135話 キャンピングカー
先頭を走るのはにゃっくだ。
その後をマリ、最後に俺が続く。
周りからゾンビが集まってくる。
その数は四体。
幸い進行方向にはいないし、皆ゆっくりとした足取りなので追いつかれることはないだろう。
問題はキャンピングカーだ。
「ん?」
キャンピングカーの運転席側のドアノブに赤いものがベッタリとこびりついていた。
つまり、怪我した人が中にいるかもしれない、って事だ。
ゾンビにやられたんだとすると、
「気をつけろ!中にゾンビがいるかもしれないぞ!」
キャンピングカーにたどり着くとにゃっくはジャンプしてキャビン側の屋根に乗り、辺りを警戒する。
マリは血の付いたドアノブに手を伸ばすものの躊躇する。
血は既に固まってるからベッタリ付くことはないだろうが触りたくないよな。
ポケットからハンカチを取り出しマリに渡す。
「まだ開けるなよ。アディ・ラス」
ゾンビがいたら戦闘は避けられない。出し惜しみは無しだ。
「いいぞ」
マリが俺のハンカチ越しにドアノブを引く。
「……開かない」
「ま、そうだろうな」
逃げ込んだならすぐに鍵を締めるよな。
念のため反対側、キャビンのドアも試すがどれも鍵がかかっていた。
視線を感じた。
にゃっくだ。
天井に穴を開けるから来いって事か。
「マリ、上がるぞ」
マリの返事を待たずに抱え上げてジャンプし、キャビン側の屋根に着地する。
魔法のお陰でマリを抱えたままでも余裕だった。
このキャンピングカーの屋根には開閉式のサンルーフが付いていた。
しかも少し開いていた。
「これなら壊さなくても入れそうだな」
殆どの車には防犯ブザーが設置されているので、下手に壊して大音量のブザーを鳴らされたら困ると思っていたので助かったぜ。
とはいえ、今のままでは狭すぎてにゃっくでも入れない。
もう少し広げる必要がある。
「にゃっく、俺が開ける」
にゃっくが小さく頷いた。
今は魔法で強化されているから力加減を間違えると壊してしまう。
慎重に力を加減しながらサンルーフの窓を開ける。
中で何かが動いたような気がした。
「誰かいるのか?」
返事はない。
「……千歳!」
「わかってるよ、にゃっく頼む、気をつけろよ」
にゃっくは無言で小さく頷くと中に飛び込んだ。
がぁぁ、
一瞬、なにかの叫び声が聞こえたが、その後は何も聞こえなかった。
中からにゃっくが戻ってきた。
にゃっくが小さく頷く。
ゾンビ達がキャンピングカーのそばまで迫っていた。
俺がサンルーフを全開にするとマリが飛び込んだ。
「お前なあ、もうちょっと慎重に、って言ってもしょうがないか」
さてこの集まって来たゾンビ達をどうするか。
動きは鈍いが力はあるからな。トラックと比べるとこのキャンピングカーの強度は不安だよな。
気は進まないが片付けるか。せっかく魔法を使った事だし。
迫り来るゾンビ向かって自然に足が出た。
蹴りを食らったゾンビが吹き飛び、背後の車に思いっきり背中をぶつける。
普通ならその場で苦悶の表示でうずくまる程のダメージのはずだ。
だが、平然と立ち上がる。
「ま、そうだろうな」
ゾンビを仕留めるには頭を狙うしかない。
こんな動きの鈍いゾンビを頭を狙うのは容易だ。
だが、
もう死んでいる、正当防衛だ、自分に言い聞かせてもその決断ができない。
余裕ができた分、いろいろ考えちゃうんだよな。
迫るゾンビにもう一度蹴りをくらわそうとした時、ゾンビの頭がグギッと九十度傾いた。
にゃっくの猫パンチだ。
ゾンビがゆっくりと倒れ二度と動くことはなかった。
気づけばそれが最後のゾンビだった。
俺が一体を相手にしている間ににゃっくは三体仕留めていたんだ。
にゃっくと目が合った。
「済まないな、全て任せてしまって」
にゃっくが小さく頷いた。
それは「気にするな」と言ったように見えた。
再びキャビンの屋根に乗り、サンルーフから中に飛び降りた。
室内に入る光はサンルーフからだけだった。室内灯は消されており、他の窓は全てカーテンが閉められている。
暗い中、最初に目に入ったのは中年男性の死体だった。
青いジャンパーを着ているところを見ると技術職だったようだ。
死体の首とこめかみに傷があった。
首の傷は食いちぎられたような痕で、これが致命傷でゾンビになったのだろう。
こめかみの傷は猫の足跡だった。にゃっくがやったのだろう。
室内は思った以上より広い。
テーブル、ベッドに変わるソファ、テレビ、冷蔵庫、キッチン、そしてトイレと生活するのに必要なものが揃っていた。
「へえ、キャンピングカーってすごいんだな。あとシャワーがあれば完璧だな」
さて、くつろぐ前にする事があるぜ。
中年男性の死体の持ち物を漁る。
財布、携帯、鍵。そうそう、これを探していたんだ。
鍵以外は元に戻すとキャンビン側のドアを慎重に開けて周囲を警戒しながら死体を車の外に出した。
「悪いな、車の持ち主さんを追い出すのは忍びないんだが、流石に死体じゃな……」
運転席につくと鍵をセットする。
スイッチを入れると静かにエンジンが回り始めた。
よし、動く。バッテリーも十分だ。
すぐにエンジンを切った。音を聞きつけて新たなゾンビがやってくるかもしれないからだ。
いざとなったらこいつで移動することもできるぞ。
と言いても駐車場内だけど。
室内に戻るとマリがソファに座っていた。無表情に戻っている。
「スッキリしたか?」
って言ったら、無表情のままジッと睨まれた。
「……セクハラ行為を報告する」
「はいはい」
もう勝手にしてくれ。
俺もトイレ行っとくか。いつ何が起こるかわからないからな。
と、マリがトイレの前に立ちふさがった。
「なんの真似だ?」
「……何する気?」
「何する気って、トイレでする事は一つだろ」
「……私の……の匂いを嗅ぐ気ね」
「どうしてそうなる?」
「……行かせない」
「そんなにくさ……」
それ以上の言葉はマリの放つ殺気で続けられなかった。
それ以上言った殺られる!
「…ってお前、俺の護衛だろ!」
「……その前に乙女でもある」
「いやいや、そう言う場合、任務を優先するんじゃないか?」
「……問題ない」
「問題ありありだ!あのなあ、俺だってトイレ我慢してたんだぞ」
「……嘘」
「なんでだよ?」
「……もしそうなら、さっさと済ませてるはず。でなければ私にその場でしろ、とか言ったりしない」
「あ、いや、あの時はまだ我慢できるレベルだったんだ。我慢できなかったら間違いなくやってた」
「……通報する」
この野郎……
と、トイレのドアが開いてにゃっくが出てきた。
「……」
「じゃ、次俺な」
「……させない」
「お前なあ。じゃあ、あとどんだけ待てばいいんだよ?」
「……十時間?」
「待てるか!」
結局一時間待つことになった。
まったく困ったやつだぜ。
とはいえ、マリの奴、やっぱり変わったか?
乙女とか言い出すし。
もしかして俺に惚れ……ねえな。




