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20話 その目に映るもの

 冬休みだからといって俺は俺の可愛い妹と遊んでばかりではいられなかった。

 大学で出された課題がある。

 バイトもある。いつも暇なバイトだが、十二月はファミレスそばにある多目的ホールでイベントが毎日のように行われ、その来場者の多くが利用するから忙しいのだ。大学が休みにもかかわらず週五ペースで月見駅との往復をしている。今もファミレスへ向かってる電車の中だ。



 スマホがメールの到着を知らせた。

 新田さんからだった。

 そう、俺はついに新田さんの電話番号とメールアドレスをゲットしたのだ!

 あのボーリングは俺に苦痛を与えただけじゃなかったのだ!

 どうやったかって?

 皇嫁と新田さんが交換する際にそっと俺もスマホを差し出したんだ。

 男は無言実行だよな?

 皇嫁には睨まれたが無視した。皇嫁のもゲットしたが今のところ連絡はない。俺から連絡することもないだろう。

 新田さんは皇嫁とメールだけでなく電話もしているらしい。

 ちょっと心配だぞ。

 あの変な性癖が移らなければいいんだが。まあもしそうなったら俺はそばで温かく見守ってやるつもりだ。

 やっぱ意志は尊重しないとな。


 俺と新田さんのメールのやり取りは至って健全だ。最近はバイトの話が多い。

 新田さんは今までバイトをしたことがないらしいので俺が今までやってきたバイトでの出来事を書いている。

 ちなみに電話はまだかけたことはない。

 断じてあのオヤジが出てくるのを恐れてじゃないぞ!



 ぷーこからもらった?イヤホンだが、俺の可愛い妹が興味本位でつけるのが心配だったので常にカバンの中に入れ、家の中では使っていない。使うのは専らバイトの往復の電車の中だ。

 あれから一週間ほど経つが特に変化はない。俺はぷーこに騙されたんだと思い始めていた。あるいは不良品を掴まされたか。



 その日のバイトは夕方上がりだった。


 このまま帰っても夕飯にはちょっと早いな。このイヤホン使ってるのが電車の中だけっていうのも問題かもしれんし、たまには違うところで使ってみるか。


 俺は数回しか降りたことない駅で途中下車した。駅前の商店街をしばらく歩いてみたが特に変化はなかった。


 そういえばちょっと歩いたところに公園があったな。


 俺はコンビニでジュースを買うと公園に向い、空いているベンチに座って休憩がてら通行人をぼーと眺めていた。


 その変な女の存在に気づいたのはベンチに座って五、六分経った頃だろうか。

 何が変かというと通行人に顔を思いっきり顔を寄せてくるんだ。

 だが相手は彼女を無視して通り過ぎる。

 いや、無視しているというより気付いていない?

 あれだけ顔を近づけてきて気付かないのは明らかにおかしい。全員が無視するというのも変だ。

 その女が俺の方に顔を向けた。


 やべっ、目が合っちまったぜ。

 やけに顔が青白いな。化粧……じゃない?


 ゆっくりとその女が俺に近づいてくると同時に周囲の温度が下がってきた気がする。

 女は通行人達にしたのと同じように俺に顔を寄せてきた。

「うわっ」

 俺は思わず仰け反り、慌ててその女から離れた。

 通行人が奇異な目を向ける。

 だがそれはすべて俺に対してだ。この女には皆関心がないようだった。

 まるでそこには俺以外いないかのように。


 俺は慌ててイヤホンを外した。


 あの女がいない!

 目の前にいたはずだ!


 この短時間でこの場から去ることは不可能だ。

 じゃあ、さっき俺に近づいてきた女は……見えていないだけでまだそばにいる⁈

 あの女は幽霊⁉︎

 思わずイヤホンを落としそうになった。



 本来であれば見えてない振りをすべきだったのだ。そうすれば通行人達と同じでやがて離れていったはずだ。だが俺が見えていることを幽霊に知られてしまった。

 このままじっとしていればやがて諦めてどこかへ行くのか?もしそうでなければこのまま家に帰るのは危険だ。もう一度イヤホンを挿して確認する気にはならない。


 周囲の温度は下がったままだ。

 これは心霊現象の一つだったはずだ。

 間違いない!あの幽霊はまだそばにいる!


 どうする?

 にゃっくは家だ。連絡の取りようがない。四季がいないとなればあとはあいつしかいない。

 俺は自分に落ち着けと言いながらぷーこに電話した。



 電話が鳴った、

 と思ったら切れた。ワン切りした相手はぷーこだ。通話料が勿体ないからかけ直せと言うことだろう。


「今どこだ?」

『こっち』

「こっち、じゃわからんだろ」


 言われた方向を見るとかなり離れたところに誰かが立っているのが見えた。

 あれがぷーこか?遠くてよくわからんぞ。

「なんでこっちに来ないんだ?」

『いるから』

「……やっぱりいるか?」

『あんたをガン見してる』

 見えなくてよかったぜ。

 っていうかそんな遠くから本当に見えるのか?どういう視力してんだ?

