217話 斉藤さんは脅す
仁王立ちして入り口に立っている斉藤さん。
正しくは斉藤という名札をつけたジャージを着たぷーこだ。
我に返ったらしいせりすが顔を離すが、馬乗りはやめない。
とりあえず馬鹿、もとい、ぷーこに声をかける。
「お前、ここにいたのか?」
「誰のせいよ!誰の?!」
「すぐ人のせいにするのはお前の数多い欠点の中の一つだぞ」
俺は親切に教えてやったのにぷーこは何故か怒りだした。
「何言ってんによっ!あんたが密告したせいじゃない!」
「密告?」
そこで思い出した。
「ああ。そう言えばうちに籠城する気だったからせりすのお母さんに説得してもらって連れ帰ってもらったんだったな」
こんな奴がウチにいたら七海の教育に悪いしな。
「どこが説得よ!あのくそばばあ!絶対許さないんだからね!」
「自業自得だろ?」
「そんなわけないでしょ!あたしは生まれて一度も悪いことをしたと思った事はないのよ!」
「いや、もうほんと、お前終わってるな」
「ほんと仲良いわね」
せりすは笑顔で言ったが、その目は笑っていない。
「どうしてそう見えるのか俺には不思議でならんのだが」
「ちいとのことなんてどうでもいいのよ!ついに!ついに出会えたわね!みーちゃん!……あれ?」
あ、こいつ、みーちゃんを奪おうとしてたんだったな。それで俺んちに乗り込んで、暇潰しか知らんが、七海に黒竜とか中二みたいな事を教え込んだったんだ。
「ちょっとちいと!みーちゃんはどこ!?ここにいる事はわかってるのよ!さっさと言わないと……」
「何だよ?」
ぷーこは沈黙。
何も考えていなかったようだ。
が、すぐにニヤリと笑った。
「決まってんでしょ。ちいととせりすんが真昼間の道場で交尾してたって言いふらすわよ!」
その言葉でせりすはパッと俺から離れた。
「せりすん!もう遅いわ!さあ、みーちゃんを出しなさい!」
「あのなあ、証拠写真があるわけでもねえんだ。実際してねえし。すぐ嘘だってバレるぞ」
俺はゆっくり立ち上がりながらぷーこを見る。
ぷーこはふっと笑った。
「甘いわね。……あんた、私の能力知らないでしょ?」
「能力、だと?」
「千歳、ぷーこちゃんて」
「……ああ、ぷーこはムーンシーカーだ」
「!!」
以前のぷーこの能力は“ダブル”と言われるものだった。
向こうの世界の住人であるアヴリルが憑依して二心同体の状態だった。
アヴリルが体を使っている時は魔法を使えたらしい。
だが、今、アヴリルは本来の自分の体に戻っている。
つまり今のぷーこはダブルではないのだ。
ダブルでなくなった事で別の能力に目覚めたのかもしれない。
ムーンシーカーについて詳しくないのでそんな事が起こるのかわからないが。
「どんな能力なんだ?」
「ばっかねえ!聞かれて答えるわけないでしょ!ばーかばーか!」
「やっぱりな」
「何がやっぱりなのよっ!?」
「嘘だってわかったってことだ」
ぷーこは俺の挑発にすぐに乗って来た。
「ムカつくわね!いいわ!特別に教えてあげるわ!あたしはね、自分の想像を現実に起きたこととして話すことができる能力があるのよ!」
「そりゃ能力じゃねえ!ただの危ない奴だ!」
「……」
ああ、この馬鹿の話を少しでも信じた自分が許せねえ!
しかし、まずいな。
みーちゃんは母家で七海を守るための戦いをしているはずだ。
このバカが母家に行って戦いに巻き込まれるのは勝手だが、みーちゃんの邪魔をされては困るし、このバカを七海と会わせたくもない。
と、ぷーこの視線がある一点で止まった。
そこにはにゃん太郎(仮)がいた。
最初来た時と同じクッションに座っていたのだ。呑気にふあ、と欠伸をした。
あれ?あいつ、みーちゃんの後を追わなかったのか。
……いや、確かに戦闘力ゼロのにゃん太郎(仮)が行っても何もできないか。
にゃん太郎(仮)に悪い顔をしたぷーこの魔の手が伸びる。
「逃げろにゃん太郎(仮)!」
敵となった今でもぷーこに捕まるのは可哀想だ。
救いに走ろうとしたがうまく体が動かない。透視魔法で魔粒子を使い過ぎたようだ。
アディ・ラスの効果は既に切れており、魔粒子を使い過ぎた今もう一度使うのは危険すぎる。
せりすはその場を動かず、にゃん太郎(仮)はぷーこの手にあっさり落ちてしまった。
当のにゃん太郎(仮)は「どうしたの?」って顔をして状況を理解できていないようだ。
うーむ、戦闘タイプではないとはいえ、皇帝猫なんだろ?
