205話 黒竜事件
「最近、事故が多いわね」
食後、リビングで家族揃ってテレビを見ていると母が呟いた。
「そうだな」
妹を膝に乗せた父が相槌をうつ。
報道された事件の中にカルト集団や魔物との戦いで亡くなった人達を紛れ込ませた偽物が含まれているかもしれないが俺にはわからない。
亡くなった人達や死の真相を知らされない遺族の事を思うと胸が痛むが俺に出来る事は何もない。
澄羅道場へ行った翌日、キリンさんから連絡があった。
カルト教団の襲撃で受けた被害が大きかったことを改めて知った。
襲撃を受けたのは俺達が乗った船や暗出島だけではなかったようなのだ。
キリンさんははっきり言わなかったが、アヴリルの蘇生は組織の命令でははく、独断行動だったらしく、上層部への説明が大変だったらしい。
そのアヴリルだが、まだ体が思うように動かないらしい。
治癒魔法や魔法薬で治せるのかと思ったが、実際キリンさんもそう思っていたらしいのだが、効果がなかったのだ。
ただ、リハビリの効果はあるらしいので気長にやっていくとのことだ。
そういうわけでアヴリルの復帰は当分先で、引き続きキリンさんが俺の上司となるとのことだった。
でだ、キリンさんは最後にとんでもないことに言いやがった。
「シエスタイプ二機とプリシス損失の原因は千歳にしといたから」
「そう……は?!ちょっと待ってくだい!シエスってあのバカロボットですよねっ。それとプリシスってなんですか?!」
シエスの性格設定は欠陥品レベルだが、高性能なのは間違いない。
こいつら二機だけでもとんでもなく高いんじゃないのか!
「大丈夫。停職とか減俸処分で済むようになんとかするわ」
「なんとかするわ、じゃないですよね!本当に俺が壊したんですか?!さっき言い方だと違いますよね!?」
「大丈夫。マリも協力してくれるのよ。何にでも無関心のあのマリが進んで協力するって言ってくれたのよ」
「ん?マリ?マリって誰だよ?!」
「ああ、記憶にないのね。大丈夫問題ないわ」
「いやいや大ありだろ!!」
「じゃあ、また連絡するわ!」
そう言ってキリンさんからの電話は切れ、以降繋がる事はなかった。
後日、メールが届いた。
減俸と一年の停職の連絡だった。
「ふざけんなっ!」
と、怒り心頭の俺だったのだが、それどころではない問題が起きたのだ。
俺達は喫茶店「赤い宝石」にいた。
招集した容疑者達を一瞥する。
「なんで呼び出されたかわかってるな?」
「わからないわよ!」
最初に反応したのは容疑者その一である皇の隣に座る女性、皇嫁だ。
「だろうな。お前呼んでねえし。何でいるんだ?帰っていいぞ」
自然と口から出た。
うむ、違和感ないな。
俺は皇嫁を今までこう扱ってきたようだな。
「む、むかつくわ!ちいとのくせに!」
「なんだそれ?」
「まあまあ、つかさちゃん。進藤も本気で言ってるわけじゃないよ」
百パーセント本気で言ってるぞ、皇。
「で、大事な話って何?」
皇、それは演技か?
「はっきり言わないとわからないか」
「千歳、ちゃんと説明して」
容疑者その二、せりすが俺を見た。
「なるほど。どうやら自白する気はないようだな」
「自白も何も全然心当たりがないよ」
皇に同意するように頷くせりす。
「そうか。じゃあ、これを見てもそう言えるかな」
ポケットからスマホを取り出し、カメラアプリを起動した。
テーブルに置くと、みんなの視線がスマホに集中する。
俺は問題の動画を再生させようとして、止めた。
「どうしたの?」
「撮影禁止だからな」
「わかったらから早く再生してよ」
「念のためだ、全員スマホをテーブルに置け」
「ああ、“誰が”映ってるのかなんとなくわかったよ」
「そうね」
「馬鹿ね、ほんと」
皆がスマホを出すのを確認し、怪しい動きをする者がいないのを確認して動画を再生させる。
そこに映っているのは妹の七海だ。
何も知らない者が見たら間違いなく天使だと思った事だろう。
「やっぱり」と皇が呟くのが聞こえた。
動画の七海は右腕を抑えていた。
そして、
『しずまれー、しずまるのー、こくりゅう!』
七海がにっこり笑って決めポーズを取ったところで動画が終了する。
「誤解のないように言っておくが、天使ではないぞ。妹の七海だ」
「そんな間違いするわけないでしょ!」
「土下座されてもコピーしないぞ。後々七海の黒歴史になりかねんからな。犯人がわかり次第抹消する」
「せりす、ちいとの奴、やばいわよ!マジで言ってるわ!もう手遅れかもしれないけど」
「わかってるわ」
「何を言ってるんだ?」
「まあまあ。それはともかく、進藤が何を言いたいのかわかったよ。七海ちゃんに今のを教えたのが誰かって事だよね?」
