214話 ぜりんVSじいさん
予定通り午後一時過ぎに澄羅道場に到着した。
「今日の稽古は午前中で終わっているんだよな?」
「ええ。そのはずよ」
道場に通う者達は組織に関係する者から一般人まで様々だ。
一般人の前でみーちゃん達が特別な力を使うのを見られるのを避けるために稽古が終わった時間をせりす母が選んだ結果、この時間になったのだ。
前もってせりすから道場へは車で行く事をせりすの母に連絡しており、車を駐車場の指定された場所に停める。
みーちゃんは俺の右肩に乗り、ウリエルは七海の背負ったリュックの上に乗っている。
七海が重そうにしているかといえば全くそうではない。
皇帝猫の能力の一つ、重力操作でウリエルは自重をゼロにしているからだ。みーちゃんも同様に自重をゼロにしているので俺も肩こりの心配はない。
困る点をあげるとすれば頬に当る毛がくすぐったいくらいだ。
当然のように七海と手を繋いでいるせりすに(反対側は言うまでもなく俺だ)目で抗議するが、せりすに気づいた様子はない。
いや、気づいてて無視してる可能性が高いか。
……お仕置きレベルアップだな。
「すらどうじょ、おおきいね」
七海は感動しているようだ。
うむ、七海が楽しいなら連れてきて大正解だな。
「そうねぇ」
「あるねえもここであるたんのしゅぎょうしたの?」
「そんなことしてな……」
「当然だろ」
代わりに答えた俺をせりすが七海の頭越しに睨むが当然無視。
その後、七海に気づかれないようにせりすが俺にローキックを入れてきたのは言うまでもない。
歩きながら蹴り入れるって器用だよな。
スラ族の武術にあるんだろうか?
「七海ちゃん、よく修行なんて難しい言葉知ってたわね」
せりすが何事もなかったかのように七海を褒めたたえる。
「えへへ!」
七海も喜んでいる事だし今回は大目に見るか。
お仕置きレベルは上げとくが。
俺が母家へ向かおうとすると「こっちよ」とせりすが道場へ方向を変える。
「なんで道場なんだ?にゃん太郎(仮)は道場に住んでんのか?」
言った後すぐその意図に気づいた。
「ああ、七海のために先に道場の中を案内するのか」
「ええ、そんなところよ」
と、せりすは言ったのだが、にゃん太郎(仮)は道場にいた。
にゃん太郎(仮)は道場の奥で場違いなフカフカのクッションの上にちょこんと座っていた。
と言っても足はクッションに沈んで見えないんで本当に座ってんのかわからんけどな。
道場にいたのはにゃん太郎(仮)だけではなかった。
せりすのじいさんもいたのだ。
「お母さんが説明したんだけど“ももちゃん”を奪いに来たと思い込んじゃって」
俺が聞く前にせりすがじいさんがここにいる理由を説明した。
面倒になって俺達に丸投げかよ。
確か、じいさんは組織のこと知らないんだよな。
て事は皇帝猫の事も知らねえはずだよな。
「孫娘が構ってやらないからだぞ。たまには構ってやれよ」
「千歳……」
「……ゆるさんぞ」
あ、やべ、聞こえたのか。
じいさん、歳のわりに耳がいいな。
「……孫娘だけでなく”たま“までも奪おうとは……!!絶対許さんぞ!!」
ただでさえ不機嫌そうだったのに、俺の言葉でじいさんが悪鬼の如き形相に変化していく。
「なあ、せりす」
「なによ?」
「じいさん、猫取られる方が怒ってないか?」
って、言ったら殴られた。
せりすさん、最近ほんと手が早くないですか?
やはりせりす母に相談すべきだろうか。
問答無用で襲いかかって来そうな勢いだったじいさんだが、すぐに困惑気味の表情に変化した。
忙しいじいさんだな。
「……小僧、その嬢ちゃんは何だ?」
俺に対する憎しみで今まで七海に気付いてなかったか。
じいさんがハッとした表情になる。
「ま、まさかひ孫……」
「そんなわけないでしょっ!」
せりすが顔を赤くして否定する。
「そうだぞ。こんな超絶可愛い子が俺とせりすの子供なわけがない!」
俺も力いっぱい否定したらせりすに殴られた。
何故だ?
