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13話 みーちゃんの悲劇

 あの事件のおかげでこの街は有名になってしまった。

 今までは有名なものといったら日本で三番目に大きい多目的ホールと俺の通う光月大学くらいだった。

 説明してなかったが光月大学は結構レベルが高いんだぜ。いろんな企業と共同で研究開発を行っていて、そのままその企業に入社するってことも珍しくない。


 事件の中心となった神無月駅付近では数日経った今も多くの警官が巡回しているらしい。

 市長は事件直後の記者会見で、しばらくの間は夜間の外出をなるべく控えてほしい、と言っていたが、これは誰も守っていない。

 みんな生活があるし、あの事件に関わっていなかった人にしてみれば他人事だ。

 そういう俺もバイトを続けている。

 電車が神無月駅に近づくと緊張するがな。


 新田さんは事件後一日休んだみたいだが、今は普通に通っている。

 俺はあれ以来新田さんと会話をしていない。一緒の講義があるときも時間ギリギリに講義室に入るようにして距離をとって座った。

 新田さんも特に話しかけてくることはなかった。


 あの事件に遭遇した人から月見症候群を発症した人が出たという噂が流れたが真偽は定かじゃない。

 少なくとも新田さんは月見症候群を発症したという噂も聞こえてこないので大丈夫だろう。


 にゃっくの怪我は大したものではなかったが俺の可愛い妹は心優しいので付きっきりで看病するつもりのようだった。

 にゃっくは迷惑そうに見えたが気のせいだろう。俺としてもにゃっくがそばにいてくれたほうが安心できる。

 あの化け物がすべて退治されたとは限らないし、俺の家の付近に出現しないとも限らないからな。



 ところで、

 俺は大きな問題を二つ抱えていた。


 ひとつは言うまでもなくあの化け物のことだ。

 俺としてはあの化け物と遭遇しない方法、あるいは遭遇した場合の対処法があれば知りたいところなんだが、あれ以来四季だけでなくぷーことも連絡が取れない。

 事務所へ行くとなるとあの事件の場所を通ることになるので躊躇してしまい、事件後一度も行っていない。


 そしてもう一つの問題だがこっちは先のに比べると些細なことと言えなくはないが、結構精神的にきていた。



 俺のスマホが震えた。

 液晶画面を見ると、


 新田(父)


 と表示されていた。

 そう、これがもう一つの問題だった。


 あの日、新田さんが検査を受けているときにほとんど脅迫に近い形で電話番号を教えることになったのだ。


 何が悲しくておやじのほうだけ登録せにゃならんのだ!

 おかしいだろ!



 バイブが停止した。

 とりあえず諦めたようだ。

 ヤミ金融から追われてる気分だぜ。

 借りたことないけど。


 今は気を遣って休憩時間にかけてきているが、このまま無視し続ければ講義中にも電話をかけてくるかもしれないな。

 下手したら大学に押し掛けかねない。


 いや、家を突き止めてやってくる可能性もあるか。


 困った。正直に言っても納得しないことはわかっている。


 いっそ、「恋人です」とでも言ってやろうか……死ぬかな、俺。



 アルバイトが終わり、駅で電車を待っているとスマホが震えた。


 またか。しつこいおやじだ。


 だが相手は新田おやじではなかった。

 ここ最近音信不通だったぷーこからだった。


「久しぶりだな、ぷーこ、お前どこに…」

「今すぐ来て!みーちゃんが大変なの!」


 まさか、あの事件に巻き込まれてたのか⁉︎


「今、バイトの帰りでにゃっくはここにいない!一旦戻ってからになるが大丈夫か⁈」

「あ、そう。別ににゃっくはいなくても大丈夫よ」

「…は?」

「それより食料を必ず持ってくること。絶対だからねっ!」

 そういうと、俺の返事を待たず一方的に切りやがった。

 どうやら俺の大変とぷーこの大変には大きな開きがあるようだ。


 俺は神無月駅を降りると自然と早足になった。人の行き来は事件前と大して変わらない。それを見て気持ちに余裕ができた。

 藤原探偵事務所へ向う途中にあるコンビニに寄るとサンドイッチやジュース、それにお菓子を買った。

 


 ドアが開くとぷーこが現れ、礼も言わずに俺の手から差し入れをもぎ取りさっさと奥へ消える。


 俺はお前の世話役じゃないぞ。


 リビングにはぷーこの姿しかなかった。

「みーちゃんは?」

 サンドイッチにがっつくぷーこが指さす方向を見ると、ダンボールがぽつんと置いてあり、のぞき込むと中でみーちゃんがちっちゃく丸まっていた。


「どうしたんだ⁉︎病気か⁉︎…にしては扱いがひどいな」

 ぷーこは食事に夢中で俺の質問を無視しやがった。

 しかしぷーこのがっつきかたは普通じゃないな。

 何日も飲まず食わずだったのか?