「こいつは危険なのか?」

『危険よ。そいつ、悪霊化してるから』

 やっぱりそうなのか。

 さっきから寒さだけじゃなく、なんとも言えない不快な感じが強くなってきていた。これが悪意なんだろうな。

「で、どうすればいい?」

『さあ』

「……」

 ぷーこは特に何か行動を起こす様子はない。


 ……助けを求める相手を間違えたな。


 そう思った瞬間だ。

 草むらから何か飛び出してきた。


 みーちゃん!


 みーちゃんは俺の肩に乗ると、俺には何も見えないところに向かって前足をぶんぶん振り回す。端から見ればちょっとかわいそうな子猫にしか見えないだろう。だが事情のわかっている俺は心の中で声援を送る。

 声出したら俺もかわいそうな人に思われるからな。


 みーちゃんの表情から戦いは優勢のようだ。

 みーちゃんは俺の肩を蹴って飛び上がると幽霊目掛けてキックを放った、ようだ。

 俺が子供の頃にテレビで見た変身ヒーローの必殺技のポーズにそっくりだった。


 それよりも、

 本当にあったのか、ネコキック!


 それがトドメだったのか、みーちゃんの攻撃はそこで終了した。

 そこへぷーこが走ってやってきた。

 みーちゃんは再び飛び上がると、ぷーこ目がけて猫パンチを放った。

 ぶっ飛ぶぷーこ。


 興奮してて敵と勘違いしたか?

 ……いや違うな。

 みーちゃんはパンチを一瞬止め、相手を確認して振り抜いたように俺には見えたんだ。

 以前ぷーこが捨て猫扱いした仕返しをしたな。



「終わったのか?」

「ええ。みーちゃんかっこよかった」

 頬に猫の足跡をつけたぷーこがうっとりした顔で言った。


「助かったぜ、みーちゃん」

 俺はみーちゃんを抱き上げ、頭を撫でてやる。もちろん、アホ毛が立たないようにな。

「復活したんだな」

「あんたのおかげよ」

「俺の?」

 差し入れのことか?

「あんたみたいなダメ人間でも一生懸命生きているのを見て、みーちゃんは自分のちっぽけさに気づいたのよ、ってイタイイタイ!」

「おお、わりい」

 無意識にぷーこの頭をぐりぐりしてたぜ。


 しかし、みーちゃん、すごいスッキリした顔してるな。

 俺のためというより鬱憤晴らしに来たんじゃないのか?

 ぷーこも殴れたし。大満足だな!



「じゃあな」

「何言ってるの?」

「は?」

「まさか感謝の言葉だけで済ますつもりじゃないわよね?」

「む…っていうか今回こんな状況に追い込まれたのはお前のイヤホンのせいだろ?」

「ちゃんと説明したでしょ?対応を誤ったのはあんたじゃん」

 くっ

 ぷーこのくせに正論を言いやがる。

 ぷーこのくせに!


「さあ、行きましょうか」

「何処へだよ?」

「あんたんちに決まってるでしょ?」

「はあ?なんでだ?」

「そろそろ夕食、じゃなくてみーちゃんが元気になったことをにゃっくにも知らせてあげないと」

 おい、夕飯たかるのがメインでにゃっくへの報告がついでなのか?



