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16話 勧誘

 神沼の奇跡の後、俺の大学生活はちょっとだけ変化が起きた。

 具体的には男子からコンパによく誘われるようになった。そこそこ喋る奴からまったく話したこともない奴まで様々だ。


 理由はわかるよな?


 俺が新田さんと親しいと勘違いし、俺をコンパに呼んでやる代わりに新田さんを紹介しろというのだ。遠回しに言う奴から上から目線ではっきり言う奴もいたな。言うまでもなくすべて断った。なんで俺がお前らの恋の手助けをしてやらにゃならんのだ。そもそも一緒の大学にいるんだぜ。勝手に突撃して勝手に玉砕しろ!


 あと女子にもよく話しかけられるようになったな。内容はどれも同じで新田さんとくっつけ、というものだった。

 俺の学科の男女比は七対三と男子が圧倒的に多く、女子は大事に扱われているのだが、学科が違うにも拘らず新田さん人気はずば抜けており女性陣からしてみれば面白いはずもなく、新田さんに彼氏が出来れば人気も下がるだろう、と考えてのことと俺は思っている。いや、素直な気持ちで応援してくれている奴もいるかもしれないが少数派であることは間違いない。かけてもいいぜ。


 …しかし、本を借りた程度のことで俺は他の奴らよりリードしてるように見えたのか?

 どんだけガード固いんだよ、新田さん。

 そしてどんだけ情けないんだ光月大男子!(俺除く)



「ん?」

 俺が授業を終え正門に向かうと見知った少女が立っているのに気づいた。

 学生達が興味深げな視線を送るなか、黒いロングコートを着たその少女は平然とした態度で手にした本を読んでいた。

 ぷーこだった。


 いつものぷーこがそんなことをしていたら間違い無く俺は笑っていただろう。

 速攻でぷーこに近づき「似合わねえことするな!」と言って頭ぐりぐりをしていたに違いない。 

 だがそのときのぷーこはその姿がとても絵になっていた。ともすれば俺より年上と思わせるような雰囲気さえあった。

 俺は思わず足を止めどこがいつもと違うのか観察しているとある男子学生がぷーこに声をかけた。いうまでもなくナンパだ。

 ぷーこは視線を向けるもののすぐ本に視線を戻す。


 服装がいつものより大人っぽいか……だがそれだけじゃないよな。

 知性を感じさせる瞳、その仕草、何もかもがいつもと違う。


 ぷーこは俺に気付き読んでいた本をロングコートのポケットに無造作に突っ込むと俺に近づいてきた。

 ただ歩いているだけなのにそれだけで絵になり思わず見とれてしまった。


「話があるの。ちょっと付き合って」

「あ、ああ」

 ぷーこはそれだけ言うと先を歩き出す。俺は学生達の好奇な視線を浴びながら後を追う。


「なんで直接来たんだ?電話やメールで連絡すればよかっただろ?もし俺に用事があったらどうするつもりだったんだ?」

「そのときはそのときよ。それに大学ってところにも興味あったし」

 そう言ったぷーこの表情はやはりいつもと違う。


 ……もしかしてぷーこの双子の姉とか?


