142話 Cの気配
この森に最初に感じた違和感は、この島が向こうの世界から来た、とシエ・ツーから聞いて納得した。
そのときは納得したんだが、森が眼前に迫ると再びあの感覚が俺を襲う。
何なんだよ、これは。
恐怖?好奇心?
違う。
じゃあ、懐かしさ……⁉︎
この言葉が思い浮かんだ時、胸を締めつけられた。
この感覚は懐かしい、なのか?
だがそんなはずはない。
ここに来たのは今回が初めてだ。
第一、この島は向こうの世界にあったんだ。
なら、ここによく似た場所と勘違いしているとか?
……わからん、さっぱりわからんぞ。
くそっ、このモヤモヤした感じ、すげー気分が悪いぜ。
気は進まないが、こいつに聞くか。
もしかしたら何かわかるかもしれない。
「なあ、シエ・ツー」
「……」
またかよ。
「おい、こら、返事しろよ!」
「……え?あ、ああ、すみませんデス。ちょっとボーとしてましたデス」
「あのなぁ、お前ロボットだろ。さっきの戦いでどっか壊れたんじゃないか?」
「それはないデス。無傷の勝利でした、デス。圧勝でした、デス」
「そうかぁ?」
「あとロボットではなくアンドロイドデス」
森もそうだが、こいつもなんかおかしいぞ。
「さっきアップデートしてたよな?バグがあったんじゃないか?」
「それはないデス」
「どうしてそう言い切れる?」
「本人がそう言ってるから、デス」
「説得力ねえぞ」
しかし、シエ・ツーは大丈夫の一点張りだった。
全くこいつは……って、いかんいかん、本題を忘れるとこだった。
「なあ、この森なんか変じゃないか?」
シエ・ツーが立ち止まった。
「曖昧デスね。どう変なのデスか?」
「それがよくわからんから聞いてんだよ」
「……興味深いデスね」
興味深いだと?
「あとお前もやっぱりおかしい」
「それはないデス」
即否定かよ。
「森は否定しないんだな」
「はい。この森には最近あるのもが出現したのデス」
「あるもの?」
「はい。チトセの違和感はおそらくそれを無意識に感じとったからかも知れません」
「なんで俺がそんなもんを感じ取れるんだ?俺が魔法使いになったからか?魔法使いなら誰でも感じ取れるものなのか?」
「誰でもではありませんが、あなたは普通の魔法使いとは違うようデスから」
「そう言われると否定できないけどよ……。で、何だよ、そのあるものって。もったいぶってないではっきり言えよ」
「焦らなくても大丈夫デス。もうすぐ見えてきます。そこが目的地なのデスから」
この野郎、結局言わねえのか。
「まだ聞きたいことがあるぞ」
「なんでしょうか?」
「この森にはさっきの奴ら以外にも魔物が住んでんだよな?囲まれでもしたらヤバくないか?」
「大丈夫デス」
「何で言い切れる?」
「先ほどまではオプション装備”魔物コイコイ”がオンになっていたのデス」
「はあ?なんだって?」
「この装備は魔物を引き寄せる音を発生させることができるのデス」
「さっきと言ってること違うぞ」
「アップデートで知ったのデス」
「つまり自分の非を認めるんだな?」
「不本意ながら、デス」
「さっきはよくもまあ、俺のせいにしてくれたな!」
「それは仕方がないのデス」
「何が仕方ないだ!」
「緊急対策マニュアルに従って行動しただけデス」
「緊急対策マニュアルだと?なんて書いてあったんだ?」
「『自分に非がある可能性が高くとも決定的な証拠があるまで決して認めるな。そばにチトセがいればチトセのせいにしろ。ニッタセリスでも代用可……』痛いデス。なぜ叩くのですか?」
「何故叩かれないと思った?大体ロボットが痛いわけないだろ。痛いのは叩いた方の俺だ」
「失礼デス。我々シエスシリーズは限りなく人間に近く作られているのデス」
「それって、まさか……」
「痛みも感じる事が出来るはずデス」
「マジか。お前ら痛みまで……ってハズかよ⁉︎やっぱり痛くなかったんだな⁉︎」
「痛かったデス」
「まだ言うか……で、そのマニュアル作ったのぷーこか?ぷーこだな!ぷーこの野郎!」
「違いますデス」
「嘘つけ!他に誰がそんな事するんだ⁉︎俺は新人で認知度は低いはずだし、新田さんなんか組織の一員でもないんだぞ!俺達の事知っててやりそうな奴は他にいない!」
「例えそうだとしても違いますデス」
「まだ言うか」
「チトセ、あのお方がこんな面倒な事をすると思いますか?」
「うっ」
確かに。
あの馬鹿がマニュアル作成なんて面倒そうな事するか?
ぷーこがパソコンに向かいマニュアル作成している姿を思い浮かべてみる。
その口から吐き出される俺や新田さんの悪口は絶えることがない。
……十分あり得るな……あり得るんだが、あり得ない気もする。
何せほっとけば風呂にも入らないガサツ女だからな。
だが、仮に、万が一にも奴じゃないとすると他に誰かいるか?
「納得してくれてよかったデス」
「誰が納得したか!証拠不十分でひとまず保留だ保留!」
なんだ、その論破したぞ、してやったりみたいな自慢げな顔は!
あー、ムカつく!
ぷーこの野郎、今度会ったら問答無用でスーパーグリグリだな!
例えあいつじゃなかったとしてもあいつが関わっている事は間違いないはずだ!
俺の中の裁判官は推定有罪の原則に従って判定を下した。
「それでその装置は切ったんだな?」
「はい。初期設定でオンオフが逆になっていましたが、先ほどのアップデートで不具合は解消されました」
「お前、本当に大丈夫か?」
「仕方ありません。私はシエスシリーズ最低の機体デスから」
「……は?何だって?今なんて言った?」
「さあ先を急ぎましょう。目的地は近いデス」
あ、逃げやがった。
……やっぱり怪しいぞ、こいつ。




