193話 戻ってこい
笑顔?……ダメだ!
このままじゃダメだ!
アヴリルが消える!消えてしまう!
「帰って来い!アヴリル!」
「チトセ?!し、失敗したのっ?!」
「わからない!でもこのままじゃまずい!アヴリル!こっちへ!帰ってこい!!」
「アヴリル!帰ってきて!!」
アヴリルを焼き尽くした炎はゆっくりと小さくなっていく。
俺達の叫びはアヴリルに届いていないようだ。
ダメなのかっ?!
失敗なのかよっ!
「アヴリル!」
炎が拳一握り程度まで小さくなった。
……ダメだ。失敗した。
そう思った時、自然と言葉が出た。
「戻ってこいよ」
その声は決して大きくはなく、心もこもっていない。
ただ呟いた。
そんな感じの言葉だった。
だが、この言葉に初めてアヴリルが反応した。
呟いたのは俺だ。
だが、俺の意思で発した言葉じゃない。
誰かが俺の体を使ったのだ。
誰が?
なんて聞くまでもない。
魔王だ。
魔王はまだ去っていなかった。
俺の中にいたのだ。
俺は魔王と前世のアヴリルに何があったのか知らない。
状況から判断して魔王はアヴリルを憎んでいると思っていた。
完全に間違っていたとは思わないが、少なくとも前世のアヴリルへの思いは憎しみだけじゃなかったようだ。
人の心も魔王の心も単純じゃないって事か。
魔王のその一言がアヴリルの魂をこちらへ引き戻す。引き上げる。
握り拳程度まで小さくなっていたフェニクス・チトセの炎が大きく膨らんでいく。
赤く、青く、白く、次々と色を変え炎が人の形を形成し始める。
そして、
炎が消えるとアヴリルが立っていた。
ゆっくりと目を開き正面に立つ俺を見た。
「ーーこの姿で会うのは初めてかしら?」
「そうだな。おかえりアヴリル」
「ただいま」
アヴリルは頬を染めて微笑んだ。
「アヴリル!」
キリンが駆け寄りアヴリルを抱きしめる。
「キリン。心配かけてごめんね」
「いいのよ!いいのよ!」
なかなか感動的な場面だ。
が、そこに水を差す者がいた。
「キリン、感動のところ申し訳ないデスが、アヴリルに何か着せてあげて下さい」
「え?あっ」
そう、アヴリルは全裸だった。
フェニクス・チトセは体以外再生しないのだ。
「これ以上チトセのいやらしい視線を浴びては妊娠の恐れがあります!」
「するかっ!」
このバカロボットは何言い出すんだ!
大体いやらしい目でなんか見てないぞ!
ほ、ホントだぜ!
着替えは当然用意されていた。
アヴリルは生き返ったばかりでまだ体が自由にきかなく、着替えはキリン達に手伝ってもらっていた。
その間、俺を監視するようにバカロボットがそばについている。
本当に失礼なロボットだぜ!
こいつに関する記憶を失っているが、ムカつく奴だという事はこの湧き上がる感情から間違いないだろう。
「おい、お前なんて言うんだったか?」
「シエスデス。やはりボクの事を覚えていないのデスか?」
「ああ。ムカつく奴だという事以外わからん」
「失礼デス!ボクはここに来るまでに何十回とチトセの命を救った恩人デスよ!」
「嘘つけ!」
自然と言葉が出た。
うむ、間違いない。嘘だな。
「もしかして僕の事も覚えてないのかな?」
そう言って近づいて来たのは美人の女剣士だ。
って、美人てつける必要ないな。
ここにいる人はみんな美人だ。
「悪いが覚えてない」
「そう……」
「悪いな」
「気にしなくていいよ。僕とはこのダンジョンで知り合ったばかりだから」
「そう言って貰えると助かる」
「僕はミズキ。よろしく、でいいのかな?」
「いいんじゃないか。よろしくなミズキ」
着替えが終わったアヴリルを連れてみんなが集まってくる。
「キリンさん、これからどうするんだ?」
「すぐにここから脱出しましょう」
「その前に進藤の記憶がどの程度欠落しているか確認したい」
そう言ったの白衣の女性だった。
格好から医者だと思うが、ダンジョンじゃ場違いだよな。
「あまり時間はないわよ」
「すぐに済むーー進藤、君はここにいる者達の名を言えるか?」
嘘つく必要もないよな。
「全員はわからない。覚えてるのはにゃっく、キリンさん、アヴリル、楓だけだ。ミズキとシエス、それににゃんタンクはさっき教えて貰うまでわからなかった。あと先生?とミズキの抱いてる猫は今もわからない」
ん?楓の顔がちょっと赤くなった?
「楓、俺なんか変なこと言ったか?」
「え?あ、別に変なことは言ってないけど……」
「以前は呼び捨てじゃなかったデス」
楓の代わりにシエスが疑問に答えた。
「そうか。それは悪かった楓、さん」
「べ、別にいいから」
「……楓、あなたの守備範囲ってそこまで広いの?」
「そ、そんな訳ないでしょ!年下に呼び捨てされるのに慣れてないだけよ!それに姪の彼氏にそんな感情湧かないわよ!」
楓さんの言葉の中に非常に気になる単語が出てきた。
「ちょっと待ってくれ。彼女ってなんだ?俺って彼女いるのか?」
「「「え?」」」
「「「……」」」
……俺の記憶の欠落、思った以上にまずい事になっているようだ。




