番外5 ごはん
私がポテチを食べながらオンラインゲームをしているとつかさからメールが届いた。
『ごはん』
題名だけで本文なしって相変わらずね。
つかさのメールは短い。今回みたいに題名だけっていうのも珍しくない。上から目線に見えなくもないけど嫌いじゃない。これを許せるか許せないかは相性だと思う。他の人がこんなメールをしてきたら対応が違っていただろう。
つかさとは話していて楽しいし、気を使ったことはない。出会ってそんなに経ってないけど友達だと思ってる。
既婚者ということで男関係で揉めることもないし、夫の皇君と私の間に特別な感情がないことも大きい。
つかさからキャットウォークというSNSをやろうと誘われているけど保留にしてる。私には今の距離がちょうど良い。
十一時ちょっと過ぎたところか。お昼は家にあるもので済まそうと思ってたんだけどな。
『お薦めはあるの?』
『まあね』
『皇君もいっしょなの?』
『どっか行った』
どっかって……しょうがないわね。
私達は卯月駅で合流してつかさのお勧めの店に向かった。
「……ってここ、進藤君がバイトしてるとこじゃない」
「そうだっけ?」
ああ、白々しいなあ。
「今スペシャルメニューでもやってたっけ?」
「さあ?」
ってもう。
入口の張り紙に目が留まった。アルバイトの募集だった。
毎月貰っているお小遣いで困ったことはない。服やアクセサリーは父が買ってくれたりするし。ただ親に甘え過ぎと思っていた。
「したいの?」
「ちょっと興味あるかな」
「ふうん」
「ごめん、入ろ」
「ええ」
午後一時を少し過ぎたところで席は半分くらい埋まっていた。客層はビジネスマンと学生が半々くらいかな。
学生のなかに見覚えのある人がいた。皇君だった。
やっぱりそういうことね。
……これ、夫婦じゃなかったらストーカーじゃない?
「いらっしゃいませ!お二人様ですか?」
案内に現れたのは同じ大学の先輩だと思う。名前は覚えていない。
「ええ」
「ご案内します」
そういって案内しようとした席が皇君の席に近いと思ったらつかさが私の服を引っ張った。
「なに?」
無言で皇君から離れた席を指差す。
もう。
「ごめんなさい、こっちはだめかしら?」
私がすまなそうな顔でいうと店員は笑顔で「かまいませんよ」と言って席を変えてくれた。
皇君の様子を窺うが幸いこっちに気づいていないようだった。
「ランチ二つ、ドリンクバーはついてないんだっけ?」
つかさが不機嫌そうな表情で店員に尋ねる。
「は、はい、別になります」
つかさは怒ってるわけじゃないんだけどな。ちょっと店員がかわいそうになる。あとすぐ勘違いされるつかさも。
「じゃあ、ドリンクバーも二つ」
店員が下がった後で私は重大なことに気づいた。
「何勝手に注文してるのよ!」
「しっ!声が大きい。そんなことどうでもいいじゃない」
「そんなことって……私達ごはん食べに来たんだよね?ごはんがメインだよね?」
「進藤、いないわね」
「……もう人の話聞いてる?……今日は休みなんじゃないの?」
「それはないわ。零がいるって言ってた。さてはサボってるわね」
「休憩時間なんじゃないの?」
「私達を差し置いて?」
「つかさ、流石にそれは言ってること無茶苦茶よ」
私達がドリンクバーのコーナーにいると進藤君が厨房から料理を持って現れた。
私達のことは先輩から聞いていたのか驚いた様子はなく軽く頭を下げてきたので私も同じように頭を下げた。
つかさは口に指を当てた。
「零にしゃべんなよ、このやろう」
私にはそう言ってるように見えた。
進藤君は困惑気味の表情で料理を運んでいく。
私達の料理を運んできたのは進藤君じゃなかった。
「逃げたな」
「逃げたって……」
そういえば今まで進藤君が注文を取りに来たことも料理を運んできたこともなかった気がするわね。……あれ?もしかして私、避けられてる?
