120話 死者の群れ
俺が迷っているとシエスが口を開いた。
「一旦駐車場へ向かいましょう」
「駐車場?地下二階のか?」
「はい」
「車に何かあるのか?」
「はい、ボクの予備の盾があります」
「ん?そんなもんあったか?」
あんなデカイ盾があったらすぐに気付くだろうし、トランクにも入る大きさじゃなかったと思う。
「小型のものがトランクに積んであります」
「そうなのか」
「そいつは取りに行く価値があるんだろうな⁉︎」
「当然デス、シェーラ。現状のボクの戦闘力はあなたとほぼ互角デスが、盾を装備する事によりあなたを確実に上回ります」
「……へえ、言うじゃねえか」
「おい、シェーラ!何指鳴らしてんだよっ!今は俺達が争ってる場合じゃないだろ!」
びしっ、
「ん?今なんか嫌な音が、って、非常口のドア壊れかけてるぞ!」
「こりゃ長くもたねえな」
「ここに留まるのは危険デス」
「わかった。で、どうやって上に上がるんだ?エレベーターを使うのか?ドアが開いたらゾンビだらけだった、なんて事になったら逃げ場がないぞ」
「ここを出て左に階段があります」
エレベーターよりはマシか。
「シェーラ!」
「おおっ!突撃だな!」
シェーラはそう言うと右腕の時計を操作し、何事か呟く。
その直後、シェーラの体を赤いオーラが包んだ。
どうやらシェーラは腕時計を使って魔法を使うようだ。
確かキリンさんはガラケーだったな。
シェーラがドアに蹴りを入れた。
その強烈な蹴りでドアが吹き飛び、正面にいたゾンビがドアと壁に挟まれ、ぐしゃっと嫌な音がした。
「行くぞ!」
シェーラ、俺とにゃっく、最後にシエスが続く。
通路にはまだゾンビがいた。
「なんでこんなにいるんだ⁉︎行きは誰にも出会わなかったのによ!」
「死んでからゾンビに変わるのに時間がかかるのでしょう」
それが本当ならコイツらは俺達が来た時には既に死んでいたってことか?
ゾンビの動きは緩慢だった。シェーラはゾンビの攻撃をかわしながら次々と打ち倒していく。適確に頭を狙っていた。
一つ間違えれば噛みつかれる危険があるのに全く恐怖はないようだ。
「やっぱ、物足りねえ!おっ?」
シェーラが立ち止まった。
正面を見ると一匹の魔物が立ちはだかっていた。
シェーラが最初に倒した狼に似た魔物だ。
ゾンビ化した魔物がシェーラを濁った目で睨んでいた。
「コイツ、お前を睨んでないか?生きていた時の記憶があるのか?」
「さあな、でもちょっとは楽しめるかもな」
「楽しむ時間はありませんよ。後ろからも来ています」
シエスの言う通り、ゾンビが数体ゆっくりとこちらに歩いて来ていた。
……ん?
あれはまさか……。
「どうしました?」
「あの赤いジャンパーの人、昨日俺達の護衛をしてた人じゃないか?」
「……確認しました。チトセの言う通りデス」
なんてこった……。
別に親しかったわけじゃないが知り合いがこんな事になるとやっぱり悲しいぜ。
トウの奴は無事なんだろうか?
って、人の事心配してる場合じゃねえよな!
