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にゃっく・ザ・リッパー  作者: ねこおう
停職編(仮)
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216話 斉藤さん現る

 俺は構えながらせりすに向かって右手を伸ばす。

 プロレスラーがよくやる力比べに誘ったのだ。このとき俺はまだ魔法を使っていないし、せりすもラグナを使っていない。

 せりすは俺の誘いに乗って来た。負けず嫌いだから断るとは思っていなかったがな。

 お互いの右手ががっちり掴み合う。

 続いて左手も。


 両手を握り合いながらお互いの顔を見る。

 恋人同士が手を握りあっているのにどこからも愛を感じない。


 って、当たり前か。

 これはお互い主導権を握るため戦いなのだ! 



 俺が力を込めるとそれに合わせるようにせりすが力を込めてくる。


 ぐ、やはり強いな。


 せりすの手は大きくはなく、指は細く綺麗だ。だが、見た目とは違い力強く、その指が俺の手の甲に食い込んでいく。

 せりすは握力だけでなく、腕力も俺を上回っていた。

 その腕は太くはないし、筋肉質でもない。

 見た目でいえば俺の方が筋肉はある。

 にもかかわらず段々と腕は押し込められ後退させられる。

 俺はすでに全力なのにせりすはまだまだ余裕がありそうだ。


「千歳、あなたの力はそんなものなの?」


 上から目線で挑発してくるせりす。


 やっぱ単純な力比べじゃ勝てねえ。

 せりすは子供のころから鍛えてんだからな。


「早く魔法を使ったら?」

「いいのか?この状態じゃ避けられねえだろ?」

「……」

 

 もちろんハッタリだ。

 攻撃魔法なんてもってないが、そういう攻撃があると思わせておけば勝手に警戒してくれるだろう。


 だが、


「おかしいわね。千歳が攻撃魔法持ってるなんて聞いた事ないんだけど?」


 うっすらと笑顔を浮かべてせりすが言った。


 しまったっ!!

 七海を養女にするために入念に計画されていたんだ!

 情報が楓さんから伝わっててもおかしくないだろっ!


「……その顔、どうやら攻撃魔法はハッタリだったみたいね」

「な、んだと!?」


 まさか、今のはハッタリ?!


「俺がせりすなんかのハッタリに引っかかるとはっ!」

「なんかとは何よ!」

「せりすごときのハッタリなんかに引っかかるとはっ!」

「何ですって!!」


 言い直してやったら更に激怒された。

 手の甲にせりすの指が食い込んで血が出て来た。

 そんなことよりだ、


「せりす!人を罠にかけるとはなんて汚いんだ!」

「お前が言うな!」

「俺のは作戦だ!」

「私だって作戦よ!」

「そんなのはせりすらしくない!お前は単純、脳筋のはず……いたたた!ゆ、指が刺さる刺さる!」


 俺の正論が暴力によって屈する。


 もう限界だ!


「アディ・ラス!」


 全身を赤色の魔法の障壁が包み、手の甲に食い込んでいた指を押し返す。


「……へえ、これが魔法なんだ」

「余裕もそこまでだぜ。さあ、反撃だ!」


 力負けしていた分を一気に取り返す。

 今度は俺がせりすの腕を押し返す。


「……流石に素じゃ無理ね」


 せりすがそう言った瞬間、せりすの体を青いラグナの光が包んだ。

 と優勢だった力比べは五分に戻された。

 力は拮抗しているように見える。

 せりすが力をセーブしていなければだが。


 今こそ使うべきだな!

 そう、この拮抗した状態を打破するために使わなくてはならない。

 透視魔法を!!

 透視魔法で相手の弱点を探るんだ!

 決してやましい理由で使うわけではない!


「……千歳、なんかいやらしいこと考えてない?」

「ない!」

「……」


 結果、そうなるかもしれないがあくまでも結果であって目的ではないのだ!


