198話 思い出のベンチ
言うまでもない事だが暗出島で冒険をしている間に連休は終わっていた。
その間の講義は無断欠席となったわけだが、幸いにも出席に厳しい講義はなかったので問題ないだろう。
大学には組織の力が働くみたいだからなんかあった時は対応してもらうつもりだけどな。
任務が長引いたのは俺のせいじゃないしな!
講義室に向かう途中で何人もの視線を感じた。
彼らが声をかけてくる事はなかったので知り合いというわけではないようだ。
俺、有名人だったか?
だとしてもいい意味で知られている訳じゃないな。
理由はすぐにわかった。
「かわいい彼女を持つと大変だね」
皇だった。
皇の事は覚えていた。
最初、皇の嫁については名前も顔も思い出せなかったが、キャットウォークにグループ登録してたから今は名前だけわかっている。
ただ、どう呼んでいたのかは新田せりす同様にわからないが、どうでもいい事、と俺の心が言ってるので素直に従い考えるのをやめた。
「彼女って?」
「何言ってるんだよ。……あれ?もしかして別れたの?そのショックで大学休んでたの?」
「そんなわけねえだろ」
「そっか。よかったよ」
心底ホッとしたような顔をする皇。
こいつ、いい奴だよな。
オタクだけど。
いや、別にオタクが悪いってわけじゃねえぞ。
って、俺は誰に言い訳してんだ?
皇のお陰で敵意むき出しの視線を受けてた理由がわかったぜ。
俺が新田せりすと付き合っているのはみんな知ってんだな。
でだ、大学のアイドル?の新田せりすの彼氏である俺は不特定多数の男どもの敵となったわけだ。
全然記憶ないんだけどなぁ。
「嬉しそうだね」
お、やべえ!顔がにやけてたか。
「そう見えるか?」
「うん」
キモい奴、と言う声が聞こえた。
ふん、負け犬共の遠吠えなど聞こえんなぁ!
講義に集中できない。
久しぶりだから、というわけじゃない。
俺が大学へ行くのは一流企業へ就職するためだった。
月光大学のレベルは高く、一流企業への推薦をもらうことも不可能じゃない。
だが、その当初の目的が今は失われている。
組織に入り、この世界、向こうの世界など、通常知る事のない事まで知ってしまった。
このまま卒業するにしろ、しないにしろ、組織に関係した会社で働くことになる筈だ。
なら、大学に行く必要はないじゃないか。
そう気づいてしまったからだ。
本日の講義を全て終え、新田せりすとの待ち合わせ場所へ向かう。
記憶を失くしたことを直接話すためだ。
待ち合わせにSNSのキャットウォークを使ったのは一対一なら相手の名を呼ぶ必要がないからだ。
キャットウォークの履歴を見ると新田せりすのことを”新田さん”と呼んでいたようだが、普通恋人であれば、名前で呼ぶのが自然だよな?
もしかしたらつい最近付き合うことになって呼び方を変えた可能性もある。
名前で呼んでたのにまた苗字に戻ったら不審に思うよな?
俺から新田せりすに確認したい事は二つ。
新田せりすのことを今はなんと呼んでいるのか。
そしてこれが一番重要なのだが、俺達が”どこまでの関係なのか”だ。
うーむ、どうやって切り出すべきか。
素直に記憶をなくしたと言うべきか。
……会ってから考えるか。
いわゆる臨機応変ってやつだ。
待ち合わせ場所はキャンパスのベンチだ。
場所を指定したのは新田せりすだった。
俺が来た時、既に新田せりすはベンチに座っていた。
「ごめん、待ったか?」
「それほどでもないわ」
そう答えた新田せりすの表情はどこか不機嫌そうだった。
ちょっと気になったがその事は聞かず、隣に座る。
「ねえ、ここ覚えてる?」
「ん?ここ?」
ここって、このベンチ?
「覚えてない?」
「悪い。なんだっけ?」
「……」
美人にジッと見つめられ、心臓の鼓動が速くなる。
だが、それは決していい気分はない。
尋問されてる気分だ。
……もしかして俺が記憶を失くしてるのを知ってるのか?
ありえない話じゃないな。
新田せりすの伯母である楓さんから聞いている可能性がある。
「もしかして知ってるのか?」
「……何を?」
うーむ。
この反応、やっぱり知ってるのか?
ここはまわりくどく言うのは悪手だよな。
わかってはいるけど、言いにくいぜ。
「で?」
「あ、ああ」
やべ、更に不機嫌になった!
「その、楓さんから聞いてるかもしれないけど」
「しれないけど?」
「実は俺、」
「何?」
って、話してる途中に割り込んでくんなよっ!
相当怒ってるな。
でもよ、新田せりすとの記憶を失くしたのは俺のせいじゃないはずだぞ!
「前の任務で記憶を失ったんだ」
「……」
「あ、もちろん全部じゃないぜ!一部だけなんだが……」
「そう、それで?」
「それで、その君のことも……!?」
って、気付けば周りに人多くね?
いつもはこんなに人いないだろ?
てか、今目が合った奴、あからさまに顔を背けたぞ!
と、スマホが鳴った。
誰だよ、こんな時に。
「出たら?」
「あ、ああ。ちょっと悪い」
「……」
スマホを取り出して見ると皇からだった。
「何だよ。今取り込み中だぞ」
『進藤、今キャンパスにいるの?』
「ああ。何で知ってんだ?」
『新聞サークルの掲示板に書き込みがあったんだよ!』
「書き込み?」
『進藤と新田さんが別れ話してるって!』
「別れ話?!何だそれ!」
『じゃあ、そういうだから。……仲直りしなよ』
そう言って電話は切れた。
だからか。
なんか人が集まってきてると思ったら。
「おい、新田せりす、場所変えようぜ!」
「……」
あ、思わずフルネームで呼んじまった。
「新田、さん?せりす、さん?」
「……そうね」
新田せりすは不機嫌そうな表情で立ち上がった。
「この続きは今度にしましょ」
そう言うと俺の返事を待たずにさっさと行ってしまった。
新田せりすが去るとみんなさっさと離れていき、俺だけが残された。
「お前ら暇人かよ」
それとも蜜をたかりに来たか。人の不幸は蜜の味って言うしな。
しかし、新田せりすの言葉が気になるな。
ここ、このベンチ?で何かあったか?
もしかして俺、ここで新田せりすに告白した、とか?
……わからん。
と、そこへ一匹、いや一騎の皇帝猫が現れた。
にゃっくである。
「お前どうやってここへ……!?」
あれ?
なんか覚えがある光景だ……ここでにゃっくと会った事があるぞ……その時に新田せりすもいた、のか?
おそらくその時、新田せりすもいたのだろう。
だが、それ以上の事は思い出せなかった。




