227話 アキバに降り立つ少女
俺とせりすは一泊二日の旅に出ていた。
せりすのお婆様であるあやめ様が早くひ孫の顔が見たいと言い出しているそうで、まあ、そのための旅だ。
俺とせりすはまだ大学生だし、子供なんて早過ぎると思っているのだがあやめ様には逆らえない。
旅費も全額出してくれるという話なんで旅を楽しむことにした。
七海が寂しがっていなければいいんだが。
で、旅先はせりすが案内するというので俺は行き先も知らずに着いて来たのだが……。
「ここアキバだよな」
「見ての通りよ」
「寄り道か。目的地はどこなんだ?」
「ここよ」
「は?」
「ここよ」
「……なあ、なんでアキバなんだ?」
俺は大通りに向かって楽しそうに歩くせりすに尋ねる。
「知らないわよ。お婆様に聞いてよ」
「いや、聞くまでもなくお前のチョイスだろ」
「失礼ね」
「いや、せりすがあやめ様に失礼だろって、痛えよ」
ったく、せりすはすぐに手が出やがる。
「大体なんでこんな近場なんだよ?アキバなんて日帰りできるだろう」
「遠出したら疲れるでしょ」
……なるほど。
夜の営みのために体力を温存しておこうってことか。
流石だな、性欲の塊せりす。
納得だ。
「……何か変な事考えてるでしょう?」
「いや、そんな事は無い。せりすの意図はしっかり読みきった」
「どうだか」
「ところでせりす」
「何よ?」
「近場を選んだんだから予算大分余ったんじゃないか?」
「そ、そんな事ないわよ」
……怪しい。
「まさか、余った金、自分の小遣いにしたんじゃないだろうな?」
「……失礼ね」
「今、間があったな。図星か。図星だな?」
「失礼ね」
大事な事だから二度繰り返した、
んじゃないよな。
「違うというのか?」
「例えそうだったとしても私のお婆様がくれたお金よ。千歳がどうこういう事じゃないわ」
今の言葉ではっきりしたぜ。
間違いなくせりすは旅費をケチって自分の懐に入れやがった。
「よし、今日の飯は盛大に行こうぜ!」
「千歳、停職中なのにお金余ってるのね。期待してるわ」
「おいおい、冗談はよせ。あやめ様は食事代も出してるだろ。精がつくもの食べないとな。“今夜の戦い”のため……って、痛えな!」
ったく、本当に凶暴だなぁ。
ホテルへのチェックインはまだ時間があるらしいので俺達は店を見て回る。
いや、正しくは俺達ではなくせりすが、だ。
俺はせりすの後をついていくだけだ。
改めて辺りを見るとほんとアキバは人が多いな。
しかも、
「オタ濃度が高すぎて気分が悪くなりそうだ」
「あなたそのうち刺されるわよ」
いや、その前に撲殺されるな。
誰にとは言わないが。
俺は殴られた頭を抱えながらそう思っていると、せりすが俺に目的を与えた。
「七海ちゃんへのプレゼント探したら?」
「おおっ!そうか!」
いい事言うな……いや、違う!
せりすは七海の大好きランキング一位の座を俺から奪う気だ。
気のない振りして俺を油断させる気なのだ。
危ない危ない。
危うく引っかかるところだったぜ。
「……また、バカな事考えてない?」
「いや、全然」
「……」
俺は目の前を歩く少女に目を引かれた。
子供用のキャリーバックをコロコロ引きながら、キョロキョロ辺りを見回す。
時折見えるその横顔は不安そうな表情だった。
迷子か?
……いや、ちょっと待てよ。
あの子、どっかで会ったことがあるような気がするな。
せりすが俺を見た。
どうやらせりすもそう思ったようだ。
「なあ、せりす、あの子だけど……」
「ええ、通報するわね」
「気が早いな。迷子かは……って、通報ってなんだよ?まさか、あの子何か悪さしてるのか?」
俺は犯罪者の知り合いなどいなかったはずだが……。
そう思っていると呆れた顔でせりすが俺をじっと見て言った。
「何を言ってるのよ?私の目の前にいるロリシスが狙ってるでしょ」
「誰がロリシスだ!?シスコンは胸張って認める!だがロリコンじゃねえ!」
「みんな最初はそう言うのよ」
「みんなって誰だよ!?って、そんな事よりあの子、どっかで見た事あるんだよな。せりすは知らないか?」
「さあ?私、ロリコンじゃないし」
「まだ言うか……!!」
「……どうしたの?」
「多分だが、あの子、静ちゃんの姉だ」
「静ちゃん?」
あれ?
せりすは静ちゃん知らないんだっけか?
「多分だが、あの子はお前のオタ友のゆきゆきとも知り合いのはず、って痛えな!」
腹に肘鉄を食らった。
ったく、本当すぐ手が出やがる。
せりすがため息をついた。
「なんでそうすぐばれる嘘をつくの?素直に自分の恥ずべき衝動を認めなさいよ」
「ふざけんじゃねーよ」
「じゃあ確かめてみるわよ。いいの?」
なんだその顔は!?
マジムカつくな!
こりゃ、ホテル行ったらお仕置き確定だな!
……いや、それを誘ってるのかも知れん。
何せせりすはSとMのどっちもいける口だからな!
「よし、当たってたらお仕置きだからな」
せりすは鼻で笑って俺のヘイト値を上げる。
せりす、どうやら今日はM気分のようだな!
さて、どう声をかけるか。
名前わかんないんだよな。
元々知らないのか忘れたのかもわからん。
「おい、そこの子」
ダメだ。気づかねえ。
っと、なんか怪しいおっさんが少女に声をかけてきたな。
こりゃ急いだ方がいいな。
俺はおっさんとその子の話に強引に割って入った。
「おいっ」
その少女はピクっと反応して、俺を上目遣いに見た。
「なっ、なんなのん?」
「君、今私が……」
おっさんを無視してその子に話しかける。
「今日は静ちゃんとゆきゆきは一緒じゃないのか?」
その言葉で少女から不安げな表情が消え、パッと明るくなった。
「しずちゃんとゆきゆきを知ってるのん!?」
「ああ。知り合いだな」
「私は優姫の友達だけどね」
……せりす、友達が少ないからってわざわざ友達を強調するとは……なんて悲しい奴なんだ。
だが、優しい俺はそのことを指摘しないでおいてやる。
と思ったら肘打ちを食らった。
なんでだよ!?
「あたしは一人なのよお。しずちゃんを驚かせようと思って黙ってやってきたのよお」
うむ、驚かすことには大成功だろうな。
「で、迷子か?」
「違うのよお!ちょっとお金を使いすぎたのよお!アキバが悪いのよお!」
「それで静ちゃんに連絡は?」
「スマホのバッテリーが切れたのよお!ゲームが面白すぎるのが悪いのよお!」
「バッテリーの予備は持ってないのか?」
「持ってるのよお。でもっゲームが面白すぎるのが悪いのよお!」
……ダメだこりゃ。
「俺は二人の連絡先知らないんだ。スマホ貸してやるから連絡しな」
俺がスマホを取り出そうとするが、
「番号覚えてないのよお……」
「それは困ったな」
キリンさんならたぶん静ちゃんとゆきゆきのこと知ってるよな?
その辺の記憶が飛んでてよくわからんが連絡するか?
いや、でもその前に居留守使われそうだな。
などと考えているとせりすがどこか誇らしげな表情で俺を見た。
「私、優姫の電話番号知ってるわ」
そう言うとなんか自慢げに電話をかけ始めた。
そうやって友達いるぞアピールか。
どこまでも悲しい……って、だから殴んじゃねえよ!
ゆきゆきと繋がったようで勝ち誇った顔を俺に見せつけるせりす。
はいはい、よかったな。
「……そう。ちょっと代わるわね。ーーはい、どうぞ」
せりすがスマホを少女に渡す。
「ゆきゆきぃ!」
その少女、林森伊織は嬉しそうにゆきゆきに話しかけた。
「なんで迎えに来ないのよお!」
いや、黙って来たんだろ?
無理言うなよ。
俺がそう思っているとゆきゆきの怒鳴り声がスマホから聞こえて来た。
『無理言わないでよ!!』
俺達はファミレスに移動していた。
静ちゃん達が来るまでの休憩とついでに伊織ちゃんのスマホ充電のためだ。
伊織ちゃんは見た目は小学生で十分通じるのだが、実際はこれで高校三年生らしい。
しかも進学校に通ってるって、色々おかしいだろう。
見た目通り精神年齢低そうだし、賢そうにも見えないんだが……。
ちなみに俺の前に伊織ちゃんに話しかけていたおっさんは気づいたら消えていた。
まあ、そんな事は目の前の事と比べたらどうでもいいことだ。
伊織ちゃんは口をモグモグさせながら注文用のタブレットに手を伸ばし、また何かを注文する。
そう、また、だ。
既に大人三人前は平らげているのにまだ食べようというのだ。
俺の記憶が確かなら金はないと言っていたはずだ。
俺は奢るなんて言ってないから後から来る静ちゃんが払うのだろう。
だよな!?
「ドリンクのお代わり行ってくるのよお」
伊織ちゃんはトコトコとドリンクバーへ歩いていく。
「……せりす、万が一の時は伝家の宝刀の出番だぞ」
「何のことよ?」
「奢ることになった場合はお前の四次元ポケットからお年玉を出すんだ。この際ネコババした旅費からでもいい」
「何故私があなたの趣味にお金を払わなきゃいけないのよ?」
そう言いつつ、テーブルの下で脇腹を殴って来やがった。
めっちゃ痛え!