「お前……本当にぷーこか?」

 ぷーこはちらりと俺に視線向ける。

「……どうかしらね」



 ぷーこが案内した喫茶店は卯月駅側の商店街から細い路地に入ったところにあった。

 俺はこの商店街には何度も来たことがあったがこんな喫茶店があったなんて全然気づかなかった。

 外見はよくいえば趣のある、悪く言えばボロい喫茶店だった。

 しかし店内に入ってみると外見が嘘のように内装は新品同様でそのギャップに驚かされた。

 ぷーこは顔パスのようで、店員は顔を見るだけで二階にある個室へと案内した。

 注文した飲み物が届いたところでぷーこが本題に入った。


「単刀直入に言うわ。千歳、私達に協力してくれない?」


 俺は驚いた。

 ぷーこが俺の名前を覚えていたこと、俺にまともにお願いしたこと、そしてそれ以上にそう言ったぷーこを見て鼓動が早くなったことだ。

 確かにぷーこは外見だけはいい。それは認める。だが中身があほだとわかり最近では女としてみていなかった。

 なのに今俺は不覚にもぷーこごときを女として意識してしまったのだ。最大の屈辱だった。

 そんな俺の心を見透かされないようにぶっきら棒に答える。

「…協力ってなんだよ?」

「正確に言うと私の所属している組織に入ってほしいの」

「組織って、探偵……じゃないよな?」

「ええ。私達はレイマ、あなたがあの事件で見た化け物のことだけど、レイマがらみの事件を解決する組織よ」

「あの化け物はレイマっていうのか、……アレはなんなんだ?」

「こことは違う世界にいた化け物。”歪み”を通って現れたのよ」

「やっぱりそうなのか……お前も事件のとき<領域>にいたのか?」

「ええ」

「そうか……だが俺は何にもしてないぜ。俺はただあそこにいただけだ。実際に戦ったのはにゃっくと四季だ。俺は特別な力なんて持ってないからな」

「わかってるわ。何もあなたに戦えなんて言わないわ。それ以外の仕事もたくさんあるわ」

「そういってもだな」

「もちろん報酬は払うわ。私達も慈善事業で命をかけてるわけじゃないもの」


 命、か…。

 

「…その、前の事件で死んだ奴とかいたのか?」

「…ええ。組織に入れば今より危険な目に遭う可能性はあるわ。でもね、」

 ぷーこは俺の目を見ながら言った。

「関わらなければ安全てわけじゃない」

「……」

「前回、なんの力もないあなたが<領域>から無事帰ってこれたのは運がよかっただけ。二人も救い出せたのは奇跡と言っていい。あんなことが次も起こると思う?」

「それは…」

「確かにあの事件で出現したレイマは片付けたわ。でもあれがこの街にいるレイマ全部だったとは断言できないし、倒していたとしてもこれからずっと現れない保証もないわ。ーーあなたを助けた四季薫はもういない。にゃっくもいつまでこの街にいるかわからない」

「そ、それはそうだが」

「さっきも言ったけど私達は慈善事業をやっているわけじゃない。もしどちらか一方しか助けられない、そんなときがきたら迷わず自分の家族、親しい人を優先するわ」

「…それは脅しじゃないのか?」

「例えば、の話よ」

 そう言って笑ったぷーこの目は笑っていなかった。


「……なんで俺なんだよ?」

「レイマに遭遇したこともない人が私の話を信じると思う?」

「…まあ、そうだな」

 俺だっていきなり化け物退治に協力してくれなんて言われて信じるはずない。

「それとさっき自分には力がないと言ったわね」

「ああ」

「確かに今のあなたはレイマに対抗できる力を持っていないわ。でもある程度の力ならこれからでも手に入れることはできるわ」

「それは俺でもレイマを倒すことができるようになるっていうことか?」

「不可能ではないわ。もちろん、簡単なことじゃないけど」


 俺がレイマを倒す力を手に入れることができる……

 俺は<領域>の中でレイマの存在自体に恐怖した。あんな化け物と戦いたくない、関わりたくないと思った。

 だが、日が経つにつれ自分の無力さを、ただ見守っていることしかできなかった自分の不甲斐なさに腹が立ってもいたんだ。

 今のままなら誰も守れない、誰も救えない。俺の可愛い妹も、大切な人も。


 本当に奴らを倒す力が手に入るなら……


 って、ちょっと落ち着け、俺!

 冷静になるんだ!

 こんな重大なこと簡単に決めることじゃないぞ!


 ……そうだ!

 聞きそびれていたことがあったじゃないか!

