196話 所長
縦穴に備えられた梯子を使って慎重に降りる。
先に降りたにゃっくから危険を知らせる合図は何も来ていないので近くに敵はいないはずだ。
しかし、結構深いな。
こんなに深いならエレベーターとか用意しとけよ。
……待てよ。
「先生」
後から降りてくる葉山先生に声をかける。
「うむ?敵がいたのか?」
「いや、そうじゃなくて……」
「ああ。何か用事がある振りをしてスカートの中を覗こうとしたのか」
「違うわっ」
「残念だったな。生憎私はミニスカではなくズボンだ。更に言えばノーパンでもない」
「そんな事考えてねえって言ってんだろ!」
「うむ?ではなんだ?他に思い浮かばないぞ」
「どんだけ想像力貧困なんだ!」
「君の性格から判断してのことだが?」
「俺をなんだと思ってんだ!そこまで欲求不満じゃねえ」
「そうか。ちょっとだけ再考すべきだな」
「ちょっとかよ。ってそんな事より別の入口はないのか?エレベーターで行けるとか?」
「もちろんある」
「やっぱあるのかよ。じゃあ……」
「そっちは更に遠い」
「あ、そういう事か。俺はてっきり……」
「てっきり何だ?」
「先生が忘れてんじゃないかと」
「君は私という人間の事を名前と共にすっかり忘れてしまったようだな」
「いや、名前は思い出せなかったが、多少は残ってるぞ。そこからの判断だったんだが」
「うむ。おそらく肝心な記憶が消えてしまったんだな」
「あ、そう」
まあ、いいや。面倒くせえ。
下の様子が見えるようになってきた。にゃっくの姿が見えた。
床まで一メートル程の所で飛び降りる。
見渡すと二、三人分の服が散乱していた。
おそらく葉山先生が適当に放った魔法で浄化されたのだろう。
アレ、役に立ったんだな。
通路は西と東に伸びており、どちらもその先にドアがあった。
今はどちらも閉じられている。
「西に向かうんだよな?」
「うむ」
西のドアは鍵がかかっていた。
葉山先生が腕時計を操作する。
「うむ?」
「どうかしたのか?」
「どうやら暗証番号が変えられたようだ」
「そうか、ってそれマズイだろ!」
事情を察してにゃっくが進みでる。
「そうだな。ここは皇帝拳で……」
「待つんだ」
その声ににゃっくが今まさに皇帝拳を放とうとしていた手を止める。
「無理に壊せば不法侵入と判断されて面倒な事になるかもしれない」
「面倒な事?」
「幸い通信は使えるようだから連絡を取ってみる」
葉山先生が腕時計を操作して数分後、
「……うむ。そうだ。今ドアの前にまで来ているのだが、暗証番号が変わったようで入れないのだ」
どうやら無事連絡が取れたようだな。
「……うむ。ではよろしく頼む」
終わったようだな。
「先生、どうだった?」
「うむ、すぐに開くだろう……ほら」
ドアがゆっくりと開いた。
現れたのは藤原探偵事務所所長であり、俺のじいさんかも知れない人だった。
「ここにはゾンビ共がいたはずだが?」
「一掃した」
「そうか」
じいさんは葉山先生の魔法のことを知ってるようだな。
「何故ゾンビがいたのだ?」
「スタッフに裏切り者がおってな。カルト集団を引き込んだんだ」
カルト集団、って船で襲って来たアレだよな。
変態マッチョもゾンビ作ってたしな。
「で、そのカルト集団は?」
「向こうに閉じ込めた」
じいさんは東のドアを指差す。
「って事は向こうはまだゾンビやカルト集団がいるって事かよ?」
じいさんがはじめて俺を見た。
「……こんなところまで来よって」
「しょうがないだろ!そうなっちまったんだから」
「それで脱出の準備は出来ているのか?」
「ああ。もう少しだ」
そう言うとじいさんは先を歩き出した。
「おい、じいさん。俺はあんたに聞きたいことがあったんだ」
「所長、と呼べ。お前は俺の部下なんだぞ」
「ああ、そうかよ。じゃあ所長さんよ!あんたは俺の本当のじいさんなのか?」
「……」
「おいっ」
「その話は後だ」
一言で済むだろ。
何もったいぶってんだ。




