223話 傾友の美女
俺達がカラオケに着く頃にはせりすは平常心を取り戻し、さっきの事など何もなかったかのように振る舞った。
三バカもせりすに友達がいないことに感づいたはずだが、傷口を抉ったりしない。
俺もな。もちろん家に帰るまでだ。
その後はじっくりねっとりと攻めてやるつもりだ。
ぐっふっふ……。
ごほん。
それはともかく、せりすの歌は普通に上手かった。
全然知らなかったぜ。
無理せずアニソン歌えばいいのに、って思ってたら睨まれた。
せりすがお化粧直しに席を外したところで三バカの一人が真剣な顔で話しかけてきた。
「なあ進藤、真面目な話、せりすさんて彼氏いるのか?」
「……それ、本当に真面目な話か?俺の話を聞いてなかったのか?せりすは俺の嫁だって言ってんだろ」
「まあ落ち着け進藤!」
「ほれ、ジュース飲んで心を落ち着けろ!」
「いや、落ち着くのはお前らだ」
確かに俺達は男子高だったから女友達は少ない。いや、共学でも少なかっただろうがな。
せりすは見た目は完璧だが、それにしたってがっつき過ぎだろ。
しかも俺の嫁だって言ってんのに信じねえ。
三バカの一人が悟ったかのような顔で語り出す。
「進藤、高校の時は男同士つるんで遊ぶのが楽しかった。彼女なんているに越したことはない程度にしか思っていないかった。だが、今は違うんだ!」
「お、そ、そうか?」
おいおい、何豹変してんだよ?お前ってそんな気性が激しい奴だったか?
「だから俺達の誰かがせりすさんと付き合う事になっても恨みっこなしだぞ!」
「その通り!」
残りの二バカが同意する。
うむ、ダメだなコイツら。
「落ち着けって。お前らは最初から間違ってんだよ。人の話はきちんと聞けよ。せりすは俺の嫁だ」
「間違ってるのはお前だ進藤!」
「そうだ間違ってるぞ!」
「うんうん、進藤が間違ってる!」
「俺が何を間違えてるって言うんだ?」
「お前は“俺の嫁”の使い方を間違ってる!」
「……は?」
こいつは何を言ってんだ?
「まあ、デビューしていないお前が使い方を間違うのは無理もない」
「デビューってなんだよ?」
「恥ずかしながら俺達も最近デビューしたばかりだ」
「いや、何に照れてんだかさっぱりなんだが……」
「いいか進藤。“俺の嫁”というのはな、マンガやアニメ、ゲームなどで一押しのキャラに対して使う言葉だ。現実の人間に使う言葉じゃない!」
「んなわけあるかっ!!」
俺は反射的に力一杯叫んでいた。
「まあ聞け進藤。実は俺、最近フラれたんだ」
「何?A太郎、お前彼女いたのか?」
「誰がA太郎だ!」
「あー、そいつのは話半分で聞いとけ」
「ん?お前は知ってるのか?B作」
「ああ。って誰がB作だ!」
「そんな事より先話せよ」
「ったく。こいつが言ってんのは風ちゃん勤めの子だから彼女でもなんでもない」
「風ちゃんって、」
「ソーちゃん型風ちゃんな」
「なんとなく意味はわかったが、可愛く言えばいいってもんじゃないぞ」
「ともかく、そこのお気に入りが辞めちまったんだと。バイト代全部つぎ込んで通ってたのにな」
「まあ、なんと言っていいか。次頑張れ」
「今頑張ってるだろ!頼む!せりすさんとの仲を取り持ってくれ!」
「アホかっ!」
「そうだぞ!進藤、俺に頼む!」
「お前もアホだ!」
「俺で頼む!」
「アホばっかだな!おいっ!」
俺が知らなかっただけでコイツら女が絡むとこうなるのか!?