それはともかく、じいさんは七海のお陰で多少なりとも冷静さを取り戻したようだ。
流石だな、七海。
七海の可愛さは尋常じゃないからな。
七海の可愛さをもってすれば怒りに我を忘れたじいさんを正気に戻すことなど容易い事だ。
「俺の妹の七海だ」
俺がじいさんに七海を紹介すると、七海がお行儀よく挨拶をした。
「ちいにいのいもうとのななみですっ」
「お、おう、これはご丁寧に。わしは孫のせりすのおじいちゃんじゃ」
「あるねえのじいじ?」
「あるねえ?」
じいさんの視線を受け、せりすがため息をつく。
「私のあだ名よ、おじいちゃん」
「そうなのか。ーー七海ちゃんや、わしはあるねえのじいじじゃよ」
じいさんは今まで見た事もない笑顔でそう言った。
その瞬間、七海が俺とせりすの手を離し、だっ、とじいさんへ向かって駆け出す。
「七海!?」
俺が駆け寄ろうとすると七海が手を上げて来るなと合図する。
「七海、一体どうした?!」
「ちいにい!ここはあたしにまかせるの!」
「……何を言ってるんだ?」
「じいじはあたしがたおすのっ」
「七海……」
七海は一瞬でじいさんが俺の敵であると見抜いたようだ。
そして大好きお兄ちゃんのためにじいさんを倒すか、……やばい、涙が……。
「……ばかじゃない」
どっかの暴力女がぼそりと呟いたが無視。
「わ、わしを倒す、じゃと」
じいさん、なんか嬉しそうだな。
ちゃんと話聞いてたか?
この後、倒されるんだぞ。
「まほうしょうじょ、ぜりんがじいじをたおしますっ」
七海がポッケから一口サイズのゼリーを取り出すと封を切り、ぱくりと口に入れる。
温かい目で見守るじいさんの前でもぐもぐして、七海はぜりんに変身した、ようだ。
七海がリュックを下ろし、ぜりんのステッキを取り出すと掲げた。
「じいじっ、しょうぶですっ」
「……うむ、かかってくるがいい。七海ちゃんよ」
「ぜりんですっ」
「す、すまん、かかってくるがいい、ぜりんよ!」
いきなり発生した戦闘を俺達は見守ることにした。
……まあ、ウリエルもサポートについてる事だし、問題ないとは思うが念には念を押しておくか。
「せりす、もしもの時は俺達で止めをさすぞ」
「どっちに?」
……は?
なんだよ、そのどっちにって?一択だろ?どこに選択あった?
「決まってるだろ、じいさんにだ」
「なんだそっちか」
って、だから他に選択ないだろ!
てか、俺を獲物を見るような目で見るのやめてもらえませんか?
「それより今のうちに用件済ましたら?」
「用件?……ああ」
すっかり忘れてたぜ。
邪魔者のじいさんは七海とぜりんごっこするのに夢中だな。
俺達は戦いの邪魔にならないようににゃん太郎(仮)に近づくと、にゃん太郎(仮)がクッションから下りて、ちょこちょことこちらへやって来た。
「よう、にゃん太郎、元気だったか?」
「ももちゃんよ」
ももって名前に反応してないぞ。……にゃん太郎(仮)にもだけどな。
俺の肩に乗っていたみーちゃんがぴょんと飛び降りてにゃん太郎(仮)に向かって歩き出す。
感動の再会かと思ったが、見た目上はそれほど感動しているようには見えなかった。
にゃっくとみーちゃんが行った、お互いを認め合う行為だったか、あごを預ける行為もない。
にゃん太郎(仮)は戦闘タイプじゃないからか?あるいはすでに挨拶を終えている、とかな。




