18話 皇夫妻、今回も恥を撒き散らす
土曜日。
俺達は隣の県にあるボーリング場に来ていた。
そこを選んだ理由は一番近かったからだ。
まず皇夫妻に簡単なルール説明したのち、経験者である俺と新田さんが先に投球する。
俺はスペアがとれた。まあ順調だな。新田さんは一本逃して九本だった。
そして皇夫妻の番だ。
ガコン、ガコン。
ガコン、ガコン。
おいおい、夫婦揃ってガター連発って、いくら初めてでも酷すぎだろ?
わざとか?
表情を見る限りそうは見えないしそんなことをする理由もないよな。ビリはみんなに夕飯おごることになってるんだから。あ、もちろんハンデはつけるぜ。
一ゲーム目は練習でどのくらいのハンデをつけるか確認の意味もあったんだがこの調子じゃどれだけハンデが必要かわからんぞ。
フォームは別におかしくないと思う。だが実際投げると何故か皇は右、皇嫁は左にボールが曲がる。
「難しいね、ボーリングって」
「そ、そうだな。初めてはそうかもな」
おかしいな、嫁の方は知らんが皇は運動神経悪くないはずなんだ。体育は普通にこなしていたしな。
「私の方が落ちるの遅かった」
は?何言って……
「いや、僕の方がつかさちゃんよりほんの少し遅かったよ」
皇、お前もか。
ボーリングにチキンレース的なルールはないぞ。ガターはガターだ。
まだ始めたばかりなのにもうピン倒すの諦めてるのかよ。
結局、一ゲーム目のスコアは皇夫妻ともに三十点にも満たなかった。
ちなみに俺は百四十点で、新田さんは百三十五点だった。
久しぶりだからな、最初はこんなもんだろ。新田さんは俺と同程度のレベルのようだな。
問題はこの夫婦だ。
「負けた奴が飯おごるっていうのはナシにしようぜ」
俺の言葉に皇嫁が俺を睨む。
何でだよ?
「一度決めたことを変えるなんて有り得ないわ」
「いや、でもこのままじゃ、俺と新田さんは絶対勝つぜ」
「大丈夫」
「いやいや、大丈夫じゃないだろう?ハンデもどれくらいつければいいのか見当もつかん」
「いらないわよ。ビリは皇君だから」
「あ、またそういうこと言う。機嫌悪くなるとすぐそういういい方するよね。つかさちゃんは」
またかよ、喧嘩と思いきやいちゃつきモードへ突入するんだよな。
しかしほんとの喧嘩になっても困るぞ。俺は助けを求めて新田さんを見るが、肝心の新田さんは皇夫妻の口論に無関心でこっちを見てもいない。
なんでだよ……いや、ちょっと表情が変だな。まるで……
「新田さん?」
「…え?あ、ごめんなさい、ちょっとぼーとしてた。なに?」
「あ、うん、 ビリが飯おごるっていう話だけどどう思う?このままじゃ、俺達確実に勝つよな?」
すぐ反応したし、俺の勘違いだな。
新田さんがムーンシーカーっぽく見えた、なんてな。
「…そうね、じゃあ、チーム戦にしてみる?」
「乗った!」
皇嫁がすぐさま反応した。
「美少女チーム対ケダモノ軍団」
美少女って自分で言っちゃったよ。
「そっちのチーム名はともかく、こっちのは却下だ。皇は知らんが俺はケダモノじゃないから」
「酷いな。僕もケダモノじゃないよ。あと自分で美少女ってつけるのはどうかと思うよ」
「じゃあ、純情美少女チーム対エロ軍団」
「美少女取れてないし、こっちの名前がさらに悪くなったぞ!」
結局、純情少女チーム対野郎チームに落ち着いた。
……ま、どうでもいいや。
「で、罰ゲームは負けたチームが勝ったチームに夕飯おごるってことでいいんだよな?」
「それじゃおもしろくないわ」
またかよ、皇嫁。
「それにそもそもこの勝負は私と零のどちらの言い分が正しいかを決める勝負でもあるのよ。忘れてないわよね?」
そういや、そうだったな。何でもめたのか知らんが。
「じゃあどうするんだ?」
「今の条件に加えて私達が勝ったら離婚ね」
は?
「つかさちゃんはもう……」
困った顔の皇。だが、それほど深刻な表情じゃない。いつものことなのか。
「俺達が勝ったら?」
「そうね……セリスと結婚させてあげるわ」
「は?」
「ちょっとつかさ!何言い出すのよ。私達そういう関係じゃないから」
この二人まだ会って数時間しか経ってないのに名前で呼び合ってるのか。そういうものなのか?ようわからん。
「それはだめだよ、つかさちゃん。二人は僕達の勝負に関係ないんだから」
「じゃあ、どうするのよ?」
「僕達が勝ったらつかさちゃんが僕の言うことを何でも一つ聞くというのはどう?」
「いいわよ」
そんな条件簡単に飲んでいいのか?
どこからその自信は出てくるんだよ?……もしかして皇嫁はマゾなのか?
チーム戦は一フレームごとに選手を交代する。追加ルールはそれだけだ。
「やはりここは俺が最初に行くべきだろうな」
十フレーム目の三ボックスは魅力的だが、その前にストライクやスペアが取れなくては意味がない。
当然向こうも同じ考えで新田さんが来ると思ったが違ったようだ。
「零が最初に投げるんじゃないの?情けない。男なら正々堂々とタイマンで勝負に来なさいよ!」
おーい、だったらチーム戦やめろよ。俺達を巻き込むな。
「わかったよ。進藤、順番代わってくれる?」
「ああ」
もともとお前等の勝負だからな。あと皇嫁めんどくさい。
「ありがとう」
皇の一投目は期待を裏切らずガター。
二投目で辛うじて一ピンを倒した。
「へったくそー!」
皇嫁、楽しそうだな。相当鬱憤が貯まってるようだ。
だが、次に投球した皇嫁はガターを連発した。
第二フレームでは俺と新田さんはともにスペアを取った。
その後も俺と新田さんがストライクやスペアを出すものの皇夫妻はそれを生かしきれない。
……ちょっと待て。これ、チーム戦と言いながら実質俺と新田さんで皇夫妻の代理勝負してることにならないか?
十フレーム目の俺の投球が終わり、あとは新田さんの投球を残すのみになった。
野郎チームの得点は八十二点、対する純情少女チームは六十五点。
新田さんがストライクかスペアを取り、さらに七点取れば引き分け、それより多ければ俺達の負けということになる。
「セリス!信じてるから!私に自由を取り戻させて!」
「あ、うん」
今の結構プレッシャーかかったぞ。自分で自分の首を絞めたんじゃないか?
俺の予想通り、新田さんはスペアを取り逃がし、得点は七十四点で俺達の勝利に終わった。
ふう、二ゲームしかしてないのにすごい疲れたぞ。もちろん精神的にだ。
皇嫁が俺に無言で何かの書類を押し付けてきた。
離婚届だった。
要らねーよ。何に使うんだ、結婚もしてねえのに。
疲れたのは俺だけじゃなかったらしく、ボーリング場内の喫茶店で休憩することになった。
「つかさはどうしてそんなに皇君と別れたいの?」
あ、新田さん!それを言ったら……
「……どうやらあの話をしなくちゃならないようね」
おい、皇嫁!皇の恥はおまえの恥でもあるんだぞ。両刃の剣だぞ。わかってるのか?
「そう、あれは忘れもしない、夏休みのことよ」
言うんだな。やっぱり……って夏だと?前の話と違うのか?
