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19話 サングラスとイヤホン

 十二月になり大学は冬休みに入った。

 アヴリルの言った通りこの街に侵入したレイマは一掃されたのかあれ以来おかしな事件は起きていない。


 俺はとてもご機嫌だった。

 膝の上で俺の可愛い妹が寝っているからだ。相変わらず可愛い顔をしているぜ。

 にゃっくはというと窓から外を眺めている。


 『皇帝猫を探せ!』のページに書かれていた通り皇帝猫は本当に寒さに弱いようだ。

 十二月にはいると寒さが厳しくなり、外でのにゃっくの動きは明らかに鈍くなっていた。

 部屋の中は暖房が効いているがそれでも以前に比べると動きが鈍くなっているような気がする。

 今レイマが現れたらやばいな。現れるにしても春までは待ってほしいものだ。



「あんた今日バイトは?」

「ない」

「友達と出かけたりしないの?」

「俺が家にいちゃいけないのか?」

「妹を構いすぎで気持ち悪い」

 なんということを言うんだ、この母親は。

「失礼な。いい兄貴だろ」

 ん?こんな話、前にもしたような……ああ、皇か。


 そのときだ、スマホが震えた。

 メールで相手はぷーこからだった。

「友達?」

「まあそんなもんだ」

 もちろん、ぷーこは友達なんかじゃないが説明するは面倒だ。

「お誘いなんじゃないの?」

「…まあそうなんだが」


 内容は話があるから来い、というものだった。

 俺も聞きたいことがあった。

 ぷーこにそっくりのアヴリルのこととみーちゃんだ。

 みーちゃんには元気になったかの確認もあるがもう一つ気になることがあった。

 最近よく猫を見かけるようになったんだ。どの猫も野良とは思えなかった。あれはみーちゃんのネッコワーク網を構成している猫達だと俺は考えていた。

 よく見かけるようになったのはたまたまなのか、何か起きているのか。

 だが、この至高の時を壊してまで行くという決断を下すことができない。

 俺が悩んでいると母親が俺の膝の上から俺の可愛い妹を抱き上げた。

「おい」

「妹も大事だけど友達も大事にしなさい」

 そういって俺の可愛い妹を連れて行ってしまった。


 しょうがないな。


「にゃっく、今からぷーこの所へ行くけどどうする?」

 にゃっくは振り向き小さく頷くと一旦リビングを出てマントを身につけて戻ってきた。

 

「外は寒いし無理しなくてもいいぞ」

 だがにゃっくの意思は固かった。

 みーちゃんのこともあるんだろうな。

 俺はそのでっかい頭に帽子をかぶせる。防寒だけでなくアホ毛対策だ。

「じゃあ行くか」



「人は無意識に力を制御してるって話は聞いたことあるでしょ?」

 探偵事務所に着きぷーこが発した第一声がそれだった。

 何故こいつがアヴリルではなくぷーこだと断言したかって?簡単だ、こいつを見ても俺はドキドキしなかったからだ。

 もうちょっと補足するとアヴリルとぷーこは服のセンスがまったく違う。ぷーこは服装に気を使わない。

 今回も俺が来るとわかっておりながらジャージ姿だった。


「あ?ああ、確か二十パーだか三十パーくらいしか出せないってやつだろ」

「そう、それ。でもね、制御してるのは単純な力だけじゃないわ」

「どういう意味だ?」

「例えば、人間の目は本来いろんなものを見ているの。それを脳がフィルタをかけて知覚しないようにしているのよ。霊が見える人っていうのはそのフィルタが正常に機能していないの。遺伝だったり、事故とかね」

「ふうん。で、お前も霊が見えたりするのか?」

「当然よ!」

 言いきりやがったよ。


「ちなみに私は事故が原因で見えるようになったわ!」

 なに自慢げにいってるんだ?

 …ぷーこがバカなのはその後遺症なのかもな。


「見えるようになるものは他にもあるわ。<歪み>、<領域>、そしてレイマ」

「ほう、それは便利だな」

「問題もあるけどね」

「問題?見えなかったものが見えるようになって精神的に不安定になるとか?」

「それもあるかもしれないけど……見えるということはそれに干渉できるようになるの。そして向こう側からも干渉しやすくなるの」

「それは危険だろ!」

「対処法はあるわよ」

「それは?」

「相手に気づかれなければいいのよ。『あたしはおまえなんか見えてませんよ』ってふりをすればいいのよ!」

「なんだそりゃ?自信満々に言ったがそんなんで本当に大丈夫なのか?」

 それにお前がそんな器用なヤツには見えんのだが。

「あたしはこうやって無事でいるでしょ!」

 そうかよ。


「で、ここからが本題よ!」

「本題?」

「あんたにあたしの仕事を手伝って欲しいの」

「仕事?……もしかしてアヴリルから話のあった組織に入らないかって件か。わりい、まだ検討中だ」

「は?」

「ん?」

「アヴリルって誰?」

「…何?」

「……」

 こいつ、本気で言ってるのか?


