178話 奈落
残るジャヴァ・ウェックはジッとこちらを睨みつつも他に罠があるか周囲を探っている。
仲間を殺されて怒り狂って向かって来ることも恐怖で逃走する事もない。
「……つまらない」
しばらく睨み合いが続いた後、四季がぼそりと言った。
こちらから顔は見えないがきっと笑顔で言ったに違いない。
「おい四季、つまらないって何だよ?」
「だってさぁ……」
四季は敵を目の前にながら後ろを振り返る。
「おいっ!戦闘中だぞ!」
「……」
俺を見てない?
四季が見ているのは俺じゃなく、猫パンチを放ってるにゃん太郎のようだ。
四季の表情が微かに変化したような気がした。
「おい……って、四季!」
四季が見せた隙を狙ってジャヴァ・ウェックが突進してきた。
にゃん太郎は怯えながらもジャヴァ・ウェックに向かって猫パンチを放つ。
いや、効かねえって……⁉︎
次の瞬間、ジャヴァ・ウェックの腕が大剣ごと宙を舞った。
にゃん太郎が猫パンチを放つ毎にジャヴァ・ウェックが切り裂かれ、四散した。
にゃん太郎は自分の力に驚きながらも、どう?とどこか誇らしげな顔を俺に向ける。
いや、違うから。
お前は何もやってねえから。
「おい、四季」
「いやー、すごいねーにゃん太郎。ついに眠ってた力が目覚めたかな?」
「何言ってんだ?今のはにゃん太郎が猫パンチを放つタイミングに合わせてお前が黒剣で斬ったんだろ?」
「えー?そんな事したかなぁ?」
この野郎……にゃん太郎が思いっきり勘違いしてるぞ。
それにしても後ろにいるにゃん太郎の動きがよくわかったな。
猫パンチ放つタイミングにピッタシだったぞ。
にゃん太郎の顔は自信に溢れていた。
今の戦いで大きな自信をつけたようだ。
俺が「今のは違う」と言っても信じていない。
「おい、にゃっく、にゃん太郎の勘違いは直せないのか?」
にゃっくは小さく首を振る。
うーむ、にゃっくが言ってもダメか。
一度痛い目に会わねえてダメだな。
って、言ってもその一度が命取りになるかもしれねえんだよなぁ。
調子に乗ったにゃん太郎が俺の服の中から飛び出し先頭を進む。
そのすぐ後ろを四季が続く。
新しい遊びを見つけて楽しそうだ。
四季にも困ったもんだ。
その時だった。
トラップに引っかかったのか、にゃん太郎の足元の床が突然抜けた。
「にゃん太郎!」
最初に反応したのはすぐ後ろを歩いていた四季だった。
落下するにゃん太郎にひょいと手を伸ばし、首根っこを掴む。
「びっくりさせ……⁉︎」
安心するのは早かった。
床の穴は広がり続け、四季の足元の床も抜けた。
「おや?」
「四季!」
落下する四季に向かってケロロを伸ばす。
四季はにゃん太郎を抱えた反対の手でケロロを掴んだ。
よしっ!
落とし穴の広がりは俺達の前で止まった。
落とし穴がこのまま広がり続けて通路全体が抜けたらどうしようかと思ったぜ。
「助かったよ、進藤君」
「それはこっちのセリフだ。ありがとうな、にゃん太郎を助けてくれて」
「気にしないでよ。元はと言えばにゃん太郎を調子に乗せた僕が悪いんだしね」
にゃん太郎はさっきまでの自信はどこにいったのか、四季にしがみついてぷるぷる震えている。
さてこの後どうするか。
無理に引っ張り上げるのはケロロの耐久度が心配だ。
ケロロに魔粒子を流せば強度は上がるが四季への攻撃になってしまう。
「四季、自分で上がって来れるか?」
「うん、大丈夫だよ」
「じゃあ、早めに頼む」
「……」
「四季?」
「……」
四季はじっと下を見つめて動かない。
「おい、どうした四季?なんか見えるのか?」
「うん?何も見えないよ」
「じゃあ何やってんだよ?」
「……この穴さ、どの位深いのかな?」
「は?何言ってんだ?」
「……」
「四季?」
「進藤君、受け取って」
「は?って、おいっ!」
四季は抱えてたにゃん太郎を俺達の方へ放り投げた。
「にゃーん!」
「おいっ」
「僕に任せて!」
ミズキがにゃん太郎をキャッチする。
「おいっ、四季!一体何を考えてるっ⁉︎」
四季が笑顔を向ける。
「僕はここで別れる事にするよ」
「何言って……」
「君達のゴールは二十階なんだよね?でも僕はもっと下に、最下層に行きたいんだ。だからこの落し穴を使ってショートカットするよ」
「ショートカットって……」
「一気に三、四階くらいは降りれると思うんだよね」
「待て!下がどうなってるかわからないだろっ!」
「何とかなるよ」
「着地はどうすんだよ⁉︎」
「何とかなるよ」
「おい、無茶だ!無謀すぎる!」
しかし、四季は俺の話を聞く気はないようだ。
……俺の話を聞かないのは四季だけじゃなけどな。
「それに僕ってさ、君達の組織に恨まれてるみたいだし、ここらで別れるのが丁度いいと思うんだよね」
「待てって!」
「じゃあね進藤君。縁があったらまた会おうね」
四季はそう言うとケロロから手を離し、闇の中へ落ちていった。
「馬鹿野郎!」




