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22話 ぷーこ(改)

 事件にあった日、俺が朝帰りしても親は驚かなかった。

 俺は信用されてるからな。

 ……だよな?



 あの殺人鬼の消息がつかめないまま数日が過ぎ、その事件は起きた。

 俺がバイトから帰ってきて、リビングでドラマを見ながらうとうとし始めた頃、突然報道番組に切り替わった。

『番組の途中ですがニュースをお送りいたします。先ほど東京xx区にて所属不明の武装集団による襲撃が起きました。彼らは無差別に人々を襲っており、死傷者が多数出ている模様です』

 なんだって⁉︎一気に目が覚めちまった!

『ーー犯行声明は出ておりませんが、目撃者によると武装集団は皆黒装束を纏っており、いわゆる魔法使いのような服装をしていたとのことです』

 俺は別のチャンネルに変えてみた。やはり報道番組に切り替わっており、ちょうど逃げて来た人のインタビューをしていた。

『アレは人じゃない!化け物だ!本当なんだ!本当に見たんだ!化け物がひ、人を食っちまったんだ!』

 リポーターに答えるその男の表情は真剣そのもので演技ならアカデミー賞ものだ。

 場面がテレビ局に切り替わった。

『相当気が動転していたようですね。このようなとき錯覚を起こすことは珍しくありません』

 常識的な意見を述べるコメンテイター。だが俺はその男の言うことが嘘とは思えなかった。

 男が見た化け物はおそらくレイマだろう。だが襲撃者は何者なんだ?人間なのか?偶然同じ場所にいただけ?ありえないな。

 以前の集団失踪事件ではぷーこ達の組織がレイマのことはうまく隠蔽し、ネットで少し騒がれた程度で済んだが今度はうまくいかなかったようだ。こんだけ大々的に報道されたら完全にもみ消すの無理だろう。他のチャンネルでも別の人が化け物を見たという話をしていた。

「一体何が起こってるのかしらねえ……大丈夫だとは思うけどお父さんに連絡入れておこうかしら」

 母が電話をかけるが繋がらない。皆が同じようにかけまくってるからだろう。

 俺も皇や新田さんなど親しい人達に家から出ないようにとメールを送っておく。


 そしてダメ元でぷーこに電話をかけるとあっさり繋がった。


 あれ?こいつんとこ、特別な回線でも使ってるのか?


 電話に出たぷーこは不機嫌そうな声だった。

「今、忙しいんだけど」

「東京のテロのことか?」

「はぁ?魔法使いパピポよ!」

 なんだ?アニメか?

「ビデオでも見てるのか?」

「テレビTKをなめるな!」

「……悪かったよ」

 全然思ってないけどな。さすがテレビTK。こんなときも平常運転か。

 って、そんなことはどうでもいい!

「テロのことだが……」

「ああ、そのこと。レイマを信奉するバカ達の仕業よ」

 あっさり言いやがった。ってあんな化け物を信奉する奴らがいるのかよ!

「そんな一大事におまえはアニメなんか見てるのか⁉︎」

「あたしは特別だからね!」

「……そうだな」

 特別という意味に俺は納得した。ぷーこの特別と俺の特別の意味が一致しているかは知らんが。

「なに?その人を馬鹿にしたような……え?」

「どうした?」

「ちょっと待って……本当なの?みーちゃん!」

「何かあったのか?

「バカ大生、あたし達で殺人鬼を倒すわよ!」

「……は?」

「今みーちゃんのネッコワーク網に引っかかったのよ!殺人鬼の居場所がわかったのよ!」

「本当か!」

「今からすぐに来なさい!」

「わかっ……ちょっと待て!俺が行っても役に立たんだろ!お前の仲間を呼べよ!」

「あんた馬鹿?」

「なんだと!」

「東京の方の対応で手いっぱいに決まってるでしょ!」

 なるほど、それもそうか。

「って、だからって俺が行って何の役に立つんだよ!」

「あんたが役立たずなのは知ってるわよ!あんたはただにゃっくを連れて来てくれるだけでいいの!あとはあたしとにゃっくに任せて!」

 役立たずはさすがに言い過ぎじゃねえか?