「お前にそっくりなヤツだよ。向こうの世界から来た魔法使い、って言っても実際に魔法を見たわけじゃないが」

「知らないわ」

「へ?」

「そんなバカ話であたしを騙そうとしてもそうはいかないわよ!大体あたしのような超絶美少女が何人もいるわけないでしょ!常識で考えてものをいいなさいよ!」

 お前から常識なんて言葉が出るとは思わなかったぜ。

 自分の存在を自分で否定してるぞ!

 しかし、これは一体どういうことなんだ?あれが夢だった、てことはないよな。

 あのときアヴリルの電話番号を聞かなかったのは失敗だったな。


 俺は所長席でパソコンのキーボードをぽちぽち押しているみーちゃんを見たがこちらの話を聞いていないのかまったく反応はない。

 にゃっくが何事か話しているように見えるがこっちの反応も薄い。

 まだ株大暴落から立ち直っていないようだ。

 猫達に指示を出しているのはみーちゃんじゃないのか?それとも俺の勘違いか?


「そもそも手伝えって言われてもな。おまえの仕事って<領域>やらレイマがいないか見回るってことじゃないのか?」

「そうよ!よくわかったわね、バカ大生のくせに!」

「……」

「…へへ、うそよ。冗談冗談!」

「……だが俺が何の力も持ってないのをおまえも知ってるだろう」

「大丈夫!」

「なにがだよ?」

「あんたが不能だって話だけど」

「何だと!この野郎!すげえ誤解されるような言い方するな!」

 他に誰もいないとはいえ、こういう発言を聞き流していたら前みたいに他の奴がいる所でも言いかねんからな!

 だが、ぷーこはまたもスルーしやがった。このやろー。


「この秘密道具で万事解決!」

 ちゃちゃらちゃっちゃらー!

 と口ずさみながらぷーこが俺に見せたもの、それはサングラスとワイヤレスイヤホンだった。



 サングラスは所長がかけていたやつに似てるかもしれない。ちょっと見ただけだからあまり自信はないが。

 どちらも見た目はその辺で売ってるものと変わらない。

 少なくともオレには、だ。詳しい奴が見れば違いに気づいたかもしれない。


「で、それがどうしたんだ?」

「見えないものが見えるようになるのよ」

「何⁉︎服が透けるということか?」

「まあ、バカ大生が考えそうなことね」

 俺の軽い冗談を鼻で笑いやがった。くそっ。


「これサングラスって言ったけど本当は違うの。正式名は『サーチアイ』。表は超薄型センサー、裏は超薄型ディスプレイになってるの。超科学が生んだ秘密道具なのよ!」

「まじかよっ⁉︎」

 とてもそうは見えんぞ。レンズ(実際にはセンサーとディスプレイ機能も含まれているようだが)の厚さはやや厚いが不自然なほどじゃない。こんな技術が日本に、いや世界にあったのか?

「サーチアイをかけるだけでレイマや<領域>なんかが見えるようになるんだけど、それだけじゃないのよ!視界に映るものの種族を調べる機能があるのよ!”スカウにゃー”ってあたしは呼んでいるわ」

「うわっ、恥ずかしい」

「”にゃっく”なんて名前つけた人に言われたくないわ」

 くっ。


 ぷーこはにゃっくを見ながらサーチアイの右側面のフレームあるボタンを押した。

 これでサーチアイに映った生物の画像がどこかにあるサーバーに送られ、解析結果が連動したスマホに送られる仕組みらしい。

 一分ほどで結果がぷーこのスマホに表示された。


 種族名 ユーマオン、別名皇帝猫

 異世界生物。

 固有名 にゃっく

 危険度ランクD

 戦闘力 108


「ちなみに成人男性の戦闘力は十くらいよ。あんたはそうね、二、くらいかしら」

「…」

 俺は大人なのでぷーこの挑発を軽く聞き流した。

「イタイイタイ!なにが聞き流したよ!」

「おお、ワリイワリイ、無意識にしてたわ」

 俺はこめかみグリグリをやめた。

「くうー、覚えてなさいよ!」

 やだね。


「で、この危険度ランクってのはなんだ?Aが最高か?」

「Sが最高。ちなみにBランク以上ならすぐに応援が駆けつけるわ」

「応援?」

「そ、応援。その時になればわかるわ。でも、」

「でも?」

「あんたがそんな奴に遭遇したらたぶん生きてないわ」

「……」


 次にぷーこはみーちゃんを見ながらスイッチを押した。


 戦闘力は107だった。

「誤差の範囲ね」

 それよりも固有名がミカエルとなっていたことに驚いた。

 天使だったのか、みーちゃん。



「で、これ貸してくれるのか?」

「サーチアイはだめ。これは一本しかないんだから。だからこっち」

 と差し出されたワイヤレスイヤホンを受け取った。


 やっぱりこっちもただのイヤホンにしか見えんな。


「イヤホンでサーチアイと同じ効果があるのか?」

「そうよ。このイヤホンは人には聞こえない特殊な音を出す機能があるの。で、その音がかけた人の脳を刺激してレイマとかを見えやすくするのよ」

 なん…だと?


