118話 ダブル
魔物もマリ?に向かって襲いかかる。
魔物は狼に似ていたが狼じゃない。
俺は狼に詳しいわけじゃないが、頭に二本の角を生やしていないことは確かだ。
狼もどきが凶悪な口を大きく開けマリ?を食い殺そうとする。
が、マリ?はそれをかわすと逆に狼もどきの横面にパンチを叩き込んだ。
「ガァァァ!」
狼もどきが悲鳴を上げながら吹っ飛んでいった。
「マジかよ⁉︎なんだよそのバカ力は⁉︎」
……ん?
よく見ればマリ?の全身が薄っすらと赤く輝いていた。
にゃっくや新田さんがラグナを纏った感じに近いな。
もしかして魔法?……いや、それしかないよな!
「オラオラ!これで終わりかよ⁉︎俺を失望させんなよ!」
マリ?が放った蹴りが魔物の腹部を直撃した。魔物は天井にぶつかり、落下した時には既にこと切れていた。
「あれは身体強化か何かの魔法だな?」
「はい、“シェーラ”は近接戦闘が得意な魔法使いなのデス」
「シェーラ?」
「……」
「おい、何黙ってんだよ?何“しまった”みたいな顔をしてんだ?」
「……そんな顔してませんよ?」
「してんじゃねえか」
そこへマリ、いやