215話 澄羅家の陰謀
みーちゃんとにゃん太郎(仮)が何事か話し合ってる間、ぜりんとじいさんの戦いは続いていた。
「うわぁ、やられたぁ」
じいさんは頬を緩めながら馬乗りになったぜりん、いや七海に降参する。
これで七海とじいさんの戦いは三回戦が終わった。
言うまでもなく七海の全勝である。
何回戦まであるかは七海のみぞ知るところだ。
「……おじいちゃん甘くなったわね。昔は道場でお菓子なんか食べたら子供でも叱ったのに」
それは七海の可愛さはが尋常じゃないからだ。
「なあ、せりす」
「なに?」
「じいさんが道場の代表なんだよな」
「ええ、そうよ」
「一応確認なんだが」
「何よ?」
「じいさん、七海を澄羅道場の後継者にしたいとか言い出さないよな?」
「……はぁ?」
「七海はあの若さでじいさんを倒したんだ。七海の秀でた才能を見てそう思う気持ちもわかる」
「何言ってるの?」
「それに七海の可愛さは尋常じゃないからな。その可愛さをもってすれば澄羅道場を日本一どころか世界一にすることも不可能じゃない」
「……ほんと何言ってんの?」
せりすが心底人を馬鹿にしたような表情で俺を見る。
それが七海への嫉妬を隠すための演技である事が俺にはすぐにわかった。
「まあ、実際のところ、それは難しいだろうな。七海は争い事が嫌いな心やさしい子だからな」
「……今、目の前でおじいちゃんを喜んでやっつけてるの誰?」
せりすが必死に考えたであろう屁理屈を軽く聞き流す。
「七海ちゃんは強いのう」
「えへへっ」
「七海ちゃんや。ちょっと休憩しないかのう?じいじはちょっと疲れてしまってのう」
「じいじっ、だいじょうぶ?」
「七海ちゃんはやさしいのう。ちょっと休めば大丈夫じゃ。……そうじゃ、ヨーグルトがあるんじゃが食べるかのぉ?」
「たべるっ」
じいさんに七海は元気よく答え、二人が母家の方へ歩いて行く。
ウリエルが一度こちらを見て、七海の後についていった。
うむ、頼んだぞ、ウリエル。俺もすぐ行くぜ。
「じいさん、にゃん太郎(仮)の事すっかり忘れてるな」
「そうね」
ま、無理もないか。七海の可愛さは尋常じゃないからな。
みーちゃんとにゃん太郎(仮)はしばらくかかりそうだからこのままにしとくか。
七海達に後を追おうとしたところで、せりすが俺の行手を阻む。
「なんのつもりだ?」
「今度は私達が戦いましょう」
「は?何言ってんだ?」
みーちゃんは危険を察知してにゃん太郎(仮)を連れて道場の端へ移動する。
いや、みーちゃん、ここは仲裁に入ってほしいのだが。
せりすは冷たい笑みを浮かべて俺を見る。
その目を見て俺は全てを悟った。
「せりす、計ったな?」
「何のことかしら?」
せりすはどこか挑発するかのような口調で言った。
「俺ともあろうものがこんなトラップに引っかかるとは……」
「トラップ?」
ちょっと怪訝な表情に変わる。
それが演技である事を見破ればないほど俺は間抜けではない。
「せりす、いや澄羅家は七海を養女にしようとしているな!」
「……は?」
「そこで最大の難関である俺を七海から引き離し、一人となった七海を皆で説得しようと企んだってわけだな!」
「……馬鹿?」
まさかこんなにも早く計画がバレるとは思わなかったのだろう、せりすはそう言葉を絞り出すので精一杯だった。
だが、俺としては遅すぎた。
なんて事だ……にゃん太郎(仮)の事は七海を道場へ連れてくるための口実だったんだ!まさかお母さんまでグルだったなんて……信じてたのに!
俺の中でせりす母の株が大暴落した。
「ちょっと絶対またおかしな事考えてるでしょ!私が戦いたいのは……」
「もう誤魔化しは無駄だ。最近やけに七海にちょっかいかけてくるからおかしいとは思ってはいたんだ」
「ちょっかいって何よ!七海ちゃんが寄ってくるのよ!冷たくあしらったら可哀想だし、したらしたで怒るでしょ!」
「まさかそんな前から“七海養女化計画”が始まっていたとは……」
「おい、コラっ!シスロリ!私の話を聞きなさい!」
せりすがなんか喚いているが無視。それどころじゃない。
「くそっ、まんまと罠にはまって七海を敵本陣へ連れて来てしまった!なんで俺はもっと早く気づかなかったんだ!!七海の可愛さからすれば当然予想できたことだったじゃないか!」
「……」
せりすは心底呆れたという表情をする。
上手いな、本当にそう思ってるように見えるぞ。俺は騙されないがな!
俺が七海の救出に向かおうとするとまたもせりすが立ち塞がる。
「私、戦いましょう、って言ったわよね?」
「くそっ!七海の説得が終わるまで足止めするってわけか!?」
「あのねえ、仮にそうだったとして……」
「やはりかっ!」
今頃、ウリエルは澄羅家の面々と戦闘に入ってるはずだ。
じいさんは七海のとの戦いで使い物にはならないはず。
いわゆる捨て駒として使われたのだろう。最期に七海にかまってもらえたんだ。今頃くたばっていたとしても本望だろう。
いや、じいさんのことなんてどうでもいい!まだまだ澄羅家にはじいさんなんかとは比べものにならない化け物がいるんだ!
いくらウリエルでも七海を庇いながらの戦闘は厳しいだろう。
「みーちゃん!先に七海のところへ向かえ!ウリエルを援護するんだ!」
みーちゃんはやれやれ、みたいな表情で出口へ向かうがその足取りは遅い。
なんだ、そのやる気の無さは?
この事態に気付いていないのか?そんなはずはない!
「……まさか、にゃん太郎(仮)に何かされたのかっ!?にゃん太郎(仮)!お前もか!」
「そんな訳ないで……」
「どこまで腐ってやがるんだ!」
「腐ってるのはあなたの頭よ!……ほんと、人の話聞かないわ、ね!」
せりすの悪意の籠った鉄拳が俺を襲う。
それを辛うじて回避する。
「危ねえなっ!」
「言葉が通じないんだから仕方ないでしょ」
「どうしても俺を行かせないつもりかっ?!」
「ええ。理由はともかくその通りよ」
そう言ったせりすの釣り上がった目、人を見下した冷たい表情。
恐怖しか浮かばないがとても絵になり見惚れそうになるのも事実だ。
「その表情、マジで悪役令嬢みたいだな」
「何訳わかんない事言ってるのよ!」
俺の褒め言葉で何故かせりすの怒りの炎が更に強まった。
こうなっては仕方がない。
俺は覚悟を決める。
が、とりあえず言っておくことがあった。
「せりす、真剣勝負でいいんだな?」
「あら?やっとやる気になった?」
「せりすを倒さないと七海の救出にいけないからな」
「まだ言ってる。でももうそれでいいわ。私は手加減しないから」
「それはつまりラグナを使うということか?」
「そうね」
「じゃあ、俺は魔法を使う」
俺の言葉にせりすが目を輝かせる。
「是非見たいわ!でもいいの?組織的に?」
「七海のためだ。組織も文句は言わんだろう」
「私はそうは思わないけど、千歳がそういうならいいわよね!」
俺が今覚えている魔法は三つだ。
アディ・ラス。身体強化をする魔法で二重がけまで可能。三重がけは全身に激痛が走り逆効果だ。
シー・ル・ディー。透視魔法。ルシフ・レイマの心臓ともいえるコアの位置を調べる事もできる。
フェニクス・チトセ。死者蘇生後、魔法の炎で燃やし尽くし、また蘇生させる。二度目の蘇生はその者の生への執着が大きく影響し、失敗する可能性大。
フェニクス・チトセは効果からわかるように使えない。
アディ・ラスで肉体強化しながらシー・ル・ディーでじっくり弱点を探る、ってところだな。
勝つために透視魔法を使うんだ。他意はないぞ他意はな!
ぐふふ……。
「……すごーくいやらしい顔してるけど?」
「気のせいだ。せりす、今回ばかりは勝つためには手段を選ばんぞ」
「知ってる」
いや、知ってるって……何今更?みたいな表情で言うのやめてくれ。
俺はいつも手段を選ばない奴だと思ってるように見えたぞ。
問題は“ここ“でどれだけ魔法を使えるかだ。
<領域>や運命の迷宮では魔粒子がたんまりあったから気にする必要はなかったが、ここはほとんどないからな。