 本当ににゃっくとこいつで大丈夫か……ん?

「みーちゃんはどうした?」

「あとから合流するわ。まあ、必要ないと思うけど」

 どっから来るんだこの自信は?……こいつは信用できん。念のためみーちゃんにメール入れとくか。

「わかった。でどこへ行けばいいんだ?」



 さて、あとは俺の可愛い妹をどう説得してにゃっくを連れていくかだが、あっさり解決した。

 にゃっくは俺の様子を見て状況を察していたようだ。電話を切ると準備万端という表情で俺を見ていた。

 そんなにゃっくと俺の可愛い妹は目が合うと大きく頷き、それに応えるようににゃっくが大きく頷き返す。

 あれ?なに?もう話がついてるのか?っていうかその阿吽の呼吸、お兄ちゃん、ちょっと嫉妬したぞ。

 にゃっくは俺が殺人鬼と遭遇し怪我をしたことを知っているようだった。みーちゃんから聞いたのだろう。俺を守れなかったことに責任を感じているように見える。

 にゃっくはマントだけでなく、母が作ったサンタクロースの服を着ていた。普段、こういう服は着たがらないのだが背に腹は代えられぬ、ということか。

 動きが制限されるが、寒いよりはマシなのだろう。

 だが実際に戦闘になった時、サンタクロースの姿ってどうなんだ?


 出かけようとする俺を母が止めた。

「千歳!こんなときに出かけるって……」

「悪い!友達が困ってるんだ。すぐ戻るから」

「あなたねぇ……」

 怒りの表情を見せる母の袖を俺の可愛い妹が引っ張った。

「にーたんとにゃーくをいかせてあげて」

「な、」

「ごめん!」

 俺は尚も何か言いたげな母を後に家を出た。

 もちろん本当なら俺だって俺の可愛い妹のそばを離れたくはなかった。

 だが、奴を野放しにもできないんだ。



「おまたせー」

 そういって待ち合わせの駅に現れた人物に俺は見覚えがなかった。

「……誰だ、お前は」

「え?」

「え、じゃない」

「あなたが愛してやまない、プリセンスよ。木星帰りの女よ!」

 愛してる云々はこの際置いておこう。

「……ぷーこだと言いたいのか?」

「他に誰がいるのよ」

「ぷーこは容姿だけはよかったぞ」

 そう、唯一の取り柄と言っていい。だが今俺の前にいるやつはその取り柄すらなくなっている。

 太っているなんてもんじゃねぇ。しかもでかい。二メートルは超えるほどほの巨体だ。

 それになんだ、そのランドセルは?いくつだよ、お前。ご丁寧に縦笛まで差しやがって。リュックはなかったのか?


「えへへ、昨日食べ過ぎちゃって」

「一日でそこまで変わるか!」

 しかし、相手はぷーこだと言い張る。確かに声は似てるしこのバカさ加減はぷーこと互角に渡り合えるだろう。


 駅前で口論するのは目立ってしょうがないな。東京の隣ということもあり、テロを警戒しあちこちに警官が立っていた。こちらを見ている者もいる。これ以上騒げば職質を受けかねない。

 俺がどうしたもんかと考え込んでいると、にゃっくがつんつん、とぷーこを自称する女の頬をつついた。


 ん?

 なんか違和感があったぞ。頬のへこみ方はどこか人工物ぽかった。


「おまえ、まさか……」

「な、中の人なんかいないよ!」

「……」


 確かにぷーこならこの体に入ることは出来そうだ。……もしかしてパワードスーツなのか?

 しかし、よくできてるぞ。さっきまで本当の人間、太った女性にしか見えなかった。

 えへへ、と照れた動きもとても自然だった。


 今の科学力でこれ程精巧なロボット?アンドロイド?を作り出せるものなのか?俺の、いや一般人が知っている以上に科学が進んでいるっていうことなのか?

