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番外2 ある殺人鬼の屈辱

 俺はとても気分がよかった。そいつに出会うまでは。


 俺は獲物を派手に切り刻んで殺した。全身に返り血を浴び真っ赤に染まったが最高だ。

 もちろん血を浴びないように切り刻むのは容易い。だが無性に血を浴びたくなるときがある。そんなときは本能に身を任せる。

 服のことは気にする必要はない。着替えは準備してある。

 血まみれの服は適当なところに捨てる。警察に発見されることなど気にしない。

 もはや俺の手に指紋などないし、DNA判定したところで俺が誰かわかるとも思えない。俺の体は日を追う毎に変化している。人を殺す度に、その血肉を喰らう度に俺は俺が変化、いや進化しているのを実感していた。

 俺は死体から適当に距離をとって<領域>を解除した。

 そいつに出会ったのはその時だった。

 その男は若い。まだ二十歳に達していないかもしれない。



 <領域>から出るところを見られたか。

 それだけなら誤魔化しようがあったかもしれない。夜だからな。

 しかし俺は血で染まってた服を持ったままだった。

 今まで目撃者が出ないように獲物は<領域>に引き込んで殺していた。

 <領域>を解くときも周りに人がいないのを確認していた。

 もちろん、見つかったところで殺せばいいだけだが、それじゃ面白くない。俺の作ったルールに反する。


 今回なぜ気づかなかったんだ?気が緩んでいたか?

 ……まあいい。それは後で考えればいい。さっさと殺すか。

 そう思った時だ。


 …ん?…体が動かない、だと?

 

 俺は金縛りにあったかのように指一本動かすことができなかった。

 そのときになって初めて俺はその男が普通じゃないことに気づいた。


 こいつ、何で笑ってる?

 俺が怖くない?…いや、こいつ、ムーンシーカーだ。俺の直感がそう告げている。


 その男が口を開いた。

「ちょっと遅かったようだね。まあ、被害者には運が悪かったとしかいいようがないね」

 ムーンシーカーらしい感想だ。


「で、君が噂の切り裂きジャックなのかな?」

 俺は声がなかなか出なかった。喉がカラカラだった。こんなことはムーンシーカーになってから初めてだった。

 俺はどうにか声を絞り出す。

「…だったらどうする?」

「もちろん、殺すよ」

 笑みを浮かべたままそう男が言った瞬間、俺の中の何かが逃げろと叫んだ気がした。

 

 逃げる?この俺様が?ふざけるな!


 だが、体がいうことをきかない。俺は体が動かない理由に気づいた。


 こいつに恐怖を感じている?そんなバカな!この力を得た俺は無敵だ‼︎無敵のはずだ‼︎

 俺は無敵なんだ‼︎


 俺は怒りで恐怖を屈服させた。その男に迫ると右腕を刃に変形させ両断した。

 いや、両断するつもりだったが、直後右腕に激痛が走った。見ると右腕は肘から下が消失していた。


 ぐっ!い、一体何が起こったんだ⁈


 男はいつの間にか剣を手にしていた。漆黒の刃の剣だ。


 それで切断されたのか?だが全く動きが見えなかったぞ!それ以前にその剣はどっから出したんだ⁈


「へえ、面白いね、体を変形できるんだ」


 こいつ、俺より戦い慣れている!

 だめだ!

 俺はこいつに勝てない!力に差がありすぎる!もちろん今の俺では、という意味だ!

 俺は頭の中で叫び続ける忠告に従うことにした。



 俺は再度<領域>を作り出した。連続は結構きついが死ぬよりはマシだ。

 この<領域>へ入ることができるのは俺が選んだ奴だけだから奴は追ってこれない。

 右腕は徐々に再生し始めている。今までこれほどの大怪我を負ったことなどなかったが数十分もすれば完治することがわかっていた。

 そのときだ。


 ぴしっ、


 と何かが破れるような音がした。その方向へ目を向けると<領域>が裂けていた。そこからあの男が現れた。


 バカな!俺の<領域>に侵入してきただと⁈


「…お前はなんなんだ⁉︎」

「なんだと言われてもね。まあ、いわゆる正義の味方かな」

 嘘だ。俺の直感がそう告げている。俺は残る左腕を刃に変形させた。


「体を変形させ、<領域>を作る……レイマの能力を持つムーンシーカーか……うん、興味深いね」

 何を言ってるんだ、こいつは?


「君を殺すつもりだったけど気が変わったよ。僕のいうことを聞くっていうなら僕の下僕にしてあげるけどどうかな?」


 この俺様が下僕だと⁉︎ふざけやがって!


「誰が貴様などの下僕になるか!」

「じゃ、しょうがないね」

 男が漆黒の剣を一振りすると、目の前に化け物が現れた。


 レイマ。

 俺の頭にその化け物の名前が浮かぶ。そして、


 ワガドウゾク


 なに?同族だと?どういうことだ?誰が言った?

 俺?俺はナニヲイってイル?


「やっちゃって、十八号」

「くっ」


 俺は身構えたが、十八号と呼ばれたレイマは俺に向かってこなかった。それどころかその男に敵意をむき出しにして攻撃を始めたのだ。


「あれ?十八号裏切るの?ちょっと早くないかな?あと二、三体倒すくらいは言うこと聞くと思ってたんだけど……同族を殺すのは嫌なのかな?」


 裏切られたにも拘らずこの男の顔に怒りや恐怖は見えない。

 ムーンシーカーは感情が乏しいから当然だ。


 …待てよ?ではなぜ俺は恐怖を感じているんだ?殺戮を楽しんでいたんだ?

 それにさっき俺の心に語りかけてきた声は一体……

 いや、今はそんなことはどうでもいい!

 この好機を逃す手はない。

 俺は<領域>を解いてその場から逃げ出した。



 ヤツが追ってくる気配はなかった。


 くそっ!俺様が逃げるだと?

 俺は最強のはずだ!

 もっともっと人を喰らい力をつけて次は必ず奴を殺してやる!

 

 ソウ、ニンゲンハホロボスソンザイダ…


 再び俺の心に何かが語りかけた。俺はその言葉に頷いていた。



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