132話 別れは突然に
「終わった……たたたたっ!」
突然、激痛が襲った。
景色が元に戻る⁉︎
シエスが<領域>を解いたのか!
じゃあこれがアディ・ラス三重掛けの本当の痛みかよ!
想像以上だー!
「戦いが終わった途端、世紀末ごっこですか。余裕デスね」
何言ってんだこのバカが!
「ぐぐぐぐぐ……!」
「違うのデスか?……ああ、右腕の黒龍が疼くんですね?」
お前にはこの苦しんでる姿が演技に見えるのか⁉︎
闇皇帝も見下した顔して頬をグリグリしやがるし。
あー!殴りてぇ!このバカ達を思いっきり殴りてぇ!
お前らー!後で覚えてろよ!
最初に目に入ったのは天井だった。
ん?俺は横になっているのか?
マリが顔を覗き込んできた。
「……目覚めた?」
「あ、ああ」
どうやら気を失っていたようだ。
「目覚めましたか。新しい世界に」
「そう言う意味じゃねえ」
シエスの右目はいつ目玉が飛び出てもおかしくない状態だったが、今はその傷を隠すため顔右半分に布を巻いていた。
この姿ならシエスが人間ではないと気づく者はいないだろう。
「……痛みは収まった?」
そうだった。
体を触り調べてみる。
「……まだ痛いところもあるが、動けないほどじゃない。俺はどのくらい気を失っていたんだ?」
「……三十分くらい」
「そうか」
ん?これ、トラックの荷台の上か?
「おい、なんでまたトラックの上に……」
聞くまでもなかった。
下を見たらゾンビがいたんだ。
目に入ったのは二体。周りをよく見ればもっといるかもしれない。
「まだいやがったのか」
「おそらくチトセの大声に呼び寄せられたのでしょう」
「悪かったな」
「で、トラックの上の避難か。シエスが運んでくれたのか?」
「違います。にゃっくさんデス」
おそらく空中歩行の能力を応用して運んだのだろう。わからんけど。
「サンキューにゃっく」
「……私の分もお礼言っといて」
「自分で言えよ。って、いうかその時に言えよ」
荷台の上には闇皇帝もいた。
レイマが消えても休戦は続いているようだった。
二騎ともゾンビを倒す気はないようだ。
魔粒子を使い切ったのかもしれないし、また強力な敵が現れた時のために力を温存しているのかもしれない。
まあ、ただのゾンビならここにいればとりあえず大丈夫か。
「しかし、良く生き残れたよな」
ゾンビに始まり、敵親玉、そして最後にはレイマまで出てきやがったし。
「まだ油断は禁物デス」
「そうだな」
「特にマリ、今が一番危険デス。油断してると食べられますよ」
「……わかってる」
「何に食われるのか聞いていいか?」
「ボクにはその質問に答える権限がありません」
「……」
まったくコイツらは……。
流石のにゃっくも疲労がたまっているようだ。
「マント、ボロボロだな」
俺の言葉ににゃっく以上に反応したのが闇皇帝だった。
……ん?
そういえば闇皇帝はトレードマークをつけてねえな。
闇に堕ちた時に捨てたのか?
闇皇帝がにゃっくを見て、いやマントを見て羨ましそうな顔をした気がした。
それは一瞬のことで俺の視線に気づくと見下したような笑みを向ける。
闇皇帝はマントが欲しいのか?トレードマークにしたいのか?
……まさかこいつ、今までの事は俺達の邪魔をするのが目的じゃなく、自分の力を見せればグループに誘われると思ったとか?
こいつはプライド高そうだから自分から仲間にしてほしいとは言いそうにないしな。
そう考えれば合点が行くところがある。
悪霊騒ぎの時、俺達に攻撃を仕掛けてきたが、どこか手加減しているように見えた。その前には渋谷都子を強盗から守ってるしな。
今回も攻撃を仕掛けてきながらも絶体絶命になったときに助けてくれた。
ま、あくまでもマントをトレードマークにしたいと思ってることが前提だが。
にゃっくを見るとその大きな頭が小さく頷いた。
何?本当にそうなのか?
