12話 漆黒の刃
「進藤くん、しんどーくーん」
俺を呼ぶ声だと理解するのにしばらくかかった。
ソレの攻撃は止んでいた。
四季を警戒しているようだ。
俺は口の中がからからだったがどうにか声を絞り出す。
「な、なんだ?」
「あの触手だけど」
「ああ」
「新田さんとの触手プレイに利用しようとか考えちゃダメだよ」
「そんなこと考えるかっ!」
「それならいいけど。じゃあ、彼女のところへ行って。今の距離を保ちながらだよ。アレに触れたら即、ゲームオーバーだからね」
「あ、ああ。それで……」
「そのあとはネコちゃんに守ってもらって」
会話の途中、いや終わった瞬間か、
無数の触手が四季を襲う。四季はよけなかった。
ばさ、ばさ、ばさ、ばさ、ばさ、
触手は四季が手にした剣で切断され塵となって消えた。
その刃の色は漆黒でゆらゆらと揺れている。
まるで闇の炎を纏っているようだ。
︎あんなものいつ手に入れたんだ?
さっきまであんなもの持ってなかったはずだ。
いや、今はそんなことどうでもいい。
俺は四季の指示に従い、新田さんのもとへ向かう。
体の動きは悪いが最初に比べれば大分マシだ。
…もしかしてさっきのアホ話は俺の緊張を解くためだったのか?
「新田さん!」
返事はない。
ぱっと見だが怪我はなさそうだ。
ほっとしたとき、四季がつぶやくのが聞こえた。
「…残念、君は使えないね」
君とは誰のことだ?俺?いや、俺のほうを見ていない。ソレのことか?
四季は一瞬でソレとの距離をつめ、剣を一閃させる。
悲鳴のようなものが響き渡り、ソレはゆっくりと塵となって消えた。
その塵が四季の持つ剣の漆黒の刃に吸収されたように見えた。
なんというか、圧倒的だったな。
これがムーンシーカーの、力なのか?
それとも、
四季はムーンシーカーなんかじゃなく、別の何かなのか?
「さてと、進藤くん」
「え?あ、ああ」
「ぼくはもう少しここであの化け物の相手をするから君達は先に戻ってて」
「まだいるのか⁉︎︎」
四季は頷いた。
「<領域>はね、作ったものが解除するか倒さないと消えないんだよ」
さっき倒した奴がこの<領域>とやらを作ったのではないということか。
「でもよ…」
「新田さんを助けるのが君の目的でしょ。ぐずぐずしてるとまた狙われるよ」
「わ、わかった」
新田さんに声をかけるがやはり返事はない。
「ここで起こさない方がいいよ」
「そうだな」
確かにこんな訳のわからないところで意識が戻って騒がれてはかなわない。俺に説明を求められても答えられない。俺が知りたいくらいだ。
新田さんの手を握るとかすかに握り返してきた。
「どうやって<領域>から出るんだ?」
「そのネコちゃんなら<領域>の壁を切り裂けるよ。そうやってここへ入ってきたんでしょ」
<領域>の広さは有限だ。その大きさは作り出したものの力によって左右される。
<領域>の境目は普通の人(つまり俺だ)には見えない壁で覆われており、破壊することは不可能だがにゃっくの皇帝拳なら切り裂けるということだ。
俺達が<領域>へ入る時、四季はあの剣を使ったのか?
俺には見えなかったが。
にゃっくは四季の言葉にどこか不機嫌そうに頷いた。
やっぱりにゃっくは四季が嫌いなようだ。
「ありがとう、四季」
「こちらこそ。助かったよ」
「助かった?」
「実はね、僕は正義の味方なんだ」
そう笑みを崩さず言う。
本当か?
嘘じゃないとは思う。俺達を助けてくれたからな。
それがすべてでもないような気がするが深く考えるのをやめた。
「わかった。行こう、にゃっく」
新田さんの手を引くとゆっくりとした足取りで付いてきた。
途中で虚ろな表情の小学生らしき少年を見つけた。
その手をとると素直について来た。
しばらく進むとにゃっくがふいに立ち止まった。一度こちらを振り返り、その後ジャンプすると前足を振り下ろした。
ぴしっ
何かが割れるような音がした。
にゃっくがもう一度振り返った後駆け出したのでその後に続く。
辺りから騒音が聞こえるようになり、人の行き来が見える。
オレ達は無事<領域>から脱出できたようだ。
「…さて、どうしたものか」
とりあえず警察か。
交番は混雑していた。
どうやら新田さんやこの少年のように<領域>に閉じこめられていた人達が解放され、その場に居合わせた人達によって警察に連れてこられてきているようだ。
こんなにもいたのか。
彼らが自力で<領域>から戻ってきたとは思えない。
四季以外にも<領域>で化け物と戦っていた者達がいたに違いない。
もしかしたらぷーこ達もあの中で戦っていたのかもしれない。
だから連絡が取れなかったんじゃないか?
