121話 交渉
俺達は駐車場へ通じるドアの前にいた。
「駐車場を飛ばしてこのまま一気に上へ上がるのも手だぞ」
「確かに二階の部屋の盾を取りに行くのもありデス」
「無事な人達と合流出来るかもしれないな」
「今よりもっとゾンビがいるかもしれんけどな!」
「嫌なことを嬉しそうに言うな!」
「はははっ!……で、どうする?」
「そうだな……やっぱり当初の目的通り車から盾を取ってこようぜ。他にも使えそうな装備があるかも知れないしな」
「確かに他にも欲しい装備が車にあるのを思い出しました」
「よし、じゃあ、ドアを開けるぞ」
駐車場はしん、と静まり返っていた。
「……どうやら俺達だけみたいだな」
……本当にそうか?
俺は違和感を覚えていたが、それがなんなのかわからない。
シエスを見るとじっと宙を見つめていた。
「シエス?」
「……急ぎましょう」
シエスはそれだけ言うと走り出した。
「お、おいっ」
俺は車の位置をよく覚えていなかったが、シエスは違った。
最短距離で乗って来た車に辿り着くとトランクを開けた。
が、盾など入っていなかった。
そのことを言う前にシエスはトランクの底板に手を突き刺してそのまま底板を引き裂いた。
「二重底か!」
二重底にはいつものより長さが半分くらいの盾と何かの装置が入っていた。
装置の見た目は戦争映画でよく見る通信兵が背負う無線機に似ている。
シエスはその装置を背負い、盾を右腕に装着した。
「これでもう安心デス」
「その背中の装置は何だ?」
「秘密デス」
「なに?」
「その時が来ればわかります。その時が来ない事を願いますが……」
シエスは遠い目をしてそう言った。
って、何もったいぶってんだ、コイツ!
「まあいいや。そういえば運転手さんはこの船に乗っているのか?」
俺が起きた時には既に姿がなかったよな。
「彼は乗っていません」
「そうなのか」
じゃあ、向こうに着いたらこの車誰が運転すんだ?
いや、そんな事よりもだ、
「今のうちに電話するわ」
「どこにデスか⁉︎」
「何慌ててんだよ。心配するな。新田さんにだ」
「イタ電デスか?今日のぱんつの色の確認デスね?」
「そんな事するか!このままだと妹と遊ぶ約束が守れなくなるかもしれないからな。今のうちに代わりを準備しとかないとな」
「……お前、余裕だな」
シェーラが呆れ顔をしたように見えたのは気のせいだろう。
誰だろうと俺の可愛い妹との約束は何においても優先するはずだからな。
新田さんの電話番号は暗記しているから俺のスマホの電話帳で調べる必要はなかった。
言うまでもないが、皇バカ夫婦の番号は覚えていない。今後も覚える事はないだろう。
新田さんは出ず、留守電に切り替わったので伝言を入れる事にした。
「あ、俺、進藤だけど、ちょっと頼みが……」
俺が伝言を入れている最中に新田さんの声が割り込んできた。
『なんだ進藤君か』
「あれ?いたんだ?」
『勧誘かと思ったから出なかったの』
ああ、電話番号変わってるから俺とわからなかったのか。
「悪い。しばらくはこれが俺の電話になるから」
『え、しばらく?買い替えとかじゃなくて?』
「あ、その事はまた後で。急ぎの用があるんだ」
『あ、私の力は必要って事ね!どこに行けばいいの⁉︎』
「いや、今じゃない。俺が戻らなかったら来週の土曜日に妹と遊んで欲しい」
『……は?』
「ちょっとトラブっててもしかしたら戻れないかもしれないんだ」
『トラブルって何?私じゃ力になれない?』
「無理だ。詳しく言えないが簡単に来れる場所じゃない」
『もしかして進藤君、日本にいないとか?』
「悪い。言えない」
っていうか俺自身、どこにいるのか知らねえし。
『……そう。まあいいわ。で、妹ちゃんと遊んであげる代わりに進藤君は私に何をしてくれるの?』
「は?なんで?」
『何でって、進藤君のお願いを聞いてあげるんだからその見返りを要求するのは当然でしょ?』
当然か?
それが普通のお願いなら理解出来る。
だが、今回は俺の可愛い妹と遊ぶ事だぞ!俺の可愛い妹と遊べる事自体が既にご褒美のはずだ!
それに加えてまだ要求するというのか⁉︎
くそっ、最初に俺が弱みを見せたのまずかったな。
俺が断れないのを知っての上での過剰な要求だよな。
……やるな、新田さん。
『進藤君、聞いてる?』
あ、やべっ。
「ああ、悪い。聞いてるよ」
『それでどうするの?』
勝ち誇った声だな。
しかし、今の俺には要求を呑む他ない。
「わかったよ」
『じゃあ、私の言うことを一つなんでも聞いてね?』
「わかった。但し常識の範囲でな」
『……進藤君がそんなこと言うんだ。あ、でも罰ゲームで私にしてきた事は常識の範囲なのよね?』
「そ、それはどうかな?」
『あれー?おかしいわね。進藤君が私に事にした事は常識の範囲じゃなかったの?」
「いや、そうは言ってない」
『じゃあどう言う意味よ?』
「お、おかしいな。電話が遠いか?」
『そんなの関係ないでしょ!大体ね、進……』
ブチっ
「あれ?新田さん?」
怒って切ったようには見えなかったが……って圏外だと⁉︎
「シエス!電話が圏外になったぞ!」
「ボクは何もしてません」
くそっ、まだ交渉の途中だってのに!
「……まずいな」
「ああ、新田さんと交渉が……」
「そんな事はどうでもいい!」
「何⁉︎どうでもいいとは……⁉︎」
シェーラの表情がさっきまでと異なり厳しくなっていた。
「どうしたんだ?」
「魔法が使えなくなった」
「何⁉︎魔粒子切れか?」
「違う」
「EMUと衛星とのリンクが切れました」
「衛星とのリンク?って、まさか俺の電話が途中で切れたのも……」
「はい、おそらく同じ理由デス」
「もう一つ、まずい事がある」
「これ以上何だよ?」
「俺はそろそろ限界だ」
「は?限界って……」
「マリに戻る」
「な、何⁉︎おいっシェーラ!」
が、既にその表情はマリのものだった。
「マリ、か?」
「……そう」
「お前も魔法は使えないんだよな?」
マリはゲーム機を取り出した。
「……今は無理」
ん?もしかしてマリのEMUはあのゲーム機なのか?
「じゃあ武術は?」
「……無理」
「マリの近接戦闘力はチトセと同レベルデス」
「……そこまで酷くはない」
言ってくれるな。
「と言う事はまともに戦えるのはシエスとにゃっくだけってことか?」
「そうなります」
にゃっくはともかくシエスの戦闘力は全くの未知数だ。
今以上に戦闘を避けるべきだな。
そう思った矢先、にゃっくが俺の服を強く掴んだ。
「にゃっく?」
「……ゾンビが来る」
「こんな時にかよ⁉︎」
今までどこにいたのか知らないがゾンビ数体がゆっくりとこちらへ向かって来ていた。




