番外4 悪夢
どこからか聞こえる声。
どこの国の言葉かわからない。何をいっているのかわからない。なのにその声は間違いなく私を呼んでいる。
新田さん!
別の誰かが私を呼んだ気がする。でもそれよりなによりこの不思議な声が気になる。
突然、辺りの景色が一変した。
不思議と驚きはない。
ああ、そんなこともあるわよね、
そう思った。納得した。まったく疑問に思わなかった。
私の前に漆黒のなにかが見える。
球体のそれは全身に赤い目と触手らしきものを生やしていた。今まで見たこともない生き物だった。
美しい、
と思った。
私より先に辿り着いた人がそれに触れると触れた場所がぱっくり開き、ゆっくりと飲み込まれていく。
その人は恍惚した表情を浮かべたまま飲み込まれていった。
……次は私の番ね。
それに触れることは死を意味する。わかっていたけど恐怖はなかった。
はやくそれと一つになりたい、
そう思った。
そうすれば楽になれる。
私は友達がいない。
思ってくれている人はいるかもしれないけどそれは私の演技に騙されているだけ。私に友達はいない。
私のことをみんな美人だって褒めてくれるし自分でも美人だとは思ってる。
この容姿で得したことがなかったとは言わない。でもそれ以上に嫉妬や恨みを買う方がもっと多かった。
羨ましがる人はいると思うけど私は普通に生まれたかった。
私は中学二年の時クラスのみんなに無視されたことがあった。
クラスで人気のあった男子を私が振った事が原因だった。みんなが騒ぐほど私は彼に魅力を感じていなかった。
その男子は今まで振られたことがなくプライドを傷つけてしまったみたいで、怒りで頭に血が上り私に殴りかかってきた。
そんな彼を私は投げ飛ばしてしまった。小さい頃から古武術を学んでいたので体が勝手に反応してしまったのだ。
幸い怪我は大したことはなかったけど、その日以来、私はクラスで無視されるようになった。
それはその男子だけじゃなく、私が今までちやほやされているのを面白く思っていなかった女子達も加わっていた。
一番ショックだったのは親友だと思っていた子もその中にいたことだった。
このとき私は友達というものが信用できなくなった。親友なんてものは言葉だけの存在だと思った。
三年になりクラスが変わると無視されることはなくなった。二年のとき同じクラスだった生徒も何事もなかったかのように普通に話しかけてきた。
私も何事もなかったかのように接した。もちろん表面だけ。
このときにはすでに本心を見せることはなくなっていた。
高校は父の強い勧めで女子高に通った。私のことを友達と呼んでくれる人はいたけど私は友達だと思った事はなかった。「親友だよね?」って言われた時には笑って頷いた。内心では「そんなわけないでしょ」って冷めた笑みで答えていた。
大学生になった今も変わらない。よく話す子はいるけどやっぱり友達だと思った事はない。
友達はいらない。親友なんて言葉だけの存在だ。
近づいてくる人すべてを疑ってしまう。疑わずにはいられない。
この子もあの子もきっと私を裏切るに違いない。
そんなふうにしか考えられない自分が嫌いだ。こんな私なんか消えてしまえばいい。
私は楽になりたい。
この声に従えば私は楽になれる。すべてから解放される。
それに近づこうとした時、私を止めるものがあった。
……猫?
どこかで見たことのある猫。そのでっかい頭……そう、……進藤君の飼っている猫だわ……さっきの声、……進藤君だった気がする。
なんで邪魔するの?
その猫と目が合った瞬間、私の心にもう一つの感情が生まれた。いえ、呼び戻されたと言ったほうが正しい。
それは恐怖。
消えてしまいたいという思いと死にたくないという思い。
私は相反する感情に挟まれ身動きできない。
……私はどうしたらいいのかな?
猫は私を必死に守っていた。
……かわいいナイトね。
私はただ成り行きを見守っていた。
どこかで見たことのあるような青年がその生物に歩いて近づいていく。
彼の持つ剣?はどこかその生物と似たものを感じた。その刃がその生物と同じく漆黒だったからかもしれない。
青年はその剣でその生物を切り裂き、消滅させた。とてもあっけない最期だった。
ああ、私は一つになり損ねたのね。
不満と安堵が入り混じる。
誰かが私の手を引く。力強く、そして暖かい。
お気に入りの曲が私を夢から覚ました。
時計を見ると七時をちょっと過ぎたところだった。いつもは六時にセットしているんだけど大学が冬休みに入ったので一時間遅らせている。
「……またあの夢」
最近よくこの夢を見る。
現実離れしてありえない夢、そうこれは夢のはず。
でも同じ夢を何度も見るかしら?
しかも見る度に夢の内容は鮮明になっている気がする。
まだ夢の中の自暴自棄の感情が残っているのを感じた。
なんで夢の中の私はあんなこと思ったのかしら?
確かに友達に裏切られたのは事実だし、そう思ったことはあった。でもあそこまでひどく考えたことはなかったはず。友達だっている。決してゼロじゃない。
頭がはっきりしてくるにつれあの夢の中の私の異常さに気づく。
「所詮夢だから」で片付けたいのにそう思えない。
……あの化け物の目、あの赤い目が負の感情を増幅させた。
そう思った。
自分の手をじっと見つめた。
夢の中の私は誰かに手を引かれながら不思議な景色の中を歩いていた。
手が熱い。
それが誰なのか。
……考えるまでもないわよね。
私が巻き込まれた集団記憶喪失事件の真相を進藤君は知っている、
と私は確信している。
進藤君に何度も聞こうと思った。ボーリングに行ったのも本当の目的はあのときの真相を聞きたかったから。
でも結局聞けなかった。
私が見る悪夢が実際に起こったことだと言われるのが怖かったから。
「お父さんはもう出かけたの?」
「ええ。あなたは?」
「特に予定はないわ。お母さんは?」
「もう出かけるわよ」
「道場行くの?」
「ええ。また頼まれてね。あなたも暇なら顔を出したら?」
「うーん……今度ね」
母の実家は古武術の道場を開いている。母自身も達人で以前は師範代を務めていた。今も時々顔を出しては門下生の指導を行っている。
私は高校二年まで通っていたけど大学受験を理由にしてやめてしまった。今は今日みたいに母に誘われたときに稽古する程度。父も昔、門下生でそれなりの実力があったらしいけど今は私のほうが強い。
そういえば最近、時間がある時に道場に通っているみたい。自分では私達に内緒にしているつもりらしいけど実家だからばればれなのよね。
師範である祖父の話では娘に近づく男をぶちのめすために鍛え直してる、と言ってるらしい。
ほんと過保護なんだから。
「それで進藤君とはその後どう?」
この質問何度目かしら。
「別に」
「まあ、冬休みに誘われないところを見れば見当はついてたけど」
「何度も言うけど進藤君はただの友達」
「ただの友達とは遊ばないの?」
「……そのうちね」
「ほんと友達少ないわよね」
「ほっといてよ」




