183話 生と死の境界
改めて広間を見渡す。
奥に玉座が見えたが、今は誰も座っていないようだ。
「キリンさん、目的地はここなんですか?」
「ええ、ここでいいはずよ」
はず、ね。
「ここは本来最下層にあるはずの玉座の間よ」
「それが何で二十階層に、ってキリンさんに聞いてもしょうがないですよね」
「ええ。でもどんな理由でもこんな浅い層にあって助かったわ」
階層自体が移動したってことなんだろうか?
最下層へ向かったはずの四季は大丈夫なのか?
って、別にあいつは願いを叶えるために深層に向かった訳じゃないから気にしないか。
「さっき葉山先生が『間に合った』と言ったのはこの島かダンジョンがこっちの世界から消える事じゃなくてこのダンジョンの主が現れる前に着いたってことだったんですか?」
「うむ」
「もちろん、主人が現れる前にダンジョンが移動したら困るわよ」
と楓さん。
「そうですよね。俺もです」
その主とやらはやっぱり魔王なのか?
でもあいつの存在をこの世界が嫌ってんだよな?
現れたらとんでもないことになりそうなんだが。
「ところでアヴリルはどこです?ここに一緒に来てるって聞いたんですけど。俺の上司なんですよね?ずっとほったらかしにされてるんですけど」
「……」
「あの、キリンさん?」
「キリン、私から話そうか?」
「……いえ、私が話すわ」
「わかった」
キリンさんと葉山先生のやりとりからさっきから感じていた嫌な予感が現実になる気がする。
キリンさんが口にしたのはアヴリルのことではなかった。
「千歳、あなたにとっての死とは何?」
「は?突然なんですか?なんでそんな事を聞くんですか?」
「常識の違いの確認よ。私達がいた世界とこの世界の死についての違いをね」
喉が乾く。いつのまにかカラカラだった。
口が重く感じた。
嫌な予感が現実になる時が近づいている。
だからと避けていても結果は変わらない。
「……そうですね、心臓が止まったら、かな?」
「それで諦めきれる?」
「諦めきれるも何も諦めるしかないんじゃないですか?」
「それがあなたの大切な人、例えば妹でも?」
何故、そこで妹が出る?
普通そこは彼女である新田さんを出すべきでは?
いや、待てよ。
魔法によって記憶を失う前の俺は重度のシスコンだとシエスが言ってたな。
あれは本当だったという事か。
って、今はどうでもいい。
「だから大切な人だろうとどうにもならないでしょ?」
「生き返る可能性があるとしても?」
「何を……あ、ああ、そういう事ですか」
キリンが小さく頷く。
「こちらの世界の人間は一度死ぬと終わり、そこで諦める。他に方法がないから……でも私たちは違う。私達の世界には魔法がある!死者を蘇らせることが出来る魔法が!そして神も確かに存在するわ!」
キリンはそこで言葉を切ると、四号機に視線を向ける。
「シエ・フォー」
キリンさんの言葉に反応し、今まで沈黙を保っていた四号機、シエ・フォーが大きな箱を背負ったままキリンさんの前にゆっくりと歩いてきた。
「シエ・フォー、“棺”を開いて」
シエ・フォーは背負っていた箱、棺を下ろし、ゆっくりと開く。
中は氷で覆われていた。
その氷の中には目を閉じ眠っているように見える女性がいた。
全身に包帯が巻かれており、はっきりとはわからないが、右腕は肩下から欠損しているようだった。
顔も半分が包帯に覆われていたが、それでも美人だとわかる。
……眠っているんじゃない。
これは死体だ。
初めて見る女性のはずなのに何故か胸が苦しくなった。
「アヴリルよ」
キリンさんが氷の棺の美女の名を告げる。
「ちょっと待ってください!アヴリルはぷーこにそっくりでしたよ。この女性じゃない!」
「薄々感づいていたんじゃないの?……マリを見たときに」
「そ、それは……」
「この体が本当のアヴリルの体よ。ぷーこの中にはアヴリルの魂がいたのよ」
やはりぷーこはマリと同じ“ダブル”だったのか。
……ん?いた?