「皇、それは自白とみていいんだな?」
「よくないよ!確認しただけだよ!」
「じゃあ、せりすか?」
「失礼ね!違うわよ!」
「二人とも否認するんだな?だがな、二人のどちらかが感染源としか考えられん」
「病気みたいに言うのやめて欲しいな。でも僕じゃないよ。最近進藤家行ってないでしょ」
「別に家に来る必要はない。幼稚園を見張っていて、隙を見て接触した可能性もある」
「ないよ」
「バッカじゃないの!」
「バカ嫁の意見は聞いてない」
「だ、誰がバカ嫁よ!」
自然と口から“バカ嫁”と出たがすごくしっくり来たな。
うむ、俺は以前からこいつのことはバカ嫁と呼んでいたのかもしれんな。
「それを証明する証拠を出せ」
「いやいや、それを言ったら会った証拠の方を出してよ!」
「バカ」
「せりす、それは自白とみていいんだな?」
「そんなわけないでしょ。大体、私はオタクじゃないから」
「ここでそういうのはいいから」
「うん、そうだね。ここには僕達しかいないから隠す必要はないよ」
「ちょっと待ってよ。まさか皇君も私がオタクだと思ってるの?」
「思ってる、ていうか、なんというか……」
「なんとか言ってよ、つかさ!」
「ええ?!」
「何よ、そのリアクションは?それじゃまるで本当に私がオタクみたいじゃない」
「話が逸れてるぞ。せりすがオタクなのは今はどうでもいい。誰が七海に妙なこと吹き込んだのか、だ」
「私はオタクじゃないわよ!」
「まあまあ。それよりさ、本人に聞いてみたの?」
「そうよ!それが一番早いじゃない」
「まだだ」
「なんで?」
「お前達と違って穢れを知らない純真無垢な妹だぞ。万が一にもだ、質問の仕方を間違えて心に深い傷を負ったりしたらどうするんだ?!」
「「「……」」」
どすっ。
「うぐっ?!」
「どうしたの、いきなり脇腹なんかおさえて」
「興奮しすぎてお腹が痛くなったんじゃないの?」
「え、興奮するとお腹痛くなるんだっけ?」
何を言ってるんだ。
こいつらには見えなかったのか、せりすが俺の脇腹に突きを入れたところを!
って、まあど素人には見えない速さだったかもしれないな。
にしても痛え。
これ、肋骨にヒビ入ったんじゃないか?下手すると折れてるかも知れねえ。
俺の治癒能力は高いからそのうち治るだろうけど、他の奴だったらそうはいかないぞ!
病院送りだぞ!
って、俺だったからこの力加減だったのか?
結局、二人とも罪を認める事はなかった。
「こくりゅー!」
玄関のドアを開けると天使の叫びが聞こえた。
と同時に、
「脇が甘い!」
と、どこかで聞いたことのあるバカっぽい声がした。
急いでリビングに入るとバカが腰に手を当てて妹を指導していた。
「お前……」
バカは俺を見るとすっと無表情を装って言った。
「あなたはあたしを知っているようだけどあたしはあなたを知らない」
どこか勝ち誇った顔だった。
どうやら漫画かアニメのセリフらしい。
「お前、誰?」
バカの無表情はすぐに解け、ぽかんとバカっぽい表情になる。
その顔がすぐに真っ赤に染まった。
「ちいと!台無し!セリフが台無しよ!あんた、記憶失ったって聞いたけど、まさかあたしまで忘れたっていうの?!」
俺に詰め寄るバカ。
せっかく容姿はいいのに、その性格が全てを台無しにする。
非常に残念な奴だ。
大声で記憶失ったなんて言いやがって親に聞かれたらマズイだろ、と思ったが、幸いにも母は買い物に出かけているようで家にはいなかった。
「冗談だ。お前の事を忘れるわけねーだろ、ぷーこ」
「そ、そうよね!あたしを忘れる事が出来る男なんていないわよ……って、誰がぷーこよっ!ぷーこ様でしょ!」
お前、それでいいのか?
しかし、懐かしいな。
キリンさんには無事だと聞いていたが実際会って安心したぜ。
と、思ったのは一瞬だけだ。
俺は黒竜騒ぎの犯人はせりすだと思っていた。
皇の言う事を信じたのではない。
もし皇が家の外で妹に接触していたら、護衛のウリエルから報告があるはずだからだ。
では、なぜ無実と知りつつ容疑者としたのか。
それは探偵ドラマで容疑者が一人なんて事ないだろう?
ただの頭数合わせだ。
という事で、犯人だと疑っていたせりすには「証拠が見つかったらきっついお仕置きするぞ!」と宣言したところだったのだ。
せりすに真相がバレたら間違いなく俺がお仕置きされる!
なんとかこの件は有耶無耶にしないとな!
まったく、このバカはろくな事をしやがらねえ!
今まで読んでいただいてありがとうございます。
週一投稿は今回で終了です。
今後は準備でき次第投稿していきます。
また、新しい小説を準備中ですのでそちらも読んでいただけたらうれしいです。




