199話 告白
「さて、どこで話をするか」
帰宅後、俺の使用用途からして明らかにオーバースペックのパソコンを操作しながらインターネットで新田せりすと落ち着いて話せる店を探す。
組織の話が出る可能性もあるから安心して話せる場所でないとダメだと今更ながら気づいたのだ。
「……あ、別に店じゃなくてもいいか。例えば探偵事務所でもいいんじゃないか?……いや、しかし、二人きりになるんだよな。警戒されて拒否られたら嫌だよな」
まだ新田せりすとどこまでの関係だったかわからないからな。
「ああ、喫茶店“青い宝石”でいいじゃねえか。何ですぐ思いつかなかったんだ、俺」
青い宝石は組織の息がかかった店だ。
以前、ぷーこの体を借りたアヴリルがよく利用してたしな。
ぴと。
隣で作業をしていたみーちゃんの体が俺の腕に触れた。
みーちゃんを見ると俺に背を向けていたのでたまたまだろうと思い、スマホを取り出して新田さんに連絡を取ろうとしたところで、再びみーちゃんの体が俺に触れた。
さっきより強く。
みーちゃんは相変わらず俺に背を向けている。みーちゃんのノートパソコンのモニタに目をやると月影という店のウェブサイトが表示されていた。
もしかしてこの店を勧めてるのか?
この時になって初めてみーちゃんが俺を見た。
間違いないようだな。
みーちゃんが勧めるということはこの店も組織に関係している店だろう。
こっちの方が青い宝石よりいいのか?
……実は単に自分が行きたいだけだったりして?
まあ、せっかくだから見てみるか。
悪くない。いや、滅茶苦茶いい。
「確かに食事をしながらの方がうまく話が出来そうな気がしてきたぜ。更に料理が美味ければ言うことなしだよな」
みーちゃんが笑顔で大きく頷く。
「だけどよ、予約でいっぱいじゃねえか」
みーちゃんは慣れた足つき?でネズミ型マウスを器用に操って、会員ページにログインする。
すると会員専用の席が表示され、いくつか空きがあった。
「……うむ、値段もこれくらいなら問題ないか」
みーちゃんがじっと俺を見る。
まあそうだよな。
「みーちゃんも一緒に行くか?」
みーちゃんが笑顔で大きく頷いた。
「あ、でもまず新田せりすに確認しないとな」
新田せりすにSNSのキャットウォークで店の事を話すとOKの返事が来た。
最後に『その店選ぶなんていい度胸してるわね』
と書かれた事がすごく気になったのだが。
「なあ、みーちゃん。もしかして俺、ここに行った事あるのか?」
みーちゃんが頷く。
「そうか。あるのか……?!」
視線を感じ、振り返るとウリエルがジッと俺を見ていた。
その意図に気づかないほど俺は鈍くはない。
「ウリエルも行きたいのか?」
ウリエルが大きく頷いた。
ウリエルにはいつも七海の護衛をしてもらってるしな。
俺が依頼したらしいがその記憶はない。
頑張ってもらってるからこれくらいのご褒美があってもいいだろう。
だが、そうすると、その日の七海の護衛は、
にゃっくが小さく頷く。
「そうか。じゃあ、にゃっく、その日は七海の事頼むな」
俺は最寄り駅である皐月駅そばでレンタカーを借りた。
流石にキャリーバッグを二つも持って電車に乗る気はない。
というか、二つも持ってない。
それに帰りは新田せりすを家まで送ることになるかもしれないしな。
今回借りた車はばあちゃん家に行く時に借りたテレサだ。
車を月影の駐車場にとめて、店に入ると既に新田せりすは来ていた。
「早いな」
「……三十五分待ったわ」
新田せりすは時計を見て答えた。
待ち合わせ時刻は午後六時。
今は午後五時四十二分なので待ち合わせ時刻には間に合っている。
だから本来、俺は謝る必要がないのだが、新田せりすは謝罪を要求しているようだった。
俺は悪くない。
悪くないが始めから気まずい雰囲気なのは嫌なので大人の対応をする事にした。
「悪い」
「許さん」
……は?
