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21話 そして殺人鬼と出会う

 ファミレスからの帰り道で猫を見かけた。

 見た目は普通の猫だ。だがその行動は普通じゃなかった。時折、歩道に植えられている木の後ろや人の後ろに隠れるような動きをする。


 誰かを尾行しているのか?


 相手を探してみる。

 ……あの男か?

 俺はポケットからイヤホンを取り出すとスマホと接続しその男を見た。


 なんだ⁉︎

 その男の全身をどす黒い影が覆っていた。こんなふうに見えたことは一度もなかった。


 まさか、この男が切り裂きジャック?


 俺はぷーこに電話をするが、留守番電話に転送された。


 そうだよ、おまえはそういう奴だよ!肝心なところでいやしねえ!

 ダメ元で四季にもかけるが繋がらなかった。

 俺は男の後を付けながらみーちゃんとぷーこ、そして四季に素早くメールを送る。こんなこともあろうかと定型文を用意しておいてよかったぜ。

 俺が後を付けてどうにかなるのか、という自問を何度もする。

 だが、ここで逃すのもまずいだろ!



 男は公園へと入っていった。

 やばい!こいつ、誰か襲う気じゃないのか!


 猫が走り出したので、思わずそれにつられて走ってしまった。

 瞬間、ぴしっと奇妙な音がしたかと思うと周囲の景色が変わった。


「げっ、これは<領域>じゃないのか!」

 なんで入れた?知らないうちに<領域>に侵入できる能力が俺に身についた?

 もちろん、そうではなかった。



 悲鳴が聞こえた。

 目の前で女性が襲われているのが見えた。

「やめろ!」

 俺は思わず叫んでいた。

 女性が崩れ落ち、男が振り返る。

「気にしなくても次はおまえだ」

 まだ距離があるが、その男の目の色だけははっきりわかった。

 真っ赤だった。その赤い瞳には見覚えがあった。レイマの赤い目にそっくりだった。


 間違いない、こいつが四季の言っていた殺人鬼だ!切り裂きジャックだ!

 こいつは俺が尾行しているのに気づいていたんだ。俺の力で<領域>に入ったんじゃない、こいつに引き込まれたんだ!


 この状況で救いがあるとすれば俺が非現実な出来事に対して経験を積んでいたことだ。

 もし四季とレイマの戦いを見てなかったら、悪霊に出会っていなかったら恐怖で動けなかっただろう。まちがなく俺の命はここで終わっていた。

 恐怖はもちろんあるが動けないほどじゃない。四季の言っていた通り、大した奴じゃないのかもしれない。

 だからと言って勝てる気がする訳じゃないぜ。当然だよな。俺は見えるモノが増えただけなんだから。


 仮に俺にこいつを倒す力を持っていたら戦えたか?

 相手は人間だ。少なくとも人間の姿をしている。

 倒す、イコール殺す、だよな?

 無理だ!

 俺はろくに喧嘩だってしたことないんだ!



 殺人鬼は俺に向かって歩いてきた。

「黒い剣は持っているか?」

「黒い剣?」

「……奴とは違うか」

 そうか、四季のことを言ってるんだな……って俺と四季はまったく似ていないぞ。……ということはこいつ、四季の顔を覚えていないのか、それとも認識力が低いのか?

 もし後者なら<領域>から出ることができれば逃げ切れるんじゃないか?

 ちょっとだけ希望が持てたぞ。


 出来るだけ冷静に殺人鬼を観察する。

 四季はレイマの能力を持っていると言っていたな……右腕が黒く染まり刃に変形している!アレが凶器か。今まで見つからない訳だ。

 取りあえず襲われた女性のことは考えるのをやめた。あれからピクリとも動かない。もう死んでいる可能性もある。

 生きていたとしても俺がこの窮地を脱しなければ助からないんだ。

 スマホをチラリと見るがアンテナは立っていない。

 <領域>には電波が届かないか。そんな気はしていたがやはりショックだぜ。


 猫がひと鳴きすると走り出した。

 俺も猫の後を追って走り出す。

 高校時代陸上部に入っていて毎日走り込んでいた。自慢できるほどの成績は残していないが一度だけ全国へ出場したこともある。大学に入ってからは運動はしていないがそれでもまだ体力は人並み以上にあるはずだ。

 殺人鬼からの攻撃はない。振り向くとこちらに向かっては来ていたがゆっくりと歩いてだった。


 いたぶり殺す気か⁉︎


 猫が突然止まった。

 俺はその意図に気づき慌てて走るのをやめるが急には止まれない。両手を前に伸した。

 その手に何かが触れ衝撃が走る。

 <領域>の端に至ったのだ。


 あぶねえ、もう少しで激突するところだったぜ。

 俺は力一杯見えない壁を蹴りつけた。

「いてぇ!」

 だめだ!やっぱりビクともしねえ!


 猫がひと鳴きする。俺と目が会うと殺人鬼に向かって突進した。


 まさかお前囮になるつもりか⁉︎


 猫は殺人鬼と接触する直前で右に曲がった。

 だが、殺人鬼は猫を見向きもせず俺に真っ直ぐ向かってくる。


 ……そりゃそうだよな。


 猫の悲しそうな鳴き声が聞こえたが慰めてやる余裕は俺にはない。

 俺は方向を右に変え再び走り出す。


 くそっ!<領域>の壁を破る方法がない!

 俺の持ち物じゃあの壁に傷すら付けれられない!

 ダメなのか⁉︎ここまでなのか⁉︎


 ……いや、あるじゃねえか!

 たったひとつだけ!



