146話 記憶にない記憶
階段を降りた先は周囲を石の壁で覆われた小さな部屋だった。
壁に備え付けられた松明が部屋を照らしているお陰で部屋の中はよく見える。
「何もねえ部屋だな。」
装飾類は何もなく、正面にドアが一つあるだけだ。
「……罠はなさそうデス」
動かずじっと周囲を見回していたシエ・ツーが言った。
「見ただけでそんな事わかるのか?」
「当然デス!私がにゃんダムデス!」
うるせえな、さっきから。
漫画かアニメのセリフを真似してんだろうが俺にはさっぱりだ。
にしてもこいつ、もう“シエ・ツーのフリ“するのをやめたのか?
オタ知識全開じゃねえか?
俺のツッコミ待ちか?
「新田さんがいればなぁ」
「交尾禁止デス」
「こんなとこでするかっ!お前の会話について行けると思っただけだ!」
「失敬デス!私をあんなオタ色魔と一緒にしないで下さい」
「オタ色魔って……お前本人の前で言ったら絶対ぶっ壊されるぞ」
「大丈夫デス!私がにゃんダムデス!にゃんダムの名は伊達ではありません!」
「ああ、そうかよ」
あー、こいつの相手してると頭痛くなってくるぜ、って本当になんか頭がボーとしてきた。
風邪か?
シエ・ツーがドアをゆっくりと開ける。
外は闇だった。
一瞬そう思ったが、すぐに間違いだと気づいた。
闇の中で黄色い光が二つ灯った。
「下がれ!シエ・ツー!」
闇と思ったのは魔物の体だった。魔物の体で部屋の外が見えなかったのだ。
黄色い光はその魔物の目だった。
シエ・ツーが後ろに下がると同時に漆黒の足が今さっきまでシエ・ツーがいた場所を通り過ぎた。
ギリリリィ!
空を切った足爪が石の床に爪痕を残す。
幸いにも魔物の体がドアより大きいため部屋に侵入する事は出来ないようだ。
(……あれ?この魔物、もしかして……)
魔物が足を引っ込めた瞬間にシエ・ツーがドアを閉めた。
「待ち伏せされていたようデス」
ドアを閉めた拍子に食いちぎられたらしい腕が部屋に転がってきた。
袖は組織のジャンパーではない。
中世ヨーロッパ風の服に見える。
向こうの世界の住人かもしれない。
「……あの魔物のデータはありません。新種かもしれません」
「ガルザ・ヘッサだよ」
「ガルザ…ヘッサ、デスか?チトセはあの魔物を知っているのデスか?」
「……まさかここでガルザ・ヘッサに会えるとは思わなかったよ」
「チトセ?」
「くくくく」
なかなか楽しませてくれるじゃないか、シャドーエム。
「チトセ⁈」
「ん?あ、なんだ、シエ・ツー」
「大丈夫デスか?」
「ああ、悪い、なんかボーとしてたみたいだ。風邪かもな」
「……」
そんな心配そうな顔すんな。
って、こんな顔も出来るんだな。ほんとよく出来たロボ、アンドロイドだぜ。
「本当大丈夫だって。心配性だな。ん?にゃっく、お前もか?」
ガルルゥ!
おお、そうだ。まだ魔物は部屋の外にいるんだった。
魔物は部屋に侵入しようとしているようだ。
どんどん、がんがん!とドアが悲鳴を上げる。
そして魔物の爪に耐えきれずドアが吹き飛んだ。
「うわっ⁈あっぶねー!おいっ、さっさとあの魔物何とかしろよ!」
「……そうデスね。チトセ、あの魔物、ガルザ・ヘッサの弱点はわかりますか?」
「は?何言ってんだ。そんなもん俺が知るか!あんな魔物見た事ねえし!」
ここどこ戦記にも出てなかったはずだ。
「……」
「って何変な顔してんだよ!さっさと何とかしろよ!」
「……わかりました」
シエ・ツーは左手で右腕をひねって外す。
現れた銃口をガルザ・ヘッサに向ける。
「銃を使うのか?」
「はい。未知の魔物ですので接近戦は避けたいデス。安全確実にこの右腕の“最高の銃”で仕留めます」
「それ、もしかして銃の名前か?」
「そうデス!」
変な名前だがまあ魔物を倒せるならなんでもいい。
「唸れ、サイコウ・ガン!」
シエ・ツーの右腕から放たれたビームが魔物、ガルザ・ヘッサを貫く。
ガルザ・ヘッサは悲鳴を上げる事なく事切れた。
「あっけないな。大した魔物じゃなかったのか」
「私が強いのデス!」
「そうだな」
まあ、倒せたなら何でもいいぜ。
ガルザ・ヘッサの死体をどかし、シエ・ツーが部屋を出た。
シエ・ツーが安全確認した後ににゃっくと部屋を出た。
「これがガルザ・ヘッサか」
見た目は狼の親分的な感じだ。
全身が黒く、夜なら近づかれても全く気づかないかもしれない。
「知能が低くて助かったな」
部屋の正面に立ち塞がって銃のいい的だったからな。
こいつ、自分が何で死んだのかわかってないかもな。
……ん?
「シエ・ツー、何やってんだ?」
「サンプルの採取デス」
シエ・ツーはリュックを下ろし、中から銀色のケースを取り出した。
中にあった空の試験管にガルザ・ヘッサの死体から切り取った体毛や爪などを収めた。
「そんな事までやるのか」
「はい、この魔物は初めて見ましたので」
「初めて?じゃあ、なんで魔物の名前知ってたんだ?」
「チトセ、あなたが言ったのデスよ」
「は?俺が?」
「はい」
にゃっくを見ると難しそうな表情をしている。
てことはシエ・ツーが嘘を言ってるわけじゃないって事か。
「全然記憶にない」
「……そうデスか。では仕方がありませんね」
「悪いな」
「誰にでも隠し事はあるものデス。私もそうデス」
え、何、その意味ありげな笑み。
お前の隠し事って自分がもう”シエ・ツー“じゃないって事か?
だったら全然隠せてねえぞ。
「では先に進みましょう」
「ああ」




