番外3 ここどこ戦記
僕が今いるのは武堂という店。いわゆる古本屋だ。家から近いこともありマンガの資料集めに週に一度はここに立ち寄る。ネットで調べてもいいんだけど途中で他のことに気を取られちゃうからやっぱり本のほうがいいんだよね。あまり買わないから店主にはいい迷惑かもしれないけど。
この冬休み、僕には大学の課題の他にやらなくちゃならない事があった。
日本で三番目に大きい多目的イベント会場の月ヶ丘アリーナで一月一日零時から十八時まで行われる同人誌即売会に出店する同人誌の作成だ。
ちなみにこのぶっ飛んだイベントは今回が初めてで次回以降行われるかは今回の結果次第らしい。
今年は年末に色々事件が起こり、特に東京のテロの影響で中止になりそうになったんだけど、ボランティアの自警団が結成されたり、嘆願書の署名がすごく多く集まって強行されることになったんだ。自分でいうのも何だけどすごいね、オタクの力って。
で、僕の作品はというと一度は完成したんだけど漫研部長にエロが足りないと却下されてしまったんだ。僕はそっち方面でいくつもりはなかったんだけど、「嫁がいるだろ、もっと頑張れ」って。
それ関係ないよね。ほんと困っちゃったよ。やっぱりあの部長とは合わないなぁ。早く引退してくれないかなぁ。
その話をつかさんちゃんにしたら激怒されて僕はこうして古本屋に避難してきたんだ。
ちょっとモデルをお願いしただけなんだけど……話し方が悪かったかなぁ。
僕が資料になりそうな本を物色しているとスマホが震えた。SNSにカキコミがあったみたいだ。僕が今使っているのは最近アップされたキャットウォークという無料アプリだ。結構評判がよくユーザーを急激に増やしている。相手はつかさちゃんだった。
『どこで浮気してるの?』
相変わらずだなぁ。でも機嫌は直ったみたいだな。
つかさちゃんからメールを送ってくるときは寂しがってるときが多い。さっきは言い過ぎたと反省してるのかも。もう一度モデルをお願いしようかな。いまならOKしてくれそうだ。もしかしたら過激なポーズもしてくれるかも。
僕は武堂にいるよ、と書き込んだ。
店を出ようとしてふと一冊の本が目に止まった。その本を手に取る。
本の題名は「ここどこ戦記」でその第一巻だ。
「ここどこ戦記」は三、四年前に月刊グフップで連載が始まったマンガだ。
グフップって何だろうと思った?僕は思ったよ。調べてたらその時の編集長の頭に浮かんだ言葉で特に意味はないんだって。一体この編集長は何を考えてたんだろう?そしてそんな誌名を許す会社って……いいなって思った。
話の内容を簡単に説明すると剣と魔法の世界に飛ばされた主人公達が世界を滅ぼそうとする魔物と戦う、というまあよくある話だね。
絵も内容もいまいちで新連載で巻頭カラーを飾って以降掲載順位は下り続け、僕が知る限り最下位から上がったことはない。
さらにこの作者はよく休載する。今も休載しててそろそろ一年になるんじゃないかな。
だから単行本はまだ一巻しか出ていなかったと思う。
これよりマシじゃないかと思うマンガが終了する中でなぜか未だ生き残ってることから月刊グフップの七不思議の一つに数えられているらしい。
ん?あと六つは何だって?僕は知らない。
僕が「ここどこ戦記」の単行本を見たのはこれが初めてだ。
店頭で見たことがなかったんだ。巻末を見ると初版だった。
だろうねぇ……ええっ⁉︎
僕は値札を見て驚いた。四千五百円だったんだ。約十倍の値段がついてる。
確かに希少価値はあるかもしれないけど……誰が購入するんだろう?
一旦本棚に戻して財布の中身を確認すると五千円札一枚と千円札二枚。
……いやいやいや、何を考えているんだ僕は?