 チャンスは一度だ。

 二度目はないだろう。

 俺はまたも<領域>の端に到達し立ち止まる。振り返り殺人鬼を睨みつける。殺人鬼は二メートル程離れた所で立ち止まった。


「生を堪能したか?」

「そんな訳あるか!」

「ふふふ、そうか、だが俺はもう飽きた。死ね」


 俺が今まで経験したことは無駄ではなかったようだ。

 直接戦闘に参加こそしなかったが、戦いの空気に触れていた。これが大きかったんだと思う。俺を下っ端と甘く見、攻撃が単調だったのも幸いした。

 俺は殺人鬼の一撃を避けることができた。


 ビシッ


 殺人鬼の刃が<領域>を切り裂いた。


 やった!狙い通りだ!あとはここから<領域>を脱出するだけだ!

 だが、うまくいったのはそこまでだった。

 俺はこけてしまったんだ。


 くそっ!こんな時に!

 いや、こんな時だからこそこういうミスをするんだよな。

 殺人鬼が笑みを浮かべる。振り上げた刃が俺を襲う!


 本当にここまでなのかっ⁈



 攻撃は来なかった。

 絶体絶命の俺を救ったもの、

 それは月だった。


 こいつ、ムーンシーカー⁉︎


 抑えられない月見衝動。

 ムーンシーカーがムーンシーカーと言われる由縁だ。

 この<領域>にある月が本物なのか、こいつが作り出した偽物なのかはわからないが、殺人鬼は刃と化した腕を振り上げたまま月を見ていた。


 こんな表情豊かなムーンシーカーもいるのか……そんなことはどうでもいい!

 このチャンスを逃す手はない!

 裂け目に飛び込もうとしたとき襲われた女性の姿が目に入った。


 このまま逃げたらあの女性は絶対死ぬ。

 ……どうする?

 いや、考える必要はない!もう死んでるかもしれないんだ!


 そう決断したとき、その女性に猫が駆け寄り俺に向かって鳴いた。

「まだ息があるぞ!」とでもいうように。


 コイツの月見衝動がいつ終わるかわからない。彼女をここへ連れてくる時間があるのか?

 月見衝動が収まる時間はムーンシーカーレベルによって異なり、レベルが高いほど長くなると聞いたことがある。

 以前、交差点で見た少年は二、三分くらいだったか。この殺人鬼はあの少年より確実にレベルは高いはずだ。


 猫が催促するようにもう一度鳴いた。


「くそっ」

 俺は彼女のもとへ駆けつける。腹部から血が出ていたが思っていたより出血は少ない。彼女を抱え戻ってきたときには<領域>の亀裂は消えていた。

 だが幸い殺人鬼の月見衝動はまだ収まっていない。


「おりゃあ!」

 殺人鬼の背中に蹴りを入れる。足に火傷したような激痛が走った。

 殺人鬼は凶器と化した腕を振り上げたまま倒れ込み再度<領域>を切り裂く。

 俺は怪我した女性を連れて脱出した。その後に猫が続く。



「医者はいないか!?怪我人がいるんだ!」

 俺はそう叫んだつもりだったが、実際には声は出なかった。

 代わりに血を吐いた。


 ……なんで?


 俺が覚えているのはそこまでだった。



 目が覚めた時、俺は病院にいた。

 最初に目に入ったのは意外な人物だった。

「目覚めたようじゃな」

 藤原探偵事務所の所長だった。その肩にはみーちゃんがいた。ぷーこの姿はない。

 みーちゃんがあのメールを見てくれたのか?それともあの猫がネッコワーク?を使って連絡したのだろうか?


「おまえのその無謀さは誰に似たのやら」

「なんだと!」


 所長はそれだけ言うと病室を出て行った。

 そのすぐ後にぷーこがやってきて俺が気を失った後の説明を始めた。


 やはり、最初に俺のメールを見たのはみーちゃんだったようだ。

 やっぱり頼りになるな、みーちゃん!


 俺の怪我は足だけではなく、背中にも切り傷があったらしい。

 脱出する直前に殺人鬼は月見衝動が収まり、俺に一撃を与えたようだ。

 俺は極度の緊張で体が麻痺し痛みを感じてなかったんだろう。血を吐いて気を失ったのはその怪我のせいだった。結構傷は深くもう少し遅ければ手遅れだったらしい。

 本当にギリギリだったみたいだ。

 ちなみにらしいと言ったのは足の傷も含めて綺麗さっぱり治っていたからだ。背中はともかく足は間違いなく怪我をしていたはずだ。

 さすがに今の医療技術では数時間で完治するはずがない。


「こんな短時間でどうやって治したんだ?」

「あたしの日頃の行いよ!」

 それだけは絶対ない。

 だが、ぷーこはそう言い張るのみだった。

 俺の頭のなかにアヴリルの言った言葉が浮かんだ。


『ー向こうでは私、魔法使いだったわ』


 そう、魔法なら不可能じゃないと思った。


 被害者の女性は幸いにも命を取り留めたらしい。

 無理した甲斐があったぜ。

 ぷーこから聞いた話では彼女の血液は二十パーセント近く失っていたそうだ。

 現場にはそれほど出血した跡はなかったから奴が奪ったのだろう。

 他人事のように言ったが俺も十パーセントほど失っていたらしい。

 切り裂き魔じゃなくて吸血鬼のほうがお似合いだよな。



 この事件は報道されたが、幸いにも被害者の女性と助けた俺の名前が報道されることはなかった。

 ぷーこ達の組織がうまくやってくれたんだと思う。

 下手に名前が報道されたら殺人鬼の標的にされるからな。


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