「せりす、俺はこの状況を打破するために新たな魔法を使うぞ!」

「……なんで、わざわざ断る訳?勝手に使えば?」

「そうだな……シー・ル・ディー!」


 目の前のせりすの服が透ける。

 何度言うが、いやらしい気持ちなど微塵もない!

 敵の弱点を探っているだけだ!

 じっくり探ってやるぜ!!


「……千歳、なんで前屈みに……って、そのいやらしい顔……まさか今の透視魔法!?」


 せりすが真っ赤になって両手で体を隠そうとするが、お互いの手で塞がっているので隠す事はできない。


「やめなさい!」


 せりすの腕に更に力が入り、均衡が崩れる。

 だが、そうはさせない。


「アディ・ラス!」


 重ねがけで俺の力がせりすを上回る。

 せりすが蹴りを入れるが重ねがけしたアディ・ラスの防御力が上回り、多少痛みはあるものの問題はない。


「うーむ、弱点みつからないなぁ」

「見るな!変態!」

「別に初めてじゃないんだからそこまで恥ずかしがる事ないだろ?」

「うるさい!馬鹿!エロ千歳!」

「落ち着けって。この魔法にだって弱点はあるんだ」

「何よ弱点てっ!?」

「この魔法は術者の血を下半身に、相手の血を頭に……って、冗談だ!ちゃんと説明するから蹴るな!間違っても股間はやめろよ、お互いのために!」

「な、何がお互いのためよ!」


 と言いつつ、せりすが股間を蹴り上げる事はなかった。


 本来であれば、弱点を説明してやる必要はない。

 だが、今頃、みーちゃんが母家での戦いに参戦して優勢に事を運んでいるはずだ。

 俺の心に多少余裕が出来ていた。

 それに俺の中に眠るフェア精神が黙っていることを許さないのだ。

 間違っても自分の罪悪感を減らすためではない!


「この魔法はラグナで防ぐ事はできるんだぜ」

「嘘つけ!私はラグナで全身を覆ってるのよ!でも私の裸見えてるんでしょ!」

「ああ。だがそれはせりすのラグナが弱いからだ。ラグナが強ければ遮断される」

「なんでそんな事わかるのよ!」

「それは……」


 あれ?

 確かに何で知ってるんだっけ?


「……ミズキで実験したのね?」


 せりすがそう呟いた瞬間、場の空気が冷えたような気がした。


 その冷たい目を見て悟った。

 さっきまでのせりすの怒りは本物じゃなかったと。

 いや、怒ってはいたのだが、それでも今のせりすを見れば可愛いものだ。


「お、落ち着け!」


 しかし、俺の言葉は届かない。

 せりすが何発も蹴りを放ち、頭突きまで食らわそうとしてくる。

 そして、打撃に気を取られている隙に足を引っ掛けられバランスを崩して倒れた。

 すかさず馬乗りになるせりす。

 さっきのぜりんVSじいさんの再現か。


 だが、じいさんはここまで身の危険を感じてはいなかっただろう。

 俺はどうにか手を離さないでおくので精一杯だった。


「お、落ち着けって!魔法解くから!透視魔法は結構魔粒子消費するから長時間はきついんだ」

「ダメ」

「へ?」

「ミズキに出来て私ができないなんて納得いかない」

「いやいやいや、俺はミズキなんて言ってねえだろ!」

「じゃあ、誰?まさか楓おばさん?」

「わからねえんだよ!実際に試したのか、知識として知ってるだけなのかもわからねえんだ!」

「じゃあ、ミズキで試したでいいじゃない」

「何が“じゃあ”なんだ!仮にミズキで試したとしてもだ、ミズキは物心着く前からラグナの修行してたんだぜ!今日明日で追いつくようなレベルじゃないだろ?」

「つまり、千歳は私よりミズキの方がいいと言ってるの?」


 何なんだよ、このミズキへの対抗意識の強さは!?


「いいって何がだよ?」

「……いいはいいよ」


 そのまませりすの顔が俺に近づく。

 その時だった。


「ふふふふ!あははははは!」


 道場にバカ声が響き渡る。

 道場の入口を見ると斎藤さんが立っていた。


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