「……全く聞こえないわね」
「そりゃ、これだけ離れてたらね」
「ま、聞こえたとしても私はオタク言語を理解できないんだけど。理解したくもないけどね」
「……」
「どうしたの?」
「……え?なにが?」
「今、機嫌悪そうに見えたけど?」
「……気のせいよ」
「あ、もしかしてせりすもオタク系だったりする?」
直球できたわね。
「オタクかは知らないけど漫画とかは嫌いじゃないわよ」
私は漫画もアニメも見るけど一番好きなのはゲーム。特にオンラインゲームが大好き。現実の友達は少ないけどオンラインゲームのフレンドは多い。ゲームのフレンドは気に入らなかったらすぐに切れるのがすごくいい。オフ会には何度か誘われたけど一度も出たことはない。
……あれ?もしかして私、つかさを気に入ってるのは、例え関係が悪化しても大学も住んでる場所も違うからゲームのフレンドのように切るのが簡単だって思ってるのかな?
「……す、……りす、……せりす!」
「……え、え?なに?」
「なに、ぼー、としてるのよ?」
「あ、ごめん、なに?」
「もう……、進藤もそうなの?って聞いたのよ」
「さあ?よく知らないけど。シスコンとは聞いてるわね」
「え?ロリコンじゃなかった?」
「……本人に聞いてみたら?」
「……で、私達はいつまでここにいるの?」
午後三時を過ぎている。入店して約二時間いたことになる。当然料理は食べ終わり、ドリンクバーは五杯はお代わりしてお腹はパンパンだった。
「辛抱が足りないわね。あいつらは六時間は居座ってるのよ」
つまりモーニングからいるってことね。
「そっちが異常でしょ。どう考えても」
月ヶ丘アリーナでイベントがあるときは時間制限を設けるらしいけど今日はイベントがないらしく時間制限はない。
「……奴ら、このまま夕食に突入する気?」
いや、それはさすがに勘弁して。
「そういえば普段はご飯どうしてるの?」
「どうって?」
「つかさが作ってるとか皇君と交代で作ってるとか」
「お互いの親が作ってるけど」
「あ、そっか、お互い自分の家に住んでるんだっけ」
「うん」
「部屋とか借りないの?」
「お金がない」
それはそうね、お互いまだ学生だし。
「二人ともバイトはしてないんだよね?」
「零は時々怪しいバイトしてる」
「怪しいって……」
つかさがドリンクバーに向かった時、一人の少女が来店した。その手にはアルバイト募集の張り紙が握られていた。
って、それ、とっちゃダメでしょ?
その少女は私より年下のように見えた。容姿は整っている。美少女といっていい。
彼女を出迎えたのは進藤君だった。
「……あれ?あの子、進藤の知り合い?」
お代わりの紅茶、多分ダージリン、を持ったつかさも様子を探っていた。
「……さあ?」
つかさがそう思ったのは進藤君のその少女への対応からだろう。初対面の人にあんな不機嫌そうな表情をしたりしないはず。
何か話してるけどここまでは聞こえない。
進藤君は渋々という表情で引き下がり、代わりに店長らしき人が現われて、空いている席に案内されていった。
「バイト、先越されたかも」
「……そうね」
……何かしら、今まで感じたことのないこの不快な感覚は?
「あれ?つかさちゃん?」
ドリンクバーのお代わりに来た皇君がこっちに気づいた。
やっと気づいたと言うべきかしら。よく今まで気づかれなかったわよね。
「こんにちは」
「こんにちは、新田さん」
「零も来てたんだ」
「え?今朝、ここに行くって言ったよね?」
「知らない。聞き流してた」
「酷いよ、つかさちゃん」
まったく素直じゃないんだから。でもこれでスト、……尾行ごっこもお開きね。




