137話 もう一つの別れ
魔法を得た代わりに記憶を失った。
どんな記憶を失ったのか確かめる術はないが、少なくともその中に妹との大切な思い出があったようだ。その思い出があったからこそシスコンを自称するほど妹に愛情を持っていたのだろう。
だが、その記憶を失った今の俺にそこまでの愛情はない。
例えばだ、先に妹と遊ぶ約束をしていたとしても新田さんや皇に遊びに誘われたら悩む事なく妹との約束より優先するだろう。
ん……?ちょっと待てよ。
「どうした?難しい顔して」
「いや、魔法を覚えると記憶を失うってことは、以前透視魔法を覚えたときも記憶を失ったかもしれないということだよな?」
「そうなるな」
「だが、誰からも指摘されたことはないんだ」
「誰も違和感を覚えなかったのなら、大したことない記憶が消えたのか、お前だけしか知らない事が消えたのか、あるいは運良くまっさらなところに書き込まれたか、だろ」
「なるほど、そうだよな、そうなるよな」
くそっ!
本当の魔法使いになれたのに魔法を覚える代償に記憶を失う危険があるんじゃ、そうそう覚えられねえじゃないか!
最悪魔法を魔法で上書きしてしまう可能性だってあるんじゃねえのか⁉︎
魔法を覚えるのがこんなに危険だったとは……。
「にゃっくがいち早く危険を察して魔法を覚えるのを止めてくれなければもっと記憶を失っていたかもしれないな。サンキューな、にゃっく」
にゃっくが小さく頷いたがどこか不満そうだ。
真面目なにゃっくのことだ。俺が記憶を失ったのは自分のせいだとでも思っているのかもしれない。
「一応確認しとくがお前達が魔法を覚えるときはこんな事ないんだよな?」
「多分な」
「多分て……」
「忘れたか?俺は魂だけの存在なんだぜ。記憶の欠落はお前以上だぜ!」
「悪い。そうだったな」
それ、自信満々に言うことじゃないだろ。
「ま、その事は後でキリンにでも聞け」
「そうする」
「でだ、実はもう一つ話があるんだ」
「ん?」
「本当はマリが言うべきなんだがよ、代っちまったからな」
なんでもズバズバ言うシェーラにしては珍しく躊躇しているな。
会ったばかりでよく知らないが、実は繊細な面もあるのか?
「なんだよ?これ以上悪いことがあるのか?」
「いや、そのな、ちょっと言いにくいんだがよ、マリの、いや“俺達”の任務はここまでなんだ」
「それはつまり俺の護衛は終了した、ということか」
「ああ。この後、迎えの船で帰還することになった」
「いいなぁ、俺も帰りてえよ」
「本当は俺も残りてえんだがよ、命令だし、こいつ、学生だからよ。学校行かなきゃならねえ」
「いや、俺も帰りたいんだって。こっちも大学始まるし……」
「大学って、入学したらあとは遊んで過ごすんだろ?ナンパとか麻雀とか」
「んなわけあるか!勉強するに決まってんだろ!」
「そうなのか?じゃあ、お前んとこは特別なんだな」
「いや、お前の知ってる大学生活がおかしいぞ。それは一部の奴らだ」
「そうなのか?まあどっちでも数日休んだって問題ないだろ?」
「まあそれくらいはな」
「こっちは出席日数とやらが危ないらしい」
「任務でか?そんなに大変なのか?」
「ああ、馬鹿な先輩がいてよ、しなくていい事に一々首突っ込んでみんなを巻き込むんだ」
一瞬、俺の脳裏にゆきゆきの顔が浮かんだ。
あれ?ゆきゆきの本名思い出せねえ。確か聞いた気がするんだが……これが消された記憶、というか最初から覚えてねえだけか。
「そりゃあ、災難だな」
「まあ、俺は結構楽しんでるけどな。大体最後は戦闘になるんだぜ!」
「そうか」
繊細かどうかはともかくこいつが戦バカなのは確定だな。
シェーラから笑みが消え真面目な顔になった。
「どうした?」
「……あんまり役に立てなくて悪かったな」
「いやそんなことはない。助かったぜ」
「後半なんてよ、全然役に立たなかったじゃねえか!あ、身内びいきじゃねえけどよ、魔法が使えればマリだってそれなりに出来る奴なんだぜ!」
確かに魔法使いが魔法を封じられちゃ厳しいよな。
「わかってるよ。でなきゃ護衛に選ばれないだろ」
「くそっ!俺も戦いたかったぜ!特にあの変態野郎!俺達の足折りやがって!俺だったら魔法がなくてもボッコボコにしてやったのによ!それにレイマになりやがったボスゾンビ!フランケンだったか」
「そうだな」
本名はアレックスだったらしいが、どうでもいいよな。
「ところで後任はいるのか?シエスは壊れたし、俺の護衛ゼロなんだが」
「一人来るらしい」
「一人か」
「そう聞いてる。名前までは知らないがな」
「そうか」
護衛の人数が減るのはもう安全だと判断したのか。
それとも人員不足か。
……考えるのはやめよう。
「じゃあ、そろそろ行くぜ」
「ああ、サンキューな」
こうしてマリ(シェーラ)と別れた。




