団側につく者が現れたことも戦いを長引かせている原因の一つだ。



 教団との戦闘が開始されて二時間ほど経った頃、辺りで戦いの音は聞こえなくなっていた。

 私と桐生はレイマ二体に教団信者五名を倒していた。


 本部から作戦終了の連絡が届いた。

 敵勢力は全て殲滅したが、こちらも無傷ではなかった。魔法使い一名にムーンシーカー二名の犠牲者を出していた。


 痛い損失だわ。


 さらにもう一つ連絡が届いた。


 ぷーここと姫野風子とみーちゃんこと皇帝猫のミカエルが独断で対レイマ用パワードスーツの試作機を出撃させレイマを撃退したものの試作機を大破させたというものだった。


「またアヴリルが頭抱えてるわね」


 私達は帰還命令に従い、戦場を後にした。


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