俺は少年の持ち物を調べた。予想通り携帯電話を持っていた。俺は少年の名前を持ち物から調べ親に電話をかける。
最初、誘拐犯と間違われて焦ったが、なんとかわかってもらえて交番近くにくるように言った。
「さて、」
新田さんも未だ正気を取り戻していない。
俺は変なところを触らないように気をつけながら携帯電話を探す。あっさり見つかった。
これは結果的に大失敗だったかもしれない。
俺は今、病院にいる。
俺の意志ではない。
新田さんの両親は車で現れた。新田さんの状態を知り病院へ行くことになった。
新田さんは車の中で意識を取り戻したが当初の予定通りそのまま病院へ向かった。
俺は新田さんを両親に引き渡した後去るつもりだったのだが、新田おやじに強引に車に押し込まれこうして病院にいるわけだ。
新田さんが検査を受けている間、俺はずっと新田おやじに睨まれていた。新田母は新田さんに付き添っておりこの場にいない。
「で、娘とはどういう関係だ?」
「同じ大学の学友です」
「それだけじゃないだろう?」
「いや、それだけです」
そういっても信じてもらえない。
俺が新田さんとつきあっているのではないかと疑っているのだ。
来たときに手を握っていたのがまずかったか。
とはいえ、そうしないとどこ行くかわからない状況だったしな。
そのとき少年のほうは親が迎えに来て去った後だったのもタイミングが悪かった。
俺を疑っている理由は他にもある。偶然同じ大学の学生がその場に居合わせるわけがない、ということだ。
まあ、それは確かにそうかもな、と思ってしまう。
実際その場にいたのは偶然じゃないしな。
とはいえ、本当のことを言っても信じてもらえないだろう。
新田おやじは娘をたぶらかしたと思い込んでいる俺をさっきから殴りたくてうずうずしているように見える。
「正直に言え!」
新田おやじが俺の胸ぐらを掴む。
新田おやじはぷっくりと太っており、新田さんに似ていない。新田さんは母親似だった。
だがただ太っているだけではなかった。その眼光は鋭く、太い腕も贅肉だけではない。おそらく格闘技の経験があるのだろう。喧嘩したら間違いなく負けるな。
「テ、テレビ見ろよ!さっきからニュースやってるだろ。あれだよ、あれ!」
だが、このバカおやじには俺の声は届いていないようだった。
最近俺の周りには話を聞かない奴多くないか?
俺が一発殴られる覚悟を決めたとき救いの女神が現れた。
「お父さん、やめて!」
「せりす!」
新田おやじは俺からぱっ、と手を放した。
俺は尻餅をつく。痛え。
新田おやじが新田さんに駆け寄る。
「大丈夫か⁉︎︎」
「ええ」
「処女は無事か⁉︎︎処女は⁉︎︎」
新田おやじがそう叫んだ瞬間、
新田さんが目にも留まらぬ早さで動き、新田おやじの鳩尾に一発打ち込んだ。
くの字に曲げて悶絶する新田おやじ。
「…いや、そんなはずはないな」
新田おやじが悶絶しているのは、きっと悪いものでも食って、今頃当たったんだろう。うん、そうに違いない。
新田さんはお淑やかなはずなんだ。俺の中ではそうインプットされている。
うん。今日はいろいろあって疲れてるな、俺。
「じゃ、そういうことで」
俺は顔を真っ赤にしてなにか言おうとしていた新田さんから逃げるようにその場を後にした。
病院から外に出ると、ぴょんと俺の肩ににゃっくが乗る。
「外で待たせて悪かったな、にゃっく。お前のケガは大丈夫か?」
にゃっくは無言で頷く。
「そうか。じゃあ、急いで帰るぞ」
俺は止まっていたタクシーに飛び乗った。
くそっ、学生には痛い出費だ。
あの事件は集団記憶消失事件と呼ばれ、連日のように報道されている。
ニュースによれば、被害者の多くは何かに呼ばれたところで記憶を失い、気づいたらそこにいた、というものばかりだった。
中には化け物を見た、というものもいたが番組に呼ばれた精神分析医とやらに軽く一蹴された。
新田さんも同様だった。
講義が終わり、友達と別れたあとで誰かが自分を呼ぶ声が聞こえた。最初は気のせいだと思っていた。
だが段々その声ははっきり聞こえるようになり気分が悪くなってきた。
覚えているのは駅のベンチで休んでいるところまでで、気づいたら父親の車の中だったということだ。
ほとんどの者は新田さんと同じようにしばらくして意識を取り戻したが、中には今も意識が戻らない者もいるという。
そして、一緒に行動していて戻ってきていない者達も少なからずいた。
その後しばらくしてこの事件が起きた付近で切断された人体の一部が発見されていたことがネットの掲示板に書き込まれ話題になった。
あの通り魔殺人犯がこの街に現れたのだと。
本当に通り魔殺人犯の仕業なのか、あの化け物がやったことなのか。
実はこれらは同じものの仕業だったのじゃないか?
俺にはわからない。