 今のぷーこなら答えてくれそうだ。


「前から聞きたかったんだが、今の俺が、普通の人間がレイマに出会ったときの対処法とかあったりしないのか?奴らが苦手なものがあるとか、吸血鬼に十字架みたいな…」

「ないわ。あったとしても私は知らない」

「……」

「普通の人がレイマに出会ったらまず助からない。動き自体はそんなに早くないから相当運がよければ逃げ切れるかもしれないけど、<領域>に引き込まれたら終わり。普通の人間に<領域>から出る手段はない」

「<領域>は作った奴が死ねば消えるんだよな?」

「ええ」

「奴らは殴って倒せたりしないのか?あ、もちろん、俺みたいな素人じゃなく、ボクサーとか武術家が、なんだが」

「無理よ。レイマに物理攻撃は効かない。殴りかかったりしたらそのまま体内に取り込まれて、終わり」

 四季の言ってた通りか。


「ただ遭遇率を下げることはできるわ」

「そうなのか⁉︎」

「あくまでも下げるだけ」

「それでもいい!是非教えてくれ!」

 ぷーこは頷いてから紅茶を一口飲んだ。

 

 くそっ、なんか様になってるぜ。ぷーこの癖に。


「まず、奴らは屋内に侵入して人を襲うことはない。理由はよくわからないけど私達が調べた限りゼロよ」

「じゃあ逃げて屋内に逃げ込んだ場合はどうなんだ?」

「そのレイマの性格によるわ。追ってくる場合もあるし、あきらめる場合もある。外で待ち伏せしてる時もあったみたい」

 ちっ、そんなうまくいくわけないか。

「そして奴らが活動するのはほとんど夜。それも月が出ている時が多い」

「意外だな。真っ暗な方が出やすい気がするんだが」

「おそらく元の世界が関係していると思うわ。レイマは向こうの世界では月に棲んでいるという説があったから」

「なるほど……今の話をまとめると、夜出歩かなければ襲われる可能性は非常に低い、ということだな?」

「そういうこと」

 いいことを聞いたぜ。俺の可愛い妹が襲われる可能性は低いってことだ。


「あと優先順位があるわ」

「無差別ってわけじゃないのか?」

「ええ。特別な力を持った者を優先的に襲う」

「特別って、超能力とかか?」

「ええ。月見症候群患者、ムーンシーカーもそうよ」

「ムーンシーカーってどんな力を持ってるんだ?そもそもなんなんだよ?」

「力は人それぞれよ。ムーンシーカーがなんなのかは…とりあえず、後天的超能力者とでも思ってて」

「…わかった」

 部外者の俺には言えないほどの秘密ってことか。


 …ん?ちょっと待てよ。

 月見症候群の発症はネバーランド号事件の被害者が始まりだって言われてるよな。

 ぷーこの組織がムーンシーカーがなんなのか知ってるっていうことはネバーランド号事件はレイマが関わってるってことにならないか?

 ……まあ、聞いても答えないだろうな。

 

 実際聞いてみたが笑みを浮かべるだけだった。


「前の事件で襲われた人達はまたレイマの標的になるのか?」

「あなたが気にしているのは新田せりすのことね?」

「…ああ」

「その通りよ。狙われる可能性は高いわ」

「護衛したりとかは…」

「ないわ。彼女は私達の組織とはなんの関わりもないし、そんな余力もない。あったらあなたを勧誘したりしないわ」

 だからあなたが組織に入って助けてあげたら、と目が語っているように見えた。


「……新田さんを組織に誘わないのか?力を持ってるんだろ?俺より全然役に立つんじゃないか?」

 そうすればぷーこの組織に守ってもらえるじゃないか。

 だが、俺の考えは甘かった。


「今の時点ではないわ。新田せりすがどんな力を持っているかわからないし、本人が自分の力に気付いていないこともある。ーーそれにあの事件のことを覚えていないみたいだから言っても信じないと思う」