一瞬、聞き間違えたかと思ったが、表情を見る限り聞き間違いではないようだった。
そー来るか。
大人である俺も流石にカチンと来たぜ。
そっちがそう来るならこっちにも考えがあるぜ。
食事の時間は静かに過ぎて行く。
俺と新田せりすとの間に会話はない。
料理はどれもうまい。
うまいのだが、楽しむ余裕はない。
それは新田せりすも同じようだ。
そんな俺達の事など全く気にせず皇帝猫達は食事を満喫し、時折舌鼓を打ったりしてる。
お前らいい根性してるな。
ちょっとは場の雰囲気を和らげようとか思わないのか?
その思いが伝わったのか、一瞬だけみーちゃんがこっちを見た。
そして首を小さく横に振った。
そうかよ!
食事が終わり、温かいお茶を飲んでいると、
「話がないなら帰るわ」
そう言って立ち上がる新田せりす。
「待てよ」
冷たい目で俺を見る新田せりす。
「まあ、座れよ」
新田せりすが座るのを待って話を始める。
「記憶を失った事は前に話したよな」
「それで?」
「君とどういう関係だったかわからないんだ。その記憶も失ったみたいなんだ。だから今まで君のことをどう呼んでたのかもわからない」
「で、記憶を失って、興味も失ったから別れると?」
「そんな事言ってねえだろ」
「じゃあ何?」
「何って、その、まあ、なんだ、ともかくまずその事を知って欲しかったんだ」
「わかったわ。それで?」
「それでって……俺は出来ればその記憶を取り戻したいと思う」
「出来るの?」
「難しいと思う」
「そう。それで?」
「それで、ってな……俺の事は話しただろ。君はどう思ってるんだ?どうしたいんだ?」
「別れたい、って言ったら別れてくれる?」
不機嫌な顔が更に厳しくなって俺を見る。
「それは……君が、そう望むなら」
「で、堂々とミズキに乗り換えるんだ」
「ん?ミズキ?ミズキってあのミズキか?!こっちに来てるのか?!」
「知らない振り?」
「何が知らない振りだ!本当に知らねえよ!」
「じゃあ、相手はアヴリル?」
「何を言って……」
って、
なんか話が変じゃねえか?
「……」
……もしかして新田せりすが怒ってるのは新田せりすのとの思い出を失った事じゃなくて、そもそも記憶を失った事自体を嘘だと疑ってるのか?
そして嘘をつく理由が他に好きな奴が出来て新田せりすと別れたいからだと思ってるのか?
イヤイヤイヤ!
別れたいなら恋愛素人の俺でももっとマシな理由考えるぞ!
そんな事考えちまう新田せりすは俺以下って事だ。
モテるのに彼氏は俺が初めてだった、とか?
ともかくだ、
冷静な判断が出来なくなるほど新田せりすは俺の事が好きだって事か!
好きで好きでたまらないって事か!!
嫉妬して怒ってたのか!!
「……何がおかしいの?」
やべっ、顔に出てたか。
「いや、せりすがやきもちを焼いてるってわかって嬉しくなった」
「な……だ、誰が誰にやきもち焼いてるですって?!」
顔を真っ赤にして睨むせりす。
さっきまでと変わり、今はその怒った表情が可愛く見える。
「せりす」
「な、なによっ?!」
「俺が記憶を失ったのは本当だ」
「どうだか」
「以前の俺は周りからシスコンと思われるほど妹を可愛がっていたらしいが、」
「自慢げにシスコンだって公言してたじゃない」
「最後まで聞けって」
「……」
「今の俺はシスコンじゃない」
「ただのロリコンになったわけね」
「ちげえよ!ロリコンでもねえ!」
すげー疑ってる目だな。
だが事実だぞ!
「だからもう一度言う」
「何をよ?」
「俺と付き合ってくれ」
「え……?」
いきなりそう来るとは思わなかったらしく、新田せりすは呆気に取られた顔をする。
その顔もいい。
「付き合ってる相手にまた言うのもおかしいが、今のままじゃしっくりこないというか、納得できない」
「……記憶ないのに私と付き合う気あるんだ」
「ある」
「それは私の見た目?」
「否定はしないがそれだけじゃない」
「何?」
「ここが、心が訴えてるんだ。記憶を失ってもせりすは失いたくない」
「……恥ずかしい事よく言えるわね」
「他に誰もいないしな」
「みーちゃん達いるわよ」
「他言しないさ」
デザートに夢中だしな。
「で、返事は?」
新田せりすは俺の正面に立ち、俺の顔を見ながら笑顔で言った。
「い、や!」
そう言った直後、両手で俺の頬を押さえて口を塞いだ。




