219話 年貢を納めよう
「げっ関羽!!」
「誰が関羽ですか。全くぷーこちゃんにも困ったものだわ」
せりす母は心底困ったという表情をするが本当に困ってるのかは怪しい。
流石に自分の母の目の前で八つ当たりをするのはまずいと思ったのかせりすは静かになった。
あれ?ガブリエルはどこ行った?
いや、それよりもだ、
「お母さんがここに来たという事は……みーちゃん達は負けたんですか?」
正直信じられない。
二騎の皇帝猫で負けるなんて……。
今後のことを考えると恐ろしい。気が変になりそうだぜ。
と、せりす母は小首を傾げた。
ぷーこの背を踏みつけていなければとても絵になる姿だ。
「進藤君は何を言ってるのかしら?」
「妹、七海養女化計画ですよ!」
「……せりす、進藤君は何を言ってるのかしら?」
「どうなってそうなったのか知らないけど、私達が七海ちゃんを養女にしようとしているという妄想にとりつかれて暴走してるのよ」
「あらあら、まあまあ。ーー安心して。進藤君、そんな事はしませんよ」
「本当ですか!?」
「ええ」
「信じていいんですね?」
「もちろんですよ」
「ありがとうございます!」
「ちょっと待ってよ!なんでお母さんの言葉は簡単に信じるのよ?私の言葉は信じなかったくせに!」
「落ち着いてせりす。それで何故そんな事思ったのかしら?」
「それはせりすが……」
「人のせいにしないでよっ!」
せりすのローキックが俺の太ももを直撃する。
あまりの痛さにその場に蹲る。
「な、なに大袈裟にしてるのよ!?」
「ふざけんなっ!お母さん!見ましたよね?こういう風に直ぐに暴力に訴えるんですよ!」
「ちょ、ちょっと何お母さんに有る事無い事吹き込もうとしてるのよ!」
「俺は事実しか言ってねえ!」
「あらあら、まあまあ」
せりす母はとても困ったような表情をする。
……本当に困ってるのか怪しいが。
「落ち着いて二人とも。せりす、話は最後まで聞きなさい」
「……」
「聞こえませんでしたか?」
「……わかりました」
「ごめんなさいね、続けてくれるかしら?」
「はい。じいさん、せりすさんのおじいさんが七海を母家に連れて行こうとした時、俺も行こうとしたら邪魔したんです。そんなことすれば普通、七海養女化計画を実行しようと思うじゃないですかっ」
「……どこが普通よ」
「せりす」
「……」
「それで?」
「それに、その、ここへ来た目的はこのにゃん太郎(仮)が寂しがってるって話でしたけど全然そんな感じしないし。それでお母さんに騙されたんだと思ったんです。疑ってすみませんでした」
「……なんで母さんには素直に謝るの?」
せりすの視線が痛いが今はこの場を支配するせりす母に従うべきと本能が告げる。
「気にしなくていいですよ。それは嘘ですから」
「本当に済みま……へ?」
せりす母が不思議な笑みを浮かべる。
「あ、あの、それじゃやっぱり七海……」
「それはありません。私が用があるのはあなただけですよ、進藤君」
「俺、ですか?」
「ええ、ちょっと電話やメールじゃお話ししにくいことでしたので」
「そうならそうと言ってくれればいいじゃないですか」
「でも、ほら、うちの娘、嫉妬深いでしょ」
「なるほど」
って言った瞬間、太ももに衝撃が!
「お母さん!また蹴りましたよ!」
「ちょっと足が滑っただけでしょ!」
「滑るか!」
「あらあら、まあまあ」
せりす母は困った顔をするが本当に困ってるか?