「それはさっき言ってた脳のフィルターを壊してるんじゃないか?」

「大丈夫よ、問題ないって聞いてるから」

「誰が言ったんだよ?」

「秘密」

「……」

 誰ともわからん奴に保証されたってな。それに脳に刺激って誰だって躊躇するだろ?

 俺はワイヤレスイヤホンを返そうとするがぷーこは受け取らない。


「あんたさあ、あたしに甘えすぎじゃない?」

「なんだと?」

「今までのあんたを例えるなら、あたしにおんぶやだっこされておきながら、あたしの豊満な胸やお尻を触りまくってたようなものよ!なんて恩知らずで恥知らずなのっ!近寄らないでね、赤ちゃんできちゃうから!」

「アホか!お前に助けてもらったことなんて一度もねぇよ!」

「よくそんなことが言えるわね!」

「じゃあ言って見ろ!いつだ?いつお前に助けてもらった?」

「ほんと記憶力ないわね、あんたの大学のレベルも知れるわよ」

 そう言ってぷーこは俺を指を指し、口をパクパクし、長考に入った。


 こくり。

「寝るんじゃねえよ!」

「ぎゃああ!」

 俺のこめかみぐりぐりに悲鳴を上げるぷーこ。

 やっぱあほだ、こいつ。



「サーチアイなら借りてやるよ」

「だからだめ!」

 ちっ

「お前は何もつけてなくても見えるんだよな?」

「そうよ。あんたもこのイヤホンを使い続ければ、そのうちイヤホンなしでも見れるようになるかもしれないわよ」

「それはつまり、おまえのようなバカになるということか?」

「そう、…なんだとー!」

 ぷーこの蹴りが俺の太ももを直撃した。

「いてーな!」

「ほら、さっさとつけなさいよ」


 俺が躊躇していると絶妙なタイミングでスマホが震えた。

「ちょっとタンマ。急ぎだったらまずいからな」

 メールだった。相手は……四季だと!

 表題の「ごめん」が気になり急いで内容を確認する。

『ちょっと前に例の殺人鬼に会ったんだけど、ドジを踏んじゃって仕留め損ねた。もしかしたらそっち行くかもしれないから一応連絡しとくね。能力はレイマに近いけどそれ程強い訳じゃない。ただ姿が人間だから見つけるのが厄介。気をつけてね』


 なん、だと?

 例の殺人鬼って切り裂きジャックのことだよな?


「メールなんでしょ?誰から?」

「四季だ」

「四季?四季薫⁉︎」

「ああ」

「なんて言ってきたの⁉︎」

「切り裂きジャックを仕留め損なったらしい」

「わざとじゃないの?」

「おまえ、いや、おまえ達は四季を信用してないんだな」

「当然よ!自分勝手な奴!」

 確かにあんなに強い力を持っていて逃がすってわざとと疑われても仕方ないよな。

 まあ、俺は四季を信じてるが。


 今問題なのは四季のことじゃなく殺人鬼のことだ。俺に何かできるか?

 殺人鬼がこっちに来た時、いや殺人鬼だけじゃない、レイマが関係した事件に今の俺では何もできない。

 再びあのときの無力さが、俺という存在を否定する絶望が俺を襲う。

 もうあんな思いはしたくない。

 このイヤホンをつけたからってレイマを倒せるわけじゃない。

 だが、危険をこいつらの組織に知らせることはできる。それだけでも大きな進歩じゃないのか。

 ……俺には選択の余地がないみたいだな。

 もしかしてアヴリルの言っていた後からでも力を手に入れることができる、ってこのことだったのか?



 俺はワイヤレスイヤホンとスマホの接続設定を済ませると耳に挿しスマホのプレイヤーアプリを起動させる。そしてぷーこを見た。

 ぷーこは俺の意図を悟り、顔を真っ赤し両手で胸を隠して睨む。

 自分で透視機能はないと言ってたのに何隠してるんだか。それにそれじゃ下半身丸見えだぞ。

「…やっぱりだめだな」

「当たり前でしょ!」

 じゃあ隠すなよ。


 冗談はこれくらいにして俺は辺りを見回してみるが何の変化もない。

 イヤホン自身から特殊な音が出ているはずだが説明された通りそんな音は聞こえない。聞こえるのはプレイヤーが再生している音楽だけだ。

 脳に刺激を与えるという話だがそれも特に感じない。

 だからぷーこをからかう余裕があったんだが。


 ちょっと拍子抜けだな。


 態度でわかったのだろうな。ぷーこが口を尖らしながら言った。

「<領域>とかがどこにでもあるわけないでしょ」

 確かにその通りだ。



 帰り際、

「もしレイマとかが見えたとしてもじっと見たりしないようにね!見つけたらあたし達に連絡して、あんたはさりげなくその場を離れる!いいわね!」

「ああ、わかった」


 四季はとはあのメール以降また連絡が取れなくなった。

 困ったもんだぜ。


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