 それにこれ一体でいくらするんだろうか?億は軽く超えんじゃないのか?

 こんな高価なものをぷーこのようなバカに扱わせるってこの組織は何を考えてるんだ?

 金が有り余ってるのか?

 ……あれ?

 もしかして以前会ったアヴリルはこの技術を応用した仮面か何かを被って変装してたんじゃないのか?

 体型はコートを着ていたから同じだったかはわからんかったしな。

 ぷーこの姿なら俺が不審がらずについてくると思ったんじゃないのか?

 ……いや、今アヴリルのことを考えるのはやめよう。いくら考えても答えはでねぇんだからな。


「しかし、すごい技術力だな」

「な、なんのこと?ちょっと食べ過ぎただけよ!」

 あくまで隠そうとするか。バレバレなのに。

 こいつは間違いなくぷーこだ。こんな馬鹿が何人もいてたまるか。

「行くか?」

 俺の問いににゃっくは小さく頷いた。

 とりあえずこいつのことはぷーこ(改)とでも呼ぶか。



 目的地までは電車で移動することになった。急いだほうがいいと思いタクシーも考えたがぷーこ(改)が拒否した。

 たぶん座る体制はぷーこ(改)には負荷がかかるのだろう。

 殺人鬼は発見してからその場を動いておらず、人がそばを通りかかっても見向きもしないそうだ。そのこともあり電車での移動に同意した。

 改札はやばかった。ぷーこ(改)の横幅ぎりぎりだったぜ。切符はどうするんだと思ったが、改札機のICカード読み取り部に右手をタッチするとフラップドアが開いた。どうやら右手にICカードチップが内蔵されているようだ。

 窓際に立つと電車が傾いた気がした。

「おいおい、おまえは何キロあるんだよ」

「乙女に失礼よ」

 ぷーこ(改)はそういって俺を軽くつついた、ように見えたが俺は倒れそうになった。パワー半端ねえぞ、おい。


 電車に乗ってからしばらくしてぷーこ(改)は変な音を出し始めた。

「こーほー」

 おまえはどっかの暗黒騎士か。

「おい、ぷーこ(改)」

「こーほー」

 返事がないので俺は軽く小突いた。がまったく気が付かない。

 今度は結構強めに小突いた。

「……ん?」

「起きたか?」

「あ、寝ちゃってた?へへ」

 立ったまま寝れるとは器用な奴だ。

 いや、実は中で座ってたりするのか?ランドセルが体と一体化した構造なら体育座りは出来そうだ……ずっとその体勢はさすがに無理か。

 っていうか緊張感なさすぎだな、おい。


 目的地には猫がいた。ずっと殺人鬼を見張っていたみたいだ。たぶんあのときと同じ猫だ。俺に気づき大きく頷いた。俺も思わず頷き返す。

 うーむ、普通の猫とも意思疎通ができるようになってしまったのか、俺?


「あいつで間違いない?」

「どこだ?」

 最初、ぷーこ(改)が聞いた人物がどこにいるのかわからなかった。ぷーこ(改)が指差すベンチに人はいなかった。そう思った。だが、しばらく見ていると男が座っているのに気づいた。夜とはいえ、ベンチのそばには明かりがあり、見えないはずはないのだ。にもかかわらず最初その男の存在に気付かなかった。

 イヤホンをつけて再び見ると男ははっきりと見えた。そして前より明らかにどす黒いオーラのようなものをまとっていた。

「……ああ、間違いないと思う」

 俺は殺人鬼のその変化が気になったが、ぷーこ(改)はまったく気にしていないようだった。


「先手必勝よ!」

 ぷーこ(改)が両手を広げる。

 瞬間、ぴしっという音がしたかと思うと景色が一変した。

「<領域>⁉︎」

 ぷーこ(改)は<領域>を発生させる機能を持っているのか⁉︎

 それはそれとしてだ、

「なんで俺まで引き込んだ!」

「しょうがないじゃない。あたし不器用だから中に入れる人を選ぶなんてこと出来ないわ。大丈夫、この<領域>にいるのは関係者だけよ!」

 くそ、やっぱりこうなるのか。



 当然、殺人鬼は気づた。ベンチから立ち上がり、こちらに目を向ける。あの赤い目を。

「……オマエ、コノマエノ、ヤツ、ダナ」


 な?こいつ、俺が分かるのか⁉︎前は見分けがつかなかったはずだ!