今一信じられないが試してみるか。
「闇皇帝、お前トレードマークはどうした?」
そのちっちゃな体が一瞬ピクッとなった。
「ないんならお前もマントつけるか?部屋に戻れば予備があるはずだからな」
俺を見下す目は変わらないが、その頬がふくふくと膨らみ、短い尻尾が高速で前後左右に振れる。
こいつ、結構可愛いかも。
直後、闇皇帝の上空に<歪み>が生じたかと思うと、そこから何かが降ってきた。
それを空中で掴んだ。
マントだった。
母が作ったものだとすぐにわかった。
「お前、これどっから持ってきた?」
俺の質問には答えず、その大きな頭をぐいっと上げた。
いいからさっさとつけろ、
と言ってるように見えた。
「まあ、いいか」
闇皇帝の首に付けてやろうとして大事な事を思い出した。
「いいか、絶対ファルスを使うなよ?絶対だぞ!」
今の俺は魔法が切れてんだ。
もし本当にファルスに腐らせる力があったら腐男子になっちまうぜ。
「アレはやれという意味デスよ」
「違うわ!」
「おかしいデスね。ボクの情報では……」
「お前の情報はどうなってんだ⁉︎ぷーこがインプットしたんじゃないだろうな?」
「ぷーこ様ですが、それが何か?」
……ダメだこりゃ。
「ボクは千歳の護衛用にカスタマイズされたのデス。チトセとのコミュニケーションを円滑に行うために漫画、アニメなどの情報を最優先に収集するように設定された機体なのデス!そのため他の機体より戦闘力が三十パーセント程低下しましたが」
「護衛が戦闘力落としてどうする⁉︎そもそも俺は漫画やアニメに詳しくねえ!そのカスタマイズは無駄だ!無駄無駄!」
「ぷーこ様、に間違いはありません」
いなくても俺の邪魔をしやがるな、あのアホは!
闇皇帝にマントをつけてやると雰囲気が明らかに変わった。
「にゃにゃー!」
「向こう側から、戻って来れた、ようデスね。お帰りなさい、ガブリエルさん」
「やっぱりコイツ、ガブリエルなのかよっ⁉︎」
渋谷さんが“ガブちゃん”と呼んでた時からそうじゃないかと思ってはいたけどな。
「まさかとは思うが、お前が闇堕ちした原因はトレードマークにあるんじゃないだろうな?」
ガブリエルは俺の質問を無視。
新たに<歪み>を発生させると別れの挨拶もなくその中に消えた。
「あ、おいっ、お前!ガブリエル!用が済んだらサヨナラかよっ⁉︎人として、じゃなかった、皇帝猫としてそれはどうかと思うぞ!」
「ガブリエルさん、は自由奔放な方、デスから……」
「今は少しでも戦力が欲しいって時なのに……って<歪み>は闇皇帝の能力じゃなかったのか?ガブリエルは皇帝猫に戻ったんだよな?」
「どうやら、あれ、は皇帝猫の、能力、“それほしい”で、手に入れ、た、ようデス……ね」
なんかさっきからシエスの様子がおかしいな。
いや、おかしいのはもとからだが、
「シエス、お前、どっか故障してんじゃないか?」
「……」
シエスの髪の色が真っ白に変わっていくのに気付いた。
「シエス⁉︎お前、髪が……」
シエスは満足げな笑みを浮かべた。
「……真っ白に、燃え尽きた、デス……」
シエスの全ての髪が真っ白に変わり、ピクリとも動かなくなった。
体を揺らしても全く反応はない。
エネルギーが切れただけなのか、故障による機能停止なのかはわからない。
「シエス……」
「……さようなら」
今までありがとうよ。
でもよ、もうすぐ動かなくなることわかってたんじゃないのか?
散々バカ話してたが、今後の事とかもっと他に話す事あったんじゃないか⁉︎