「…確かにな」

 新興宗教かなんかと思われるだけだろう。

 今度さりげなく聞いてみるか。まあ、本人が力に気付いていても俺に教えてくれるとは限らないが。



「ーーそうだ、四季ってムーンシーカーだよな?本人には確認したことなかったんだが」

「そうよ」

「だけど、あの発作、月見衝動を起こしているところを一度も見たことがないんだが」

「私達も彼のことは正直よくわからない。あの剣を手にいれた経緯もわからないし」

「あの剣はムーンシーカーの力で作った、とかじゃないのか?」

「違うわ。あれはもともと”私達の世界”にあったもの。彼のムーンシーカーとしての能力はわかっていないわ」

「お前達の仲間じゃないのか?」

「違うわ」

「そうなのか?」

「四季薫は別の組織、っていうより、彼は単独で行動してるの。前に組織へ勧誘したこともあったけど断られたわ。それに、」

「それになんだよ?」

「彼と私達とでは考え方に大きな違いがある。彼は…彼は自称正義の味方で、悪と判断したら人でも平気で殺す」

「なっ…だ、だけど四季は俺達を助けてくれたぞ!」

「それはあなた達が悪じゃなかったから」

「……」

「私達が対処するのはあくまでもレイマなど”この世界の人間以外”が起こした事件よ。”この世界の人間”は”この世界の法”に則って裁かれなければならないってあたし達は考えてるから」


 この世界の人間?この世界の法?そういやさっき私達の世界とも言ってなかったか?


「……そうか。で、ぷーこ、お前は四季が今どうしてるか知ってるか?死んだりしてないよな?」

 俺はあれ以来四季と連絡が取れないから心配していた。あの化け物、レイマに殺されてしまったんじゃないかと。

「知らないわ。でも生きてはいると思うわ」

「そうか」

 じゃあ、またいつか会うこともあるかもしれないな。

 あいつが人殺しだったとしても俺は嫌うことはないと思う。

 誰がなんと言おうとあいつのおかげで新田さんを助けることができたんだからな。



 ぷーこはポケットから折りたたみ式のガラケー?を取り出し時間を確認する。


 あれ?前はスマホだったよな。二台持ちなのか?それとも買い換えたのか?


「私は用事があるから今日はここまで。また連絡するわ。そのときにでも返事を聞かせて」

 ぷーこはドアの前で立ち止まり振り返った。


「どうした、忘れ物か?」

「ええ。自己紹介するの忘れてたわ」

「何?」

「私の名前はアヴリル。別世界の住人よ」

「…やっぱりぷーこじゃなかったのか?」

「ええ。私は彼女とは違う」

 俺はアヴリルの言葉を信じた。

 もしぷーことアヴリルが同一人物だったら俺は今までアヴリルの演技に騙されていたことになる。ぷーこの行動はとても演技とは思えなかった。っていうかあんなバカを演じる理由が見つからない。話を聞く限りアヴリル達の組織は秘密結社みたいなものだ。もっと目立たない性格を演じるだろう。


「ということはぷーこも別世界の住人か?」

「違うわ」

「ん?じゃあ、なんでそんなに似てるんだ?」

「この世界には”自分にそっくりな人が三人はいる”って言われているんでしょ?なら別世界にそっくりな人がいてもおかしくないじゃない」

「まあ、そうなんだが…」

 今一納得ができなかったがアヴリルはそれ以上答える気はないようだった。

「ちなみに向こうでは私、魔法使いだったわ」

 なんだと?

「魔法はこっちの世界では使えないってぷーこが言ってた気がするぞ。おまえはどうやってレイマと戦うんだ?」

「それは正確じゃないわ。使えないわけじゃない、使い難くなっただけ」

「つまりこっちでも使えるのか?」

「ええ、機会があれば見せてあげるわ」

 そういってアヴリルは部屋を出て行った。



 俺がアヴリルとぷーこが完全に別人だと確信したのは喫茶店を出るときだ。

 アヴリルは俺の飲食代も支払っていたのだ。

 ぷーこはおごらせることはあってもおごることは決してしない奴だからな。


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