167話 黒翼王
前方から見覚えのある奴がこちらに向かってくるのが見えた。
「チトセ!」
「おお、シエス。もしかして探しに来てくれたのか?」
「はい。にゃっくさんが一緒のようでしたから大丈夫とは思いましたが勝手な行動はしないで下さい」
「わりいな。今度から気をつけるぜ。にしてもよく場所がわかったな」
「ケロロの信号を追ってきました。信号が微弱なので見つけるのに時間がかかってしまいました」
なるほどケロロね。
「それで何をしていたのデスか?やはりナンパデスか?」
「何がやはりだ、何が。大体ダンジョンでナンパする奴なんているのか?」
「ボクの情報によれば、好みの異性がピンチなるのをひたすら待って絶好のタイミングで助ける事でナンパの成功率が上がる、との事デス。特にモテない男がよく使う手デス」
「最低だな。それ、下手すると脅迫じゃねえのか?」
「またまた。狙ってたんでしょ?とっくにご存知なんでしょ?」
「アホか。てか何で言葉遣いが変わった?」
「深い意味はないデス」
またマンガかなんかのセリフだな。
「大体だな、自分で言うのもなんだが俺は強くねえ」
「その為のにゃっくさんデスね!」
……この野郎、ぶっ壊してぇ!
「ではナンパではないとすると何をしていたのですか?」
「絡んできたパーティにミュートっていう魔法使いがいただろ?奴に話があるって誘われたんだよ」
「ああ、失礼しました。チトセがナンパされたのデスか。チトセは男にはモテますからね」
「違うわっ!ほんとに失礼な奴だな。俺はノーマルだって言ってんだろ」
「ではそういう事にしておきます」
あー、頭いてー。
「それで何の話だったんデスか?」
「あー、それが笑っちゃうんだがよ、あいつ、俺に“ファル・シーガ”が憑いてるみたいな事言い出しやがってさ」
「……」
「ん?どうしたシエス」
「チトセ、あなたはその、かの王の事を知ってるのデスか?」
「ん?よくは知らない。ルシフの王らしいことくらいだ。そんな奴と間違えるなんて笑えるよな?」
「笑えません」
「そうなのか?」
「……」
何だよ、その沈黙はよ。
「なあ、ファル……」
「チトセ!」
「な、何だよ?いきなりデッカい声出すなよ」
「その名は滅多な事では口に出してダメデス!」
「何?」
「その名を冗談半分に口にして呪い殺されたり、口にした者の体を贄にして出現した、という事例が過去にあます」
「……マジか?」
「特にこの“運命の迷宮”は向こうの世界に近いと言われています。気をつけるに越した事はありません」
ファ、いや、心ん中でも呼ぶのやめるか。
こいつはそんなに危険な奴なのか、
って、ルシフの王なんだから当たり前か。
やっべーな。
俺、さっきからほんと危機感なさすぎだな。
今の俺は魔王に憑かれてる?から、変な事はしないと思うけどこれからは要注意だな。
……ん?待てよ。
シエスの話が本当ならミュートの奴、自分でその名を連呼してれば呼び出せたんじゃないか?
……いや違うか。
嫌ってる奴のところに現れるって事かもしれんな。
悪口はよく聞こえる、って諺あるしな。
ないか。
「じゃあ、ファ、じゃなかった、そいつの事を向こうじゃなんて呼んでんだ?」
「そうデスね、“ルシフの王”や“黒翼王”が一番多いでしょうか。かの王を信仰する者達は別の呼び方をすることもあるそうデス」
「あんなの信仰する奴らって結構いるのか?」
「もちろん少数派デス。でなければとっくに向こうの世界は滅んでいます」
「だよな」
「しかし、何故チトセのことをそう思ったのでしょうか?」
「そんなの俺が知るか」
「心当たりもないのデスか?」
「なくはないがそれを話すにはキリンさんの許可がいる」
「……あ、もしかして裏チトセが……」
「言えねえって言ってんだろ」
「……わかりました」
「ところで今の話の“黒翼王”ってのはなんだ?黒い翼を持ってんのか?」
「確かに黒い翼を持っていると言われていますが、この呼び名は七翼の魔王の黒き翼から生まれた事に由来しています」
魔王の黒き翼から生まれた、か。
七翼の魔王っていうくらいだから七枚の翼があるんだよな。
前に俺も見た気がするし。
てことはだ、黒翼王の他に後六体?も眷属がいるのか?
……わからん、その記憶はない、な。
ほんと何なんだ、この中途半端な知識は!
自分の中に自分の知るはずのない記憶があるって気持ち悪過ぎだ。
「チトセ、大丈夫デスか?顔が悪いデスよ」
「ん?ああ、悪い。大丈夫だ、って、なんだって?」
「顔色が悪いデス、と言ったのデス」
「本当か?顔が悪いと言わなかったか?」
「チトセ、それは聞き違いデス。チトセが思ってるほど悪くはないデスよ」
「いや、俺は別にそんなに悪いと思ってね……」
「新田セリスをセフレにできたんデス。自信を持ってください」
「誰がセフレだ!彼女だ彼女!」
「ではそういう事にしておきます」
「しておきます、じゃねえ!マジぶっ壊すぞ!」
「ボクのデータベースに間違いはありません!」
「いや、お前のデータベースは間違いだらけだ!」
くそっ、なんとかしてこいつのデータベース書き換えられねえかな。
「ちなみにボクの情報ではかの王は先の大戦で滅んだとあります」
「なんだ、じゃあそんなに気にするこ……」
「ただ、神に等しき力を持つともいわれておりますので本当に滅んだのかはわかりません。向こうの世界はこちらほど生死の境がはっきり分かれているわけではないデスし」
「生死の境がはっきりしない、か」
これは説明不要だ。
俺にもわかる。
向こうの世界には魔法がある。
そしてその中には死者を蘇らせる魔法もあるのだから生死の境が曖昧ってのは頷ける。
「それでミュートはどうしました?」
「あいつはルシフによって人間を滅ぼそうとしてたんでにゃっくが倒した。俺もちょっと協力したがな」
「流石にゃっくさんデスね!」
「まあな。そうそう、後な、残りの奴らはミュートが殺したらしい」
「では今後邪魔される事はないという事デスね」
「だな」
シエスと共に十五階への階段へ向かっている途中でダンジョンシャッフルが発生した。
「げっ、誰か“転送の紋章”使いやがったな!」
「そのようデスね」
「十五階への階段の位置がわかんなくなっちまったぞ!」
「それは大丈夫デス」
「何?」
「十五階は街を成している都合上、階段のある座標は変わりません」
「ああ、なるほど。じゃあ、その座標へ目指して進めばいいんだな?」
「はい。座標は当然ボクが記憶しています」
「おお、頼りになるな」
「チトセ、そんなに喜ぶところじゃないデス。ボクが役に立つのはいつもの事デス」
そう言ったシエスの顔はどこか誇らしげだった。




