119話 アンデッド
「お待たせしました」
そう言ってシエスが俺に渡したものはスマホだけではなかった。
ワイヤーのようなもので、これには見覚えがあった。
「クララか⁉︎」
細かな違いはあるもののキリンさんに回収されたクララにそっくりだった。
だが、
「違います」
「何?クララじゃないのか?」
「はい。これは“クララ”で得られたデータを元に再設計された戦闘用アクティブ・ワイヤー、“ケロロ”デス」
「ケロロ?」
「はい、当初“クロロ”と“ケロロ”で意見が分かれましたが投票の結果、僅差でケロロに決まりました」
「そうか」
「……たったそれだけデスか?」
「は?」
「たったそれだけなんデスか?」
「それだけって、他に何言えってんだよ?その二つの名前有名なのか?俺は聞いた事ないぞ……って何ため息ついてんだよ⁉︎」
「ぷーこ様は言うに及ばずあのセリスだってもう少しマシな反応をすると思うのデスが」
やっぱり名前はそっちから来てんのか。
「いや、その二人と比べられてもな。俺オタクじゃねえし」
「確かにロリコン趣味の方に期待したボクがバカでした」
「誰がロリコンだ!」
「そんな事より動作確認をお願いします。スマホとケロロとのアクティベーションは済ませておきました」
「お前が言い出したんだろうが!」
ともかくだ、
これで俺も多少なりとも自分の身を守る武器を手に入れることが出来たってわけだ。
前のレイマとの戦いで生き残れたのは間違いなくクララのお陰だから心強ぜ。
ケロロのアプリを確認すると前回俺が組んだスクリプトが既に入っていた。
「俺が組んだスクリプトが入ってるぞ」
「さっきボクが入れました。パラメーターもクララの時と同じになるように調整しました」
「そうか、って、なんでそんな事まで知ってんだ、お前?」
「それはボクがデキる人間だからデス」
「理由になってないがまあいいや」
簡単に一通り動作確認してみると確かにクララの時と同じ動きをした。だだし、反応速度は明らかにクララより速くなっている。
「問題ないな。前より良くなってる」
「クララとは違いますからね、クララとは!」
シエスがなんか勝ち誇った顔をした。
恐らくまたまんがかアニメの言い回しをしたんだろう。
ぷーこや新田さんならわかったんだろうが、俺はわからんので今回も無視した。
「お、アンテナ立ってるじゃないか。早速電話していいか?」
とにゃっくが俺の頬を肉球で突いた。
ほぼ同時に、
ドン、ドン、ドン
と部屋の外からドアを叩くような音が聞こえた。
「……誰だ?」
シェーラの問いかけに相手は答える事なく、
ドン、ドン、ドン、
と再びドアを叩く。
「誰だって、聞いてんるだ!」
シェーラの怒鳴り声の後、
「ああ、あぁぁあ……」
言葉にならない声が聞こえて来た。
このシチュエーションには覚えがあるぞ。
「おい、外の奴、ゾンビ、とかじゃないよな?」
ゾンビ。
かつてはロールプレイゲームにおいてのやられ役、ただの下っ端だった。
だが、あるゲームが世界的に人気になるとその存在はただのやられ役ではなくなった。
一時はゾンビ映画ばかり作られた程だ。
俺はこの手の映画は嫌いじゃない。
だが、それはあくまでも映画だからだ。
現実で会いたいなんて思った事は一度もない。
「開けてみればわかるぜ」
嬉しそうな顔でシェーラが言った。
「いや、でもな。他に出口はないのか?」
シエスにダメ元で聞いてみると、
「ありますよ」
「あるのかよっ⁉︎」
シエスの指差す方向に非常口を示すマークの入ったドアがあった。
そのドアには赤い塗料がへばりついていた。
間違いなく血だな。
「……嫌な予感しかしねえ。あの先はどうなってんだ?」
「わかりません。ボクにわかるのはあくまでマップに描かれていた場所だけデス」
「この船全てを知ってるってわけじゃないって事か」
「はい。それでどうしますか?」
「さっさとしろよ!」
「え?俺が決めるのか?」
「文句ばかり言いますので」
「人をクレーマーみたいに言うな!」
「決めねえならこっち開けるぞ!」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
どうする?
あのドアを開ければ間違いなく戦闘になる。それは間違いないだろう。
じゃああの非常口の先は安全なのか?
もっと強い魔物がいるって事もあるんじゃないか?
……くそっ、どれが正解なんだ⁉︎
正解がないなんて事は無いよな⁉︎
と、非常口の向こうから何かの音が聞こえて来た。
「シエス、この音なんだと思う?」
「……おそらく……」
シエスが答える前にドアノブが左右に動いた。
どこかぎこちない動きだ。
「……ドアを開けようとしていますね」
「ああ」
相手は不器用なのか、なかなかドアを開けることができないようだ。
じゃあ、こっちから開けてやるか、とは思わない。
逆にドアが開かないように押さえようか、と考えたくらいだ。
「シェーラ!」
「なんだ?突撃するか?」
「しない!そっち鍵かかってるよな?こっち来てくれ……やばい気がする」
三人と一騎が見守る中で、非常口のドアがゆっくりと開いた。
「‼︎」
そこに現れたのは青いジャンパーを着た乗員だった。
首元を何かに食いちぎられており、その傷は明らかに致命傷だ。
普通なら自分の力で動く事など出来ない筈だがその乗員は誰の手も借りず動いていた。
その目は濁っており、口からはヨダレか何かわからないものを垂らしていた。
首元以外にいくつもの深い傷があったがどれも出血は止まっているようだった。
「ほ、本当にゾンビかよっ⁉︎」
俺の声に反応して濁った目が俺を見た。
本当に見えているのかはわからない。だが、そいつが俺の存在に気づいたのは確かだ。
「あぁぁあああああ!」
ゾンビが俺に向かって来た。その手が俺に伸びる。
「うわっ⁉︎」
俺は慌てて後ろに下がる。
幸い、このゾンビの動きは鈍かった。
ゾンビの伸ばした腕ににゃっくがちょんと乗った。
にゃっくの存在に気づいたゾンビがにゃっくを捕まえようとするがその手は尽く空を切った。
にゃっくはジャンプするとゾンビに猫パンチを放った。
まだ届く距離ではなかったが、その直後、ゾンビの首が宙を舞った。
にゃっくは皇帝拳を使ったのだ。
首を失った体がゆっくりと倒れる。
切断された首から血はまったく流れなかった。
「あぁぁぁ……」
床に落ちた首はまだ生きていた。
いや、既に死んでいるんだから生きてる、っていうのはおかしいか。
首だけになってもモゾモゾと動き、俺に向かって来ようとする。
「マ、マジかよ⁉︎」
シェーラがその頭を踏み潰した。
グロッ!
「お前、もう少し……」
「また来るぞ」
「へ?」
シェーラの言う通りだった。
ドアから新たなゾンビが顔を出した。
「ド、ドアを閉めるぞ!」
「ああ、どうすりゃいいんだよ?」
この研究室の出入口は二つ。
その二つともその先にゾンビが待ち構えている。
助けをここで待つか、どちらかのドアから脱出するか。
だがどこへ向かう?どこが安全なんだ?