「じゃあ、今は?」
「ここよ」
そう言って腰のポーチから大事そうに握り拳程度の大きさの水晶玉のようなものを取り出して俺に見せる。
中に青い炎のようなものが見えた。それはとても弱々しく、今にも消えそうだった。
「アヴリルは運が良かったわ。自分の魂が適合しやすい体、ぷーこが近くにいたから。ぷーこにしたら災難だったかも知れないけど」
「やっぱりぷーこはネバーランド号事件の被害者だったんですね」
「ええ。あの時、アヴリルは一度死んだのよ。正確には魂と肉体が分離したのよ。でも近くに適合率の高いぷーこがいたからその体に入る事で魂の消失は避けられたの」
「マリの中にいるシェーラもですか?」
「ええ」
キリンは悲しそうな目で氷の棺の中のアヴリルを見る。
「でも何故今なんですか?それよりぷーこは?ぷーこは無事なんですよね?」
バカで、迷惑しかかけられていないがアヴリルのために犠牲になっていいとは思わない。
「ぷーこの事なら心配しないで。今も元気いっぱいバカやってるわよ」
「そうか」
「何故今か、だったわね」
「ええ」
「さっきぷーこの体がアヴリルの魂と適合率が高い、って言ったけど、マリとシェーラほどじゃなかったの。彼女らは上手く共存できているけど、ぷーことアヴリルはそうじゃなかった。徐々に歪みが大きくなり、適合率が下がっていったの。その証拠にアヴリルが現れる時間がだんだん短くなっていったわ」
「だからアヴリルから連絡が来なくなったんですね」
「ええ。このままだとぷーこの体からアヴリルの魂が追い出されてしまう危険性があったからそうなる前に封魂球へ移したのよ」
「封魂球でずっと保存できないんですか?」
「無理よ。少なくともこの封魂球にそこまでの力はないわ。封魂球の中にあっても魂は少しずつ劣化していくの。早く肉体に返さないと魂が封魂球から抜け出て……輪廻の渦に消えてしまうわ」
氷の棺と封魂球を見る。
「キリンさん達がここへ来た目的はアヴリルの蘇生という事ですね?」
「そうよ」
「それは何でも願いを叶えるという運命の迷宮の報酬で、という事ですか?」
「そうね」
「じゃあ、俺は必要ないじゃないですか」
「それはまだわからないわ」
「それって……」
「何でも願いを叶える、と言われてるけど本当かわからないわ。アヴリルの蘇生は必ず成功させなくてはならないのよ。そのための手段はいくつあってもいいでしょ。私が蘇生魔法を使うのもその一つよ」
「え?キリンさん、蘇生魔法を使えるんですか⁈」
「ええ」
「そうなんですか……って、このダンジョンは魔粒子が多いから普通に魔法が使えますよね?やっぱり俺必要ないじゃないですか」
「いいえ、確かにここは魔粒子の濃度が高いわ。でも蘇生魔法のような上位魔法は無理よ」
「そうなんですか」
なるほど。で、俺の出番……ってちょっと待てよ。
新田さんはムーンシーカーの能力、マナドレインで俺の魔粒子を吸収できたが、キリンさんは同じような魔法を持っているのか?
「でも俺からどうやって魔粒子を受け取るんですか?」
「それは……まだ口にしたくないわ」
キリンさんがちょっと顔を赤くして目を逸らした。
って、やっぱりアレか!?
いや、しかし、アレだったら俺の意思確認必要じゃねえ?
俺はナンパなやつじゃねえぞ!
新田さん一筋だし!
で、でもまあ、相手は美人……ごほんっ、お世話になってるキリンさんだし、人助けだし、断りにくいよな?……きっと新田さんも許して……いや黙って……あ、楓さんがすげー冷たい目で見てる。
「ま、まあ、ともかく、アヴリルを蘇生させる方法が一つじゃないとわかってホッとしましたよ。は、ははは」
「でもね、私の使える蘇生魔法は不完全なのよ」
「え、不完全?」
「ええ。私の魔法で死者を復活させることは出来るわ。でも“本人の体”に“本人の魂”が入るかわからないのよ」
ん?ん?
「えーと、つまり、その魔法はそに辺にある魂を適当に死者の体に突っ込むってことですか?」
「うむ、その通りだ。死者を蘇らせる事はできても蘇った者が本人かわからない。困ったものだな」
と葉山先生は言ったがまったく困ったように見えない。
葉山先生はアヴリルとそれほど親しくない……いや、もしかしたら全く面識がないのかもしれない。
「なんて中途半端な魔法なんだ……あ、すみません」
「いいのよ。もちろん完全に蘇らせる更に上位の魔法もあるわ。でも私は持ってないのよ。……だから私が魔法を使うのは最後の手段よ」
「その時は当然結界を張るぞ。他の魂が邪魔しないようにな。それでも失敗する場合があるのだ。本当に困った魔法だな」
と葉山先生は言ったが、その表情を見る限り全く困ったようには見えなかった。