「何か楽しそうね」
俺が三バカ相手に精神力をごっそり持っていかれた頃にせりすが戻ってきた。
それに気づき、A太郎、B作、C吉が駆け出し、せりすの前に並ぶ。
「え?何?」
動揺するせりすが俺に説明を求めるように視線を向けて来るが、俺は首を少し傾け、わからんとアピールする。
最初に口を開いたのはB作だった。
「せりすさん!ひと目見たときから決めていました!」
そう言うと頭を下げ、右手を差し出す。
「え?え?」
こんなの昔、テレビで見たことあるな。
席外している間に何があったの、と言う顔でせりすは俺をみるが、俺にもわからん。一緒にいたのに全然行動が理解できん。
B作に続きA太郎、C吉が同様に右手を差し出す。
「「お願いしますっ!!」」
せりすは助け求めるように俺を見るが首を横に振る。
この状況は自業自得だ。
俺の嫁である事を否定し、このバカどもに少しでも希望を持たせてしまったがためにこうなっているのだ。
とはいえ、こんな事になるとは俺も想像できなかったけどな。
コイツら学部は違うが同じ大学だよな。
なんか関係あんのか?
彼女がいる事が進級の必須条件……なわけねえな。漫画じゃあるまいし。
せりすが三バカに頭を下げる。
「ごめんなさい。私、千歳と付き合ってるの」
せりすの声に三バカは体を震わせる。
「って、付き合ってんじゃなくて嫁だ……」
「い、いやあ、まあダメとは思ってましたよ!」
俺の言葉を遮ってそう言ったA太郎の顔はこちらから見えなかったが声は震えていた。
「は、ははは、そうだよなぁ」
「俺達、オタクになっちまったしな」
新たな事実が発覚。
お前ら、この半年近くの間に何があったんだ?
とはいえ、オタクはマイナスじゃないぞ!返ってプラス、って思ってたらせりすに睨まれた。
カラオケが終わり、三バカとは別れた帰り道。
「ごめんなさい」
せりすが俺に頭を下げる。
人間関係を破壊し、落ち込んでいるようだった。
「気にすんなよ。大した事ねえよ」
「でも……」
と、キャットウォークに三バカからメッセージが届いた。
『リア充爆発しろ!!!』
『地球温暖化はお前らのせいだ!!!責任とれ!!!』
『俺のバイト代返せ!!!』
うむ、さすが三バカと言われるだけはあるな。今日、俺が名付けたばかりだが息ピッタリだ。
一人だけ明らかに見当違いのこと喚いているが。
こうして俺は高校時代の友達三人を一度に失ったのだった。
なーんてな。
実はそんなに気にしてない。
コイツらとは高校時代からよく喧嘩してたしな。
そのうちけろっとして連絡を寄越して来るだろう。
それにしても恐るべきはせりす!
同性に嫌われる理由の一端を垣間見た気がするぞ。
あの三バカは俺の嫁だと言ってるのに構わず告白しやがったからな。
今までに彼女いても告白した奴が少なからずいたに違いない。
それが彼女にバレて破局。
考えただけで恐ろしい!!
俺はせりすに敬意を表して、“傾国の美女”ならぬ、“傾友の美女”の称号を送ろうと思う。
本人には言わないけどな。
さて、俺はこのチャンスを最大限に活かさなければならない。
今のせりすは俺の言いなりだろう。
久しぶりに一方的にじっくりやりたい放題してやるぞ!
ぐっふっふっふ……。
「本当に気にしてないみたいでよかったわ」
な、なんだとっ!?
「何言ってんだ、すごいショックだぞ。せりすの体にじっくり反省してもらわないと回復できないくらいになっ!」
「そういういやらしい事言う時点で大した事ないって言ってるようなものよ」
「強がりに決まってるだろ!」
「そう?」
「そうだ!」
「じゃあ、次回からはそのいやらしい顔も隠すことね」
「な……」
ぐわっー!大失態だ!
俺とした事が!!