このおもしろくもない本が気になっているのはよく見る掲示板のカキコミが原因なんだ。
異世界に飛ばされた主人公達はよくあるお約束で特別な力を身に付けた。その能力がムーンシーカーが使う能力と同じだというんだ。
そもそもムーンシーカーが本当に特別な力を持っているのかという疑問もあるけどね。あと数日前に東京で起きたテロでバケモノがいたって話があって、そのバケモノがこの「ここどこ戦記」に出てきた魔物にそっくりだったというんだ。
いや、言いたいことはわかるよ。出来過ぎだし、書き込んだ人がなんでそんなに詳しいんだって疑問は沢山あるよ。あるけど気になってしまったんだ。テロの時に来た進藤のメールもすごく気になった。何か知ってるんじゃないかって思えたんだ。聞いても知らないって言われたけど。
買うかはともかく内容を確認しようかな。僕は月刊グフップを毎月読んでいるわけじゃない。お気に入りのマンガの連載が終わってからは気が向いた時に立ち読みする程度だし、購読してた時も「ここどこ戦記」は流す程度で記憶に残っていない。
改めて読み返すとやはりこのマンガは普通じゃない。
各話ストーリーそっちのけで主人公逹の特殊能力や魔物の説明が大半を占めている。
まるでこの異世界の設定資料集みたいだ。
……あった。
僕が探していたのは<ソウルチャージャー>の能力を使う者の話だ。
この<ソウルチャージャー>という能力は魂を体内に取り込み、取り込んだ者の力を使えるようになるというものだ。ただし、魔物の魂を取り込むとやがて魔物の魂に体を乗っ取られ魔物と化す。これで主人公達の仲間の一人が魔物となって死んだ。
掲示板のカキコミで連続殺人犯はこの能力者だって言ってたんだ。すごい数の批判を受けてたなぁ。
……そういえば殺人犯はどうなったんだろう?最近聞かないなあ。まあ東京のテロに話題を持ってかれたってのもあるかもしれないけど。
<ルシフ>が東京のテロで見かけたってバケモノみたいだ。そういえばこの街で起きた集団記憶喪失事件でもこいつがいたって話もあったような……。
ルシフは古代神が失敗作である人間を滅ぼすために作り出した種族で漆黒の体に無数の赤い目と触手を持ち、決まった形はない。人間の言葉を話すものもおり、中には神をも食らった上位種も存在する。またルシフは<テリトリー>という特別な空間を作り出す能力を持ち、獲物をそこへ引き込む。その空間に引き込まれた者は能力を制限される、か。ヒーローもので敵にそういう設定あったなぁ。
集団記憶喪失事件のとき変な空間にいたって話もあったけど、実は「ここどこ戦記」を売るためのステマだったり……はないよね。
ふと視線を感じ、そちらへ顔を向けると不機嫌そうな顔をしたつかさちゃんがいた。
あ、不機嫌そうなのはいつものことだね。実際に不機嫌なのかは親しい人でもわかる人は少ない。
僕はわかるよ。付き合いが長いから。
今のつかさちゃんは不機嫌じゃない。
「迎えに来てくれたんだ」
「別に。偶然よ」
それはないよね。さっき居場所連絡したし。言わないけど。
「なんか買うの?」
「うーん、この本が気になってるんだよ」
つかさちゃんが僕から「ここどこ戦記」を奪い取る。
パラパラめくり、なんか失望した表情を一瞬だけ見せて僕に突き返す。
「……さっきの話と関係なくない?」
「これはこれでね」
「ふうん、買いたきゃ買えば?」
「でもそうすると参考書が買えないんだよね」
あ、睨んできた。でもこの表情は……。
「で、どうかな?さっきの話なんだけど、つかさちゃんがモデルしてくれたらお金浮くんだけど?」
「……浮かないわよ。モデル代貰うから」
「え?じゃあ、やってくれるんだ!ありがとう!つかさちゃん!あ、でもモデル代は同人誌の制作費もあるからその後でいい?あと夫割でお願いします」
「どんな割引よ!……今回だけだからね」
つかさちゃんの「今回だけ」は数え切れないほど聞いてる。文句言いながらも最後はお願い聞いてくれるんだよね。
「ほんとありがとう!よかった!あんなポーズどこ探しても見つからないと思ってたんだ。ほんと助かったよ、つかさちゃん!」
「どんなポーズを私にさせる気よ!」
顔を赤くし怒った表情を見せながらもその目はどこか嬉しそうだ。
僕は「ここどこ戦記」を購入し、外で待っていたつかさちゃんの手を握った。
つかさちゃんが強く握り返してきた。
今夜は激しくなりそうだなぁ。
……マンガ描く体力は残しとかないとな。
つかさちゃんと目が合った。
妖しい笑みを浮かべる。
あ、心読まれたかな。
僕は明日マンガ描くのを諦めた。




