148話 冒険者の男
Nスキー・ジャマーの影響によりにゃっくの戦闘力は低下しているはずだが、
にゃっくは現れる魔物を次々と撃退していく。
Nスキー・ジャマーなど存在しないかのような戦いぶりだ。
「すごいな。前より強くなってないか。ほとんど一撃で倒してるよな」
「流石デス、この逆境の中で……いえ、逆境だからこそ普段より感覚が研ぎ澄まされているのでしょう。にゃっくさんの強さの秘密を垣間見た気がしますデス」
「ああ」
だが、それも長くは続かなかった。地下十階に到達するとその動きは目に見えて鈍くなった。
今なんか、ケロロで魔物の態勢を崩す事が出来たから事なきを得たが、下手すりゃ致命傷を負ったかも知れねえ。
「ちょっと休めよ」
にゃっくを左腕で抱き抱える。
珍しく表情を変えるにゃっく。
「不満そうな顔すんなよ。まだ先は長いんだ。シエ・ツーにもっと任せろよ。なんたってコイツは……えーと、にゃんだら、だったか?」
「にゃんダムデス!」
「ああ、それそれ」
「白々しいデス」
「ああ?」
「隠れオタクのくせに」
「ちげえって言ってるだろ!」
「私の情報に間違いはありませーん!」
「あり過ぎだ。それと声でけえ……ほれ、見つかっただろう!なんか来るぞ!」
「チトセの声も大きいデス!」
にゃっくが飛び出そうとするのを抑えて止める。
「まあまあ、そんなに無茶しないで。ちょっと休んでなよ。いざとなったら僕も戦うしさ」
あ、その目、やっぱりこの子、僕の存在に気づいてるみたいだね。
知った所でどうしようもないと思うけど。
現れたのは人だった。
ダンジョンに入って初めて見るね。
服装からして僕の、いや、向こうの世界の冒険者かな。ダンジョンに挑んでいる最中に一緒に転移させられたってところかな。
「一応聞くけど仲間ってことは?」
「ないデス……向こうの世界の冒険者?……しかし何か変デス」
「だろうね」
「だろうね?……チトセ、口調が少しへん……」
「来るよ」
冒険者との距離は十メートル程まで縮まった。
その冒険者は男だ。
ガッチリとした体格で身長は二メートル近くある。あちこちに傷のある皮鎧を身につけ背中にはグレートソートを背負っている。
そんな装備でよくこの階まで来られたね、
って人のこと言えないか。
「相当腕が“立った”のかな?それとも組んでたパーティが強かったのかな」
「……」
まあ、どっちでもいいけど。
あ、シエ・ツーは交渉するもりだね。
ここは温かく見守ってあげよう。
「一人デスか?」
「……せ」
「はい?よく聞き取れませんでした。もう一度お願いします」
「……こせ」
「はい?」
「お前の体をよこせ!」
「チトセの仲間デス!」
そんなこと言えるって事はシエ・ツーはまだまだ余裕があるのかな?
男は背負っていたグレートソードをかまえると突っ込んできた。
にゃっくを抱えたまま後ろに下がる。
冒険者が振り下ろすグレートソードの一撃をシエ・ツーはかわした。
態勢の崩れた男の脇腹に蹴りを入れる。
男は壁に叩きつけられた。
今の蹴りで肋の数本は折れ、内臓もダメージを受けているはずだ。
壁に頭も強く打ったようにみえた。
普通ならすぐに動けるはずはない。
だが、男は何事もなかったかのように立ち上がると僕に迫って来た。
「チトセ!」
男は手にしたグレートソードを振り上げ、そして転んだ。
偶然じゃない。
予め右腕に巻いていたケロロを偶然落としたかのようにみせ、近づいて来るところを狙って男に絡ませ縛り上げたんだ。
拍子抜けするほどあっさりと上手くいった。
「チトセ、すみません。私らしくないミスデス……」
「そんなことよりこれ、どうする?」
僕の中では決まっているけど、このアンドロイドがどう判断するのか興味深い。
「何故私達を襲ったのデス?」
「……」
黙秘、ね。でもここでは意味ないけどね。
「新手の魔物だったりしてな」
「……その可能性はあります。検索をかけてみます」
「おう」
「……検索終了。ソウ・バウエである可能性が高いデス」
いやいや、やっぱりそこそこ優秀だね。
「ソウ・バウエ?なんだ?それは魔物なのか?」
「はい。ソウ・バウエは捕食したものそっくりに擬態する事ができるのデス」
「何⁉︎それじゃ、この姿は食われた奴の姿なのか⁉︎」
「……」
「はい。向こうの世界ではソウ・バウエと入れ替わった事に気づかず滅んだ村や町はいくつもあります」
「それは恐ろしいな……いや、待てよ。姿を真似できるだけでそこまで被害がでるものなのか?」
「実はソウ・バウエは姿だけでなく記憶もそっくりコピーするのデス」
「マジかよ。そりゃ確かにバレねえよな。じゃあどうやって本物か確かめるんだ?体の一部を切り取るとかか?」
以前見た映画でそんな判別をしているものがあったのを思い出した。
「それも一つの手ですが完全ではありません。確かに切り離された肉片はしばらく経てば液状化して蒸発しますが、個体差があるのデス。記録では半年近く姿を維持したものもあったとか」
「じゃあ当てになんねえな。他には?」
「魔法デス。ただし高ランクの魔法でなければ見分ける事はできません。確実なのは、殺す事デス」
「お前なあ」
「ソウ・バウエを殺すことは難しくないのデス。弱点は擬態したものと同じなので、人であれば首でも切り落とせば死にます」
「もしコイツがソウ・バウエだったら液状化して蒸発する、か」
「はい」
「そうでない場合は……」
考えたくねえな。
完全に人殺しだぜ。
男がケロロを力任せに引き千切ろうともがく。
「む、おいっ、本当にソウ・バウエだったら擬態を解いて抜け出したりしないか⁈」
「それはないデス」
「そうなのか?」
「はい。擬態できると言っても何にでも擬態できるわけではないのデス。最後に捕食したものにしか擬態出来ません。そして一度擬態するとその種族のものを捕食し続ける傾向にあります。本能といっていいでしょう。デスから仮に別の姿に擬態出来たとしても次も人のはずデス」
「なるほど」
多少体つきが変わったとしてもケロロをすり抜ける事は出来ないか。
「って、おい、聞いてなかったのか?無駄だぞ。あまり動くと体の方がバラバラになるぞ。って言ってもお前が本当にソウ・バウエなら結果は変わらないけどな」
それでも男はしばらくもがいていた。
その動きが止まると同時に、
「お、俺はソウ・バウエなんかじゃない!」
「やっと話す気になりましたね」
「俺の名はジスってんだ!れっきとした人間だ!信じてくれ!」
「ほう。じゃあ、なんで俺を襲った?」
「そ、それは……」
「『体をよこせ』とか言ってたよな?」
「そ、それは……仲間とはぐれて……それで……」
「それであんな事言ったと?意味わかんねえぞ」
「死ぬ前にもう一度……俺も、俺もお前と同じで男が好きなんだ!」
「……は?」
何言ってんの、コイツ。
「チトセ、論破されましたね」
「されてねえわっ!」