「って、何が趣味だ!何が!人助けだろうが!」
「大体ね、あなた、人のことをオタクとか言うけど、自分もオタク用語使ってるからね。四次元ポケットとか」
「それはもう一般人でも通用するからオタク用語ではない」
俺がそうきっぱり言い切るとせりすは笑顔でまたも脇腹を殴って来やがった。
痛えっ!!
今のは肋骨にヒビ入ったぞ!!
充電中の伊織ちゃんのスマホに電話がかかってきた。
伊織ちゃんは食事で手が離せないからか、もぐもぐしながらスピーカーモードで受けた。
そのため相手の声は俺達にも聞こえてきた。
『姉さん、先輩から話を聞いた。今、アキバに向かってるから』
おお、静ちゃんか。
伊織ちゃんは口をもぐもぐするのみ。
『あと三十分くらいで着くと思う』
もぐう、と笑みを浮かべる伊織ちゃん。
会話してないなと思ったらどうやらテレビ電話のようだ。
『それでどこに行けばいい?』
ごくん。
おお、やっと会話するか、と思ったらすぐさまフォークで肉を刺す。
ぱくっ。もぐもぐ。
「おいおい、電話中だろ。食べるのは後にして……」
『……わかった。それまでご飯食べながら待っててくれ』
「へ?」
『じゃあ』
もぐう、と伊織ちゃんが笑みを浮かべるとテレビ電話は終了した。
おいおい、結局、伊織ちゃん、一言も話さなかったぞ。
「伊織ちゃん、静君だっけ、この場所話してないわよね?今ので通じたの?」
もぐもぐ、もぐう。
「えっと、大丈夫って、事?」
もぐう。
……うむ、どうやらあれで通じたらしい。
これが噂に聞く飲みニケーションならぬもぐもぐケーションか?
って、聞かねえよ!
いや、きっと静ちゃんは伊織ちゃんの食事の邪魔をしたくなくて諦めたのだろう。
アキバに着いたらまた連絡が来るんだろうな。
きっと。
俺は今、敗北感を味わっていた。
静ちゃんからあれから連絡が来ることなく、三十分ほど過ぎて静ちゃんはゆきゆきと俺達のテーブルへやって来た。
どうやら本当にもぐもぐケーションはあったらしい。
俺と七海でもあそこまで意思疎通が出来るとは思えない。
いや、というか、なんであれで場所わかるんだよ!?
ゆきゆきがチラリとレシートの束を見たあと俺を見て言った。
「私のときには牛丼で、しかも卵と味噌汁をつけるのも渋ったくせに、伊織ちゃんにはこんなに奢るのね」
「今の発言には大きな間違いがある」
「何よ?」
「俺は奢るなんて一言も言ってない」
伊織ちゃんは俺の言葉を聞いて口をもぐもぐさせながら悲しそうな目を向ける。
やめろ!
そんな目で俺を見るな!奢りたくなってしまうだろう!!
マズいぞ!
マジで伊織ちゃんはマズい!
もし、伊織ちゃんが七海と同世代に生まれていたら二人はナンバーワンの座を争っていただろう。
って、今はそれよりもだ。
「いやだから奢るなんて言ってないから」
俺は血を吐く思いをしながら伊織ちゃんの眼差しに必死に抵抗する。
そんな俺に隣から冷めた声が聞こえた。
「バカじゃない」
……よし、せりす。
今夜は寝かせないぞ!!
「しかし、うるさい奴だな。エセお嬢様は」
「だ、誰がエセお嬢様よ!?」
「ゆきゆきってなんとなくいいとこのお嬢様ぽいけど牛丼にがっつくお嬢様なんていないだろ」
「が、がっついてないわよ!てか、ゆきゆき言うな!大体、私が牛丼を指定したんじゃないでしょ!」
俺は興奮するエセお嬢様にため息をついてから真なるお嬢様について説明してやる。
「あのなあ、本当のお嬢様ならな、牛丼って言われた時点で、『ふざけるな』とか言って去っていくもんだぞ」
「あなたのお嬢様像なんか知らないわよ!」
「そもそもお嬢様ってのは奢る側だぞ」
「なんで店に連れて行ってあげた私があなたに奢らなければならないのよ!?」
俺とゆきゆきの意見は平行線を辿った。
やはり俺とゆきゆきは分かり合えないようだ。
伊織ちゃんが満足したところでファミレスを後にした。
ちなみにファミレスの飯代は静ちゃんが迷惑料だと言って奢ってくれた。
うむ、高校生に奢らせるのはちょっと心苦しかったが、向こうがどうしてもと言うからな!
なんか「甲斐性なし」とか言う声が背後から聞こえたような気がしたが気のせいだろう。
……深い意味はないが、せりすへのお仕置きランクは二つほど上げることにした。




