221話 皇の誘いは死の香り
俺が待ち合わせの喫茶店に着くとすでに皇は来ていた。
「早いな」
「僕も来たばっかりだよ」
「そうか」
俺はウェイターにダージリンティーを注文する。
「それで直接相談したいことって何?」
そう言って、皇はタブレットとペンを構える。
「マンガのネタになるような話じゃないぞ」
「どんな話だってネタになるよ」
「ま、いいか。お前らって結婚してそろそろ一年か?」
「え?あ、うん、そうだよ。それが関係あるの?」
「まあそうだな」
「そうなんだ」
「お前らはバカ夫婦だが夫婦には違いない。一応先輩には違いないから教えてほしい事がある」
「うん、そう言われると何も教えたくなくなるね」
「まあ、これは俺の友達の話なんだが、」
「え?進藤、僕以外に友達いたの?」
「何びっくりしてんだ?いるに決まってんだろ」
「……なんかすごい驚いたよ。これ以上何言われても驚かない気がする」
「失礼な奴だな。まあ、その友達が結婚したらしいんだ」
「らしい?本人に直接聞いた訳じゃないってこと?」
「いや、ちょっと複雑なんだが、そいつも大学生でな、婚姻届は記入済みで卒業後に提出するって話になってたんだが、その婚姻届を相手の母親がうっかり役所に提出してしまったって言うんだ。普通うっかりで提出しねえよな」
「……」
「聞いてるか?」
「それ、本当に友達の話?」
……こいつ、もしかして知ってる?
せりすがバカ嫁に話してバカ嫁経由で知ったか?
だが、気にせず進めるぞ。
「ああ。でだ、婚姻届記入したくらいだから結婚したこと自体は問題ないんだが、心の準備ができてなくってな。どうすりゃいいのか悩んでるらしいんだ」
「なるほど。それで何かアドバイスがあればってこと?」
「ああ。もちろんお前らバカ夫婦は普通じゃないから参考になる可能性が非常に低いことはわかってる。だから気にせず遠慮なく話してくれ」
「うん、何も話したくなくなったよ」
「遠慮せず話せ」
「……」
だが、やっぱり何の参考にもならなかった。
まったく頼りならない奴だ。
「ところでさ、ごはん食べに来ない?」
「ん?俺はまだ腹は減ってねえぞ。食いたきゃなんか注文すればいいだろ?」
「そうじゃなくてね、つかさちゃん最近料理の勉強していて……」
「一人で逝け」
「で、料理を披露したいっていうんだ」
「一人で逝ってこい」
「いつがいいかな?」
「だから一人で逝け、いや、バカ夫婦で逝け」
「酷いなぁ」
「酷いのはお前のバカ嫁の料理だ」
俺はこの時の記憶を失っていたが、みーちゃんがバカ嫁にすごい拒否反応を示したんで、その理由をメールを通して料理対決の出来事を知ったんだ。
バカ嫁の料理が漫画とかで出てくるありえない、“ゲキまずに毒を添えて”である事を。
みーちゃんはバカ嫁の料理を食ってしばらく拒食症に陥ったそうだ。
「だから勉強して上手くなったんだって」
「そうか、それはよかったな」
「で、いつにする?」
「お前もしつこいな。アレは努力でどうにかなるものじゃない。諦めろ」
「そう言うけどね、あの時はつかさちゃんだけが悪いわけじゃないと思うよ」
「せりすの事を言ってんのか?」
「うん、新田さんにも責任あるでしょ」
「それはそうだな」
「じゃあ、」
「だが、せりすはお前のバカ嫁のように料理を披露しようなんて無謀な事を考えたりしない。手伝いすら嫌がるくらいせりすは自分の事を理解しているんだ」
「それ、新田さんを庇ってるっていうよりディスってるよね?」
「気のせいだ」
「ともかくさ、つかさちゃんにもう一回チャンスをあげてよ」
なんだこいつのこの必死は……まさかとは思うが。
「一応確認するぞ。本当に美味かったんだろうな?」
「え?そ、そうに決まってると思うよ」
動揺したな皇。
「思うよ、か」
「……」
「つまりお前は上達したらしいバカ嫁の料理をまだ食ってないんだな?」
「だ、だから進藤いっしょに……」
「断る」
「……」
この後、皇が二日ほど大学を休んだが、優しい俺は理由を聞かなかった。
二日で復帰できるなら確かに料理の腕は上達しているようだ。