「それはともかく」
あ、流すのか。
「本題に入っていいかしら?」
「え?ええ、なんでしょう?」
「ちょっと小耳に挟んだのですけど」
「はい?」
「進藤君が、うちの娘の事を影で”セフ、なんとかレ“って呼んでるってことなんですけど」
「は?」
「実際どうなのかしら?」
そう尋ねたせりす母は笑顔だったが、その目は笑っていない。
「そ、そんなこと言うわけないでしょ!思ったこともないですよ!」
「お互いそれで納得してるとしてもね、母親としては複雑な心境なの」
「だから言ってませんて!な!せりす!」
「……」
何故そこで沈黙する?否定しない?!
「進藤君、私、信じていいのかしら?……ぷーこちゃん、今、大事なところだからもうちょっと大人しくしててね」
せりす母の下でごそごそ動いていた黒い悪魔、もといぷーこがぴたっと止まる。
「私、信じていいんですね?」
「もちろんです!」
「じゃあ、念のためにサインもらっていいかしら?」
「サイン、ですか?」
せりす母から一枚の紙を受け取る。
婚姻届だった。
既に俺の名前以外は記入済みだった。
「お、お母さん!それ書くだけだって言ったじゃない!」
うむ、このせりすのサインは本物か。
「何を言っているの?使わないと意味ないでしょ?」
「嘘つき!」
「あの、娘さん、嫌がってますけど?」
「恥ずかしがってるだけですよ。素直じゃないのは進藤君もわかってるでしょ?」
「そ、それはそうですけど……」
って、いやいやいや!何これ!?
心の準備が全然出来てねえよ!
「千歳!サインしたらダメよ!」
「せりす、反対してるのはあなたとミズキとおじいさんとお父さんだけよ。あ、姉さんもだったかしら?」
「結構いますね……」
てか、反対がほとんどじゃねえか?
「あの、結婚するにしても色々手順をぶっ飛ばしてる気がするんですけど……プロポーズとか」
「それなら大丈夫ですよ」
「大丈夫ってどういう……」
まさか、今ここでしろと?
「進藤君は記憶失ってるようですけど、既にそれらしいことしてますから」
「そ、そうなんですか?」
じゃあ、なんでまだ結婚してねえの?
もしかして、その時、断られたんじゃねえか俺?
だが、聞けない!聞かない!
断られたかもしれねえ真実なんか知りたくねえ!
「あの、」
「もしかして進藤君、記憶をなくして、うちの娘と結婚する気がなくなったのかしら?」
背筋を冷たい汗が流れた。
「い、いえ、そんな事はありませんよ!」
「それならよかったわ」
「た、ただ……」
「……」
せりす母は笑顔で俺を見る。
無言だが、「まだ何か言うことがあるのかしら、うふふ」と言っているようだった。
俺の腕の中でにゃん太郎(仮)がぷるぷる震える。張り詰める緊張感に限界のようだ。
にゃん太郎(仮)……おもらしはするなよ。
その後もせりすが母に文句を、俺にサインするなと騒いだ。
俺の思考は停止し、気づけば婚姻届はせりす母の手にあった。
しっかりと俺のサインが入って。
せりす母は役所には大学卒業してから提出すると言っていたが、あの笑みが非常に気になる。
せりす母が満足げな顔をしながら婚姻届を丁寧に折りたたんで懐にしまう。
うむ、あれを奪うのは無理だな。せりすも諦めろ。
「さて、ぷーこちゃん、待たせてごめんなさいね。そろそろ迎えが来るころですから行きましょう。そうだ、進藤君も一緒に来ますか?」
「……え?あ、はい」
俺はせりす母に言われるままに後に従う。
「あ、せりすはもういいわよ。進藤君、ショウちゃんをせりすに預けて」
俺は言われるままににゃん太郎(仮)をせりすに渡す。
「せりす」
「何よ?」
俺を見る顔がちょっと赤い。
「せりすはうちの家族になるんだ」
「半強制的にね」
「そんな事はどうでもいい」
「なんです……」
「進藤家の一員として今以上に七海をしっかり守るんだぞ」
「……」
せりすの照れ隠しのローキックがまたも炸裂した。
マジ痛えんだけど。