 だが、それ以上に気になったのはその言葉遣いだ。片言になってる。その意味はすぐにわかった。

 突然、男の服が裂けた。

「‼︎︎」

 こいつ露出狂、などとは思わなかった。次の瞬間には皮膚も裂けたんだ!

 殺人鬼は人間の姿を、いや、人間を捨てた。全身がどす黒い、人型のレイマになったのだ。

 額が割れ、赤い目が生まれた。それだけじゃない、次々と身体中に赤い目が生まれていく。そして全身から触手が生えてきた。

 赤い目が俺を見つめる。憎しみと狂気が入り混じったように見えるのは気のせいじゃないと思う。格下の俺に逃げられたのが相当悔しかったのだろう。人間を捨てる程に。

 ここで決着をつけないとまずい。こいつは俺を覚えている。例えここで逃げることができても追ってくるだろう。そして俺に関わる人々が危険に晒される。

 人間でなくなったこいつには月見症候群が発症して隙ができる、というのはもう期待できないだろうな。


「……おい、ぷーこ(改)。本当に大丈夫なんだよな?」

「……へへ」

 おい、なんだよ、その笑いは!


 にゃっくがレイマに向かった突撃した。

「やってやるわ!」

 そのあとをぷーこ(改)が続く。

 俺はといえばその場で待機だ。俺は最初から戦う気はなかったし、そう宣言もしてたしな。仮に戦う気があったとしてもレイマにダメージを与える武器がない。足手まといになるだけだ。だから俺は応援に専念することにした。



 レイマの動きは緩慢だった。触手の動きは本体に比べれば速いが避けきれないほどではない。

 ほんとだぜ。ただし、ずっと避けつづけるのは無理だ。

 前回の戦いで奴の体は触れるだけでも危険だと身をもって知った。人間の姿を保っていたときですら大怪我をしたんだ。今の奴に触れたら一瞬で食われる。そう確信していた。


 にゃっくの皇帝拳が触手を切り裂く。だが切っても切ってもすぐに新しいものが生えてくるためなかなか本体にダメージを与えられない。


「うりゃー!」

 そこへぷーこ(改)が触手が体に当たるのも構わず突撃し、パンチをお見舞いする。

 レイマの体がぼこりと凹む。

「効いてる⁉︎︎」

 レイマに物理攻撃は効かないはずじゃなかったか?

 だがそれがただの攻撃ではないことに気づいた。ぷーこ(改)の体がうっすらと赤く光っていたのだ。

 対レイマ用兵器でも搭載してるのか?確かにいくらぷーこがあほでも何の勝算もなしに突撃はしないか。

 体に受けた触手のダメージも大したことないようだ。


「一気に決めるわ!スーパーモード発動!」

 ぷーこ(改)の全身が更に強く発光した。パンチ一発一発のダメージがさっきよりも大きくなっている。

 そして、ついにレイマの頭を吹き飛ばした。空中でその頭がゆっくりと消滅していく。


 ……死んだのか?

 もとは人間だったはずだが、今はもうただの化け物だ。俺に罪悪感はなかった。


「どんなもんよ!」

 勝ち誇った顔でガッツポーズを決めるぷーこ(改)。

 だが、その直後ぷーこ(改)の頭が吹き飛んだ。

「……え?」

 ガッツポーズのままゆっくりと崩れ落ちるぷーこ(改)。

 ぷーこ(改)の頭が俺の目の前に落ちてきた。

 その目と合った。

「……嘘だろ、おい……」


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