 俺達を出迎えたのは母だけではなかった。

 俺のかわいい妹とにゃっくも一緒だった。にゃっくは俺のかわいい妹の腕に抱かれていた。

 どこか不満そうに見えるのは気のせいだろう。

 俺のかわいい妹はにゃっくにそっくりなみーちゃんを見て喜び、みーちゃんを抱きしめる。

 解放されて嬉しそうに見えるにゃっく、困惑気味な表情を見せるみーちゃん。

 どっちも俺の気のせいだろう。


 俺は母にぷーことは猫カフェで出会って同じ種類の猫を飼ってると知って友達になったと説明した。ちょっと苦しいかと思ったが特になにも言われなかった。


「ぷーこちゃん、晩御飯食べていく?」

 ああ、禁句を言ってしまったか。

「え?いいんですか?」

 何がいいんですか、だ。そのつもりだったくせに。

 っていうか母よ、あなたもぷーこと呼ぶんだな。

 確かに俺はぷーこと呼んでるが、こいつは自己紹介で「姫」と名乗ったよな。

 まあ、本人がまったく気にしてないからいいか。


 母が台所へ向かったところでぷーこは俺にだけ聞こえるように言った。

「私はあんたと違って自立してるのよ。お金は無駄にできないの!だからタダご飯は遠慮しないわ!」

「どこが自立してんだ!」


 ぷーこはその言葉通り、がつがつといっぱい食いやがった。

 控えめに茶碗を差し出しながら三杯もお代わりしやがったのだ。

 言うまでもないが一人分のおかずが減った。

 まんがやアニメじゃあるまいし、突然来た客の分の食材なんかあるわけがないのだ。

 今日はおかずが唐揚げだったからよかったが、これが焼き魚とかだったらどうなっていたことやら。へたしたら俺の分がなくなっていたかもしれない。


 一方、俺のかわいい妹が幼児食を一生懸命食べている姿は微笑ましかった。

 その隣ではにゃっくとみーちゃんがおとなしくご飯を食べていた。その姿は猫そのものだ。

 ほんと、お前らは良くできたやつらだよ。ぷーこも見習ってほしいぜ。



 ぷーこは食うだけ食うとさっさと帰り仕度を始めた。

 本当に飯だけ食いに来たんだな。


 玄関を出ると突然みーちゃんがぷーこの肩から飛び降りた。

 みーちゃんは庭にぽつりと置いてある主のいない犬小屋に向かって歩き出した。

 そういや、にゃっくも犬小屋をよく見てたな。

 俺はちょっと躊躇したがイヤホンを耳に挿しスイッチを入れる。

 何かあっても今回はみーちゃんがいるし、にゃっくもすぐに駆けつけてくれるだろう。

 ぷーこは知らん。

 こいつが戦ってるとこ見たことないしな。



 犬小屋の中に何かが見えた。

 いや、いたと言うべきか。


「……まさか、お前…アレキサンダーか?」

 俺の呼びかけにもやもやしていたものがゆっくりと姿を形成していき俺がかつて飼っていた愛犬、アレキサンダーの姿になった。


 若い、飼い始めた頃の子犬の姿だ。

 自分の存在に気づいてもらえたからだろう、うれしそうにしっぽを振る。


 しかし疑問が残るぞ。


「おまえ、この犬小屋に住んでたことないだろ。なんだって死んだ後に住み着くんだよ」


 そう、アレキサンダーは家の中で飼っていたのだ。

 アレキサンダーはえへへ顔をした。

 子犬の姿をしているのはにゃっくへの対抗心からじゃないかと俺は思った。

 俺の中では驚きと喜び、そしてほんの少しの恐怖が入り交じっていた。


「へえ、そのチワワ、アレキサンダーっていうんだ」

「ああ。やっぱりお前にも見えてるんだな」

「なんで”アレキわんダー”とかにしなかったの?」

「うるせえ」

「にゃっくは”カエにゃる”とかにすべきだったんじゃないの?」

「黙れ、自宅警備員!」



 しばらくみーちゃんはアレキサンダーの霊を観察していたが、結局何もせずに再びぷーこの肩に飛び乗った。

「”あーくん”はあのままにしておいて大丈夫なのか?」

 俺は無意識に昔の呼び名で呼んでいた。

「まだ大丈夫でしょ。悪霊化はしてないみたいだから」

「そうか」

 公園の霊のように退治しなくていいとわかりほっとした。


「でも早めに未練を晴らしてあげた方がいいわよ。でないと……」

「わかってる」


 あーくんがこの世に未練を残していることはわかっているつもりだ。

 あーくんは寿命で死んだ。それは間違いない。問題は死の瞬間を誰にも看取ってもらえなかったことだろう。死期が近いのはみんな知っていたから気をつけていたんだ。だが、その時熱を出した俺のかわいい妹を診てもらうためにみんな病院にいたんだ。戻ってきた時、あーくんは息を引き取っていた。

 まだ大丈夫だという油断があった。俺達は凄く後悔した。

 だから、もうペットを飼うのはやめようと決めたのだ。

 その誓いは一年も続かなかったのだが。


 俺がそっとあーくんに手をのばすとあくーんが嬉しそうに鳴きながら寄ってきた。

 その頭を撫でてやる。

 実体がないはずなのに存在を感じる。鳴き声も聞こえたしな。

 公園の霊からは悪意しか感じなかったがあーくんからは暖かさを感じた。

 あーくんの姿がゆっくりと薄くなっていくのに気づいた。

 これは……いや、聞かなくてもわかる。この世への未練がなくなったんだ。

 やがてあーくんの姿は見えなくなった。


「成仏出来たのか?」

「そうじゃないの。でなきゃあんな顔しないわよ」

「そうだよな」

 イヤホンをつけて初めてよかったと思ったぜ。もし気づかないままだったら悪霊化していたかもしれない。最悪、俺が気づかないままにゃっくに退治されていた可能性だってある。



 俺があーくんとの思い出に浸りながら戻ってくると母が声をかけてきた。


「千歳」

「なんだよ?」

「妹以外の女の子に興味持つことはいいことだけど、あの子はちょっとねぇ……今のところ本命は以前泊めて頂いた新田さんでいいのよね?」

「は?」

「ぷーこちゃんが学校に行ってないことでとやかく言う気はないけど、あの子、それを差し引いても頭弱そうだから。その点、新田さんは電話で話しただけだけどとても好感が持てたわ。あんたと同じ大学に入れるだけの学力もあるし」


 いや、新田さんは別に本命ってわけじゃ、

 と言っても他に候補はいないから本命になってしまうのだろうか?

 っていうか、なんでそういう話になってるんだ?


 それよりだ、

 母よ、あなたが話した相手はたぶん新田母だ。


 相手が違うんだよ!

 ……まあ、いちいち説明するのも面倒だから勘違いさせたままでいいか。



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