「零が風邪で寝込んだのよ。バカのくせに」
「バカはひどいな」
皇の父親は海外出張中で母親は祖母の体調が悪いということで実家に戻っていた。
そこで皇嫁は無理やり皇家に泊まり込みで看病させられたというのだ。
皇嫁の親は結婚前ではあったが婚約をしていたので反対はしなかった。
『何かしてほしいことはある?』と皇嫁が聞いたところ皇は裸エプロンで看病することを要求したという。
「信じられないでしょ?」
「それはさすがに……でも断ればよかったんじゃないの?」
「そこが零のずる賢いところのなのよ!弱々しい声で巧みに私を追い込みその気にさせたのよ!」
どう言われればその気になるんだ?
とても気になったが皇嫁はそのことには触れなかった。
話はそこで終わらなかった。
皇が回復した後すぐ今度は皇嫁が風邪を引いたのだ。
皇にうつされたのか裸エプロンが原因だったのか、どちらにしても皇のせいで皇妻は風邪を引いてしまったのだ。
そして今度は代わりに皇が看病することになったのだが、
「私は零の家に監禁されたのよ!それも全裸で!弱っていることをいいことにもうやりたい放題。こんなやつと一緒にいたいなんて思わないでしょ!」
「それは違うよ」
やはり来たか。
「裸エプロンはつかさちゃんが自分で言い出したんじゃないか。『この姿をみれば早く元気になるでしょ』って」
それ、一部だけ元気になるんじゃないか?それとも性欲が治癒能力を高めるなんて話あったか?
「あとつかさちゃんのは風邪じゃなくてインフルエンザだったよね。だから僕がうつしたんでも裸エプロンが問題だったんでもないよ。監禁て言ったけど、つかさちゃんのお母さんが『インフルエンザうつるとやだからそっちで面倒みてね』って言われたんだよ。裸だったのも『暑くて服なんて着てられない』ってつかさちゃんが脱いだんじゃないか」
こんな話を聞いてどう思ってるのかと新田さんの様子を伺うと興味津々の表情で聞き入っていた。
…目が輝いていないか?
あのおやじに厳しくされていた反動だろうか?
……ここは見なかったことにしておこう。
俺はスマホのアルバムを開いた。
俺の可愛い妹専用アルバムだ。
俺は皇に声をかけられて話が終わったことを知り、スマホのアルバムを閉じた。
皇嫁はすっきりした顔をしていた。あれだけ皇に反論されていたにもかかわらずだ。
……ストレス発散は人それぞれだな。
この後、あらかじめ調べておいた人気の店で夕飯を食べて解散となった。
今回も皇夫妻は手をつないで去って行った。
「前に進藤君が二人の愛読書が『羅生門』って言ったのわかった気がするわ。」
「だろ?」
「でも正しくは『藪の中』よね?」
「へ?」
「進藤君の言ってるのは黒澤明監督の羅生門じゃないの?あれ、原作は『藪の中』なのよ」
「あ、そ、そうだったんだ、ははは……」
うわーっ、大失敗だ!
まさか皇の奴、俺の勘違いを知ってて違うと言ったんじゃないだろうな!
「それはそれとして、あの二人、仲いいんだよね?」
「あ、ああ、俺はそう思ってる」
俺は新田さんを家まで送ることにした。
新田さんは最初断ったが、俺が最近物騒だからというと断らなかった。
もし俺が一度も行ったことなかったら絶対断ってたと思うがな。なんらかの武術を学んでいる新田さんの方が強いし。
俺が家まで送る気になったのは新田おやじを挑発するためじゃない。
ボーリング場で見せたあの表情が気になったからだ。
最近の俺のカンはよく当たる。悪い方は特に。
だが、今回は外れたようだ。特に何も起こらなかった。
新田宅のドアの前で新田さんが握手を求めてきた。
意味がよくわからなかったが俺はその手を握る。
「寄ってく?」
「いや、遠慮しとく」
「そう」
ドアが開き現れた新田母にあいさつをして別れた。おやじがいたかどうかは知らん。
マンションの外で俺は猫を見つけた。
普通の猫だ。皇帝猫じゃない。
首輪をつけていたので野良ではないようだった。
その猫は俺をじっと見ていた。
俺が歩き出すと少し距離を置いてついてきたが駅に着く頃にはその姿はなくなっていた。




