番外18 幼稚園へ
その日、私は昨夜泊まったこともあり、進藤家で朝ごはんを食べていた。
食べ終わった頃に義理母が声をかけて来た。
意味ありげな笑みを浮かべて。
「せりすさん、悪いんだけど七海を幼稚園へ連れて行ってくれるかしら?」
「あの、私大学が……」
「午前中は講義がないのよね」
「……はい」
なんで予定知られてるのよ!?
「本当はね、今日は千歳が連れて行く予定だったのよ。でもなかなか降りて来ないから様子見て来たら原因不明の腰痛で動けない、って言うのよ。原因不明の。今日、七海を幼稚園に連れて行くの楽しみしてたんだけどねぇ。何かしら原因不明って」
原因不明、原因不明ってしつこいわね!
「そ、そうですか」
「せりすさん、ナニか心当たりないかしら?」
「サ、さあ、全然知りません」
「せりすさん、声裏返ってるけど大丈夫?」
「気のせいですっ」
「そう?ならいいんだけど。まあ、急の事だから用事があるなら無理にとは言わないけど、そうすると千歳の腰痛の原因をしっかり調査しないと行けないわねぇ」
「調べたところで治らないと思いますよ!」
「でもね、今後のこともあるし」
「あっ、私、丁度用事がないので連れて行きます!」
「そう?悪いわねえ」
「いいええ!」
七海ちゃんと手を繋いで幼稚園へ向かう。
いつも通ってる七海ちゃんについて行けばいいはずだし、入園式に無理やり参加させられた時に行ったことがあるので大体の場所はわかってる。
「あるねえ、ありがとうございますっ」
「いいのよ」
七海ちゃんが大人ぶって、「ふう」と大きなため息をつくマネをする。
「どうしたの?」
「ママはしんぱいしょうなんですっ。あたしはようちえんまでひとりでいけるんですっ」
「そうなんだ。えらいわね」
「はいっ、あたしはもうこどもじゃないんですっ」
七海ちゃん、幼稚園児が子供扱いされない世界ってすごく厳しい世界よ。
「世の中には悪い人がいるからね」
「そうですけどっ、ちいにいもしんぱいしすぎですっ」
「そうねえ」
シスロリだからね。
「あたしがせかいせふくするとおもってるんですっ」
「そ、そう」
あの馬鹿は幼稚園児に一体何を話してるのよ!
「ほんとねっ、にゃーくやみーちゃやうっちーにおねがいすればできますっ」
「……できるんだ」
「でもっ、あたしはじぶんのちからでやらないとだめだとおもうんですっ」
「そうなのね」
「あるねえはどうおもいますかっ」
「うん、とりあえず帰ったらお兄ちゃんとじっくり話し合うわ」
拳でね!
「はいっ」
七海ちゃんが幼稚園児らしい笑顔を向ける。
幼稚園の前では先生が園児達を迎えに出ていた。
その数が思ったより多い気がしたが、そういうものかと納得する。
「おはようございますっ」
七海ちゃんの挨拶に先生が笑顔を向ける。一緒に来た私にちょっと不思議そうにしながら。
「おはよう七海ちゃん。今日はお兄ちゃんと一緒じゃないのね」
「あるねえはちいにいのおよめさんですっ」
「ちょ、ちょっと七海ちゃんっ」
七海ちゃんの“およめさん”発言に激しく反応した女性の先生が優しかった表情から一変、親の敵のような目を私に向ける。
隣の先生が顔を引き攣りながら、私に話しかける。
「これからはあなたが送り迎えをするのですか?」
「いえ、今日は皆都合が悪くて」
「そうなんですね」
「ほんとはねっ、きょうはちいにいといっしょにいくよていだったんですっ。でもねっ、ちいにいはあるねえといっしょにねたらようつうをいためたんですっ」
「「「「「……」」」」」
……あー、七海ちゃん、なぜそんな事を。
あと”腰痛を痛める“は間違ってるから。
睨んでる先生の視線が更に痛いわ。
この人、まさか千歳に気があった?……いや、そんなことはないはず!
怒りでプルプル震えてる先生の隣の先生が慌てて七海ちゃんに話しかける。
「ささっ、七海ちゃん、早く中に入りましょうね」
先生の一人が七海を幼稚園に誘導する。
「はいっ、あるねえ、いってきますっ」
「い、行ってらっしゃい」
って、あれ?他の先生達もゾロゾロ中に入って行くんだけど?
……まさかこれ、千歳シフト?
以前、不審者に間違えられた、って言ってたのは関係ないわよね?
そんなわけないわよね?
確認しないけど!
で、門の前に残った先生はたった二人。一人はずっと私を睨みつける先生。
私も彼女らに頭を下げてその場を後にした。
背後で「結婚が勝ち組なんて思わないことね!」「ちょっとやめなさいって!子供達の前で!」
って、声が聞こえた気がしたけど気のせいね。
うん!