ゾンビの後方にある部屋のドアが開き、新たなゾンビが現れた。
「おいっ!どんどん増えてくるぞ!」
「じゃ、さっさと終わらせるか」
シェーラが魔物との距離を詰めるとパンチを放った。
しかし、魔物はその攻撃をかわした。
「速いっ⁉︎コイツ、他と違うのか⁉︎」
だが、俺と違ってシェーラはそれも想定内だったようで慌てる事なく、魔物の一撃をかわす。
そしてさっきより速く、強烈な蹴りをその頭部に放つ。
今度の一撃は狙い違わず魔物の頭部に命中した。
魔物の頭が砕け散った。
「あ、やっぱ大した事なかったわ」
「お前、強いな」
「ま、それほどでもあるな!」
「急ぎましょう!」
本来は階段へ繋がるドアを開けるのにも認証が必要だったが、これもオフになっていた。
シェーラがドアを開けると真正面に赤いジャンパーを来た乗員がこちらに背を向けて立っていた。
「おい」
乗員はシェーラの声の反応し、ゆっくりとこちらを振り向く。
やはりゾンビだった。
「あ、あぁぁ……」
ゾンビは最初、手にしたスマホを操作しようとした。
だが、使い方を忘れたのかスマホを捨てると緩慢な動きでシェーラに摑みかかった。
シェーラはその手をかわし、容赦なくゾンビの頭を打ち砕いた。
「さ、行くぞ」
シェーラが階段を上がる。
俺はゾンビが捨てたスマホを拾おうか迷った。
「どうしました?」
「この人も魔法使いなのか?」
「わかりません。全ての戦闘職の方が魔法を使えるわけではありません」
「そうか。でももし、この人が魔法使いならこのスマホで魔法が使えるかもしれないんだよな?」
「それはありえません」
「そうなのか?」
「EMUは全て専用機デス。本人しか使用できないのデス」
「EMU?魔法を使うための装置はEMUっていうのか?」
「そうデス。仮にそのスマホがEMUだったとしても彼以外は使うことが出来ません」
「そうなのか」
やっぱ簡単には魔法使えないか。
「あと、あまりゾンビが触れた物には触らない方がいいデス。ゾンビになった原因がわかっていないのデスから」
「そ、そうだな」
確かにシエスの言う通りだぜ。
映画のように噛まれるだけじゃなく、接触するだけで感染することがあるかもしれない。
俺はこんなとこで死ぬわけにはいかないんだからな。
ん?待てよ。
「シェーラは大丈夫なのか?さっきから殴ったり蹴ったりしてるぞ?」
「彼女は自身に魔法を張ってますから大丈夫だと思います」
「ああ、あれはシールド代わりにもなるのか。便利な魔法だな」
上からシェーラの怒鳴り声が飛んで来た。
「何遊んでんだ⁉︎さっさと来い!」
「悪い!今行く」
俺は先を歩くシェーラに声をかけた。
「シェーラ」
「ん?」
「今更だけどよ、その、マリはショック受けたりしないのか?」
「何に?」
「あー、いや、その、ゾンビとはいえ、人を、その……」
「ああ、そういう事か。さあな」
「さあなって、」
「俺達はお互いの行動を知っている、が、それをどう思っているかなんてわからん」
「そうなのか?」
「だが、生き残るためにはそうしないとダメな事はわかってると思うぜ」
「そうかもしれないが」
「それともお前が俺の代わりに戦うか?」
「そう思ってもその力がない」
「ははは!まあ、力があっても譲らねえけどな!」
シェーラは笑顔で言った。
階段を上がる途中で二体のゾンビと遭遇したがシェーラは難なく撃退した。
「ボクの出番がないデス」
「いい事じゃないか。戦わないで済むならその方がいいぜ」
「そうデスが、」
「お前も魔法を使えるのか?」
「使えません」
「む?じゃあ、お前はどうやって戦うんだ?」
「この鍛え抜かれた体で、デス」
とシエスは腕を曲げ力こぶを作る。
が、大したことはなかった。
「全然説得力ないぞ」
「大丈夫デス。ボクは筋肉の質で勝負、デス」
「じゃあ最初から力こぶなんか作るなよ」
「お前ら、余裕だな」
「そんなわけないだろ」
と言ったものの、実際はシェーラの言う通りかもしれない。
最初こそゾンビと遭遇して恐怖を感じたが、今はもう何ともない。
ゾンビの動きが緩慢で数で来られない限りそれほど脅威ではないとわかったからかもしれない。
それにシエスはともかく、にゃっくがいるし、ケロロもあるしな。
「俺、案外適応性が高いのかもな」
「あるいは鈍いか」
「鈍くはない!」
「ははっ!お、ドアが見えたぞ!」
「あれが駐車場へのドアデス」