 ぷーこはサンドイッチを完食するとやっと事情を話し始めたんだが……


「あたしが帰ってきたらみーちゃんがぐったりしてて。で、どうしたのって聞いたら……」

「やっぱり、あの事件に巻き込まれたのか!」

「知ってたんだ」

「当たり前だ」

 俺も当事者だからな。


 俺はみーちゃんを抱え上げた。

 いやいや、と小さな抵抗を見せるもののその力は弱々しい。

 怪我はないみたいだな。

 俺はみーちゃんを腕に抱いたままぷーこに続きを促す。

「それで?」

「みーちゃんは、あの事件で最大の損害を受けたのよ!」

「損害?」

 言葉を間違えたのだろう。俺はそう思った。

 バカだからな、こいつ。


「誰か、恋人、じゃない、恋猫でも失ったのか?」

「何訳の分からないこといってるの、このバカ大生は」

「んだと⁉︎事件て、集団記憶喪失事件のことじゃないのか?」

「違うわよ。ハーモニックうんたらって会社の不祥事の件よ」

 なんじゃそりゃ。話が見えん。


「みーちゃんはその会社の株を大量購入したばかりだったのよ。それがその不祥事で大暴落。ここまで聞き出すのに苦労したわよ!」

 ぷーこがヒートアップするなか、俺は逆にクールダウンしてきた。


 みーちゃん、

 ネコらしい悩みで悩めよ。

 といいたいところだが、ネコらしい悩みとなんだ?

 化け物退治は違うよな。


「…で?」

 投げやりに先を促す。

「それでね、株をやめるって。普通のネコになるっていうのよ!資産がほんの二十%か三十%くらい減っただけなのに。それでね、週一のすしはどうなるのって聞いたら、普通のネコは注文なんかしない、っていうのよ。ひどいでしょ!」

「…で?」

「とりあえず、ひとり静かに頭を冷やす場所が必要だなぁ、って思って、小部屋を作ってあげたのよ」

「小部屋って、あのダンボール箱か?」

「うまいもんでしょ」

「いや、誰でもできるぞ。もともと型はできてるからな。あとはガムテープ貼るだけだろうが」

 それにこの使用したダンボールはタブレットのやつだ。これは更に精神的ダメージをデカくしてるぞ。


「みーちゃん、最近調子に乗ってたから自分を見直すいい機会よ」

 俺は無言でぷーこのこめかみをグリグリした。

「痛い痛い!なにするのよ!」

「おまえがこれまでのことを反省しろ」

「なんでよっ」

「ネコに寄生してるんじゃねえよ」


 俺は牛乳のパックを袋から取り出し、ストローを刺すとみーちゃんの口元に寄せる。

 何度か軽く頬をつつくと、みーちゃんはストローを口にし、ちゅーちゅー吸い始めた。

「エコひいだ」

「うるさい」

 ぷーこはぶーぶー言いながらも袋からクリームパンを取り出しパクつき始める。


「で、おまえはどこに行ってたんだ?最近いなかっただろ」

「あたし?」

「そうだ」

「…気になるんだ?ふーん、もてる女はつらいわ」

 あほだ、こいつ。


「まあ、いいでしょう、あんまり冷たくしすぎると、大事な食料提供者、めっしーを失うかもしれないし。適当に優しくしとかないとね」

 いつの時代の人間だ、おまえは。


「木星よ」

「……なんだって?」

「木星よ、あ、難しかったかな、あんたのそのかるーいオツムじゃ。水、金、地、火、木、の木星」

 ちょっと会わない間にさらにあほ度が上がってやがる。それも修正不可能な程だ。

 もうだめかもな。みーちゃんだけでもうちへ避難させるか。親、とくに母をどう説得するかな。


「これからはあたしのことを”木星帰りの女”、って呼んでいいわよ?」

 まだ続けるか、このバカ女は。

 なんで疑問系なんだよ。

 こいつとまともに会話してはだめだ。


 俺はあの事件のこと、<領域>のこと、そして四季をなぜ監視していたのか、

 知りたいことはいろいろあったが聞く気が失せた。


 みーちゃんが復活したら聞いてみるか。


 ってこれでいいのか?


 結局、その日みーちゃんは牛乳しか口にしなかった。


 俺は帰り際、ぷーこに念を押した。

「ちゃんとみーちゃんにごはんを食べさせろよ」

「わかってるわよ」

 ぷーこは頷くと手を差し出してきた。

「……」

 俺は渋々財布から五千円札を取り出しその手に叩きつけると探偵事務所を後にした。


 あ、ちょっとカッコつけすぎたか。痛いぞ、今の五千円。


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