あんな“悪いヤツです”みたいな顔してる奴にあっさり捕まんなよ。
普通の猫より鈍いぞ。
「さあ、ちいと!みーちゃんを連れて来なさい!でないとこの子がどうなるか。ふふふ……」
本当に完全な悪党だな、おい。
「さあ、早く!今すぐ三秒以内よ!三、二、一、ゼロ!ぶーっ!時間切れ!」
ぷーこはしてやったりの表情。
いや、お前ねぇ。何のためのカウントだよ?
「……ねえ、千歳。ぷーこちゃんは何がしたいの?」
「俺に聞くな」
「って、ちょっと時間切れになったじゃない!どうしてくれるのよっ!」
「知るかっ!」
「あんたこの子を見捨てるの?なんて酷い男!知ってたけど!」
「うるせえ!元々無理な時間設定だっただろ!」
「ふん、これだから不能扱いされるのよ!」
「誰が不能だ!なあ?」
せりすに同意を求めたら殴られた。
「もういいからにゃん太郎(仮)を解放しろよ。そして部屋に閉じこもってゲームでもするか漫画でも読んでろ」
俺の言葉にぷーこは一瞬幸せそうな表情をした。
が、ぶんぶん頭を振り、俺を睨みつける。
「危なくあんたの催眠術に引っかかるところだったわ!」
「そんなもんかけてねえよ。お前の心が欲してんだよ。なあ、無理せず部屋に戻れ。今ならバーゲンセールのゲーム一本くらい買ってやるぞ。千円以内のな」
「千歳、流石にそれじゃ……」
「な、何ですってっ!?」
「え?」
ぷーこはにゃん太郎(仮)を抱きしめながら苦悶の表情を浮かべる。
「……今の言葉で心揺れてるの?」
「せりすはまだまだぷーこの事をわかってねえな」
「それはつまり、そういう事でいいの?」
冷たい目で俺を見るせりす。
あれ?また嫉妬モードに入った?
俺がせりすの誤解を解いた直後にぷーこの結論は出た。
「……悪いけどその条件は飲めないわっ」
いや、そんな目に涙浮かべるような事だったか?
俺、ちょっと罪悪感覚えちゃったぞ。
「さあ!早くみーちゃんをここへ連れてきて!」
「せりす」
「何よ?」
「千円出してくれないか?」
「は?」
「後千円出せば確実に落ちるぞ」
「何で私が出すのよ?千歳が出せばいいじゃない」
「いや、考えてもみろよ。人……猫質になってるのは、せりす達が保護してる猫だぞ」
「でもみーちゃんは千歳グループでしょ」
「せりす達が悪巧みしなければ起きなかった事だ」
「悪巧みなんてしてないから。それ、千歳の妄想だから。っていうか千歳、あなたもぷーこちゃんと同じ能力持ちなんじゃないの?」
「失敬な!」
「失礼よ!」
と、道場の入口に気配を感じた。
見ると頭のでっかい真っ白の子猫、いや、皇帝猫がいた。
赤いマントが風に靡く。
みーちゃんか。
流石だな。母家の制圧は完了したようだな。
しかし、一体いつからいたんだ?
全く気づかなかった……あれ?
「みーちゃん!やっと会えたわね!愛しのぷーこ様よ!」
にゃん太郎(仮)をその場に下ろして入口にダッシュするぷーこ。
「みーちゃん、あたしは怒ってないからね。戻ってきていいのよ」
別れた原因は、みーちゃんにあるような言い方だな。
その経緯を俺はわからんが絶対ぷーこが悪いに決まってる。
ぷーこがにこにこしながらみーちゃんに両手を伸ばした瞬間、みーちゃんはヒョイっとその手から逃れると、ジャンプ一番ぷーこに向かって猫パンチを放った。
「ぐへっ」
ぷーこが奇声を上げながら仰向けに倒れた。
気を失ったようだが、みーちゃんの攻撃は続く。
ぷーこの顔に猫パンチを放ち続ける。
それはただの猫パンチではなかった。
そのパンチ自体に威力はなかったようで顔の腫れは最初の一発のみだった。
だが、腫れに代わりに肉球の痕が残っていた。
「スタンプ猫パンチだな」
「スタンプ猫パンチ?」
勉強不足なせりすに説明してやる。
「スタンプ猫パンチは肉体にダメージを与えるのではなく肉球痕をつけるだけのパンチだ」
「それ、なんの役に立つの?」
「色々だな。愛情表現から倒した証拠まで。今回は後者だろう」
「そうなの」
「ちなみにあの痕は二、三日は消えないらしい」
「ふうん」
みーちゃんがぷーこから離れ俺を見上げた。
その口元が歪み、ひねた笑みを浮かべる。
そんな顔をみーちゃんはしないし、近くで見れば“こいつ”がみーちゃんではない事はすぐわかる。
ぷーこがこいつとみーちゃんを区別出来なかったのはぷーこだから、としか言いようがない。
「この子……」
「久しぶりだな、ガブリエル」
ガブリエルが尊大に頷く。
元闇皇帝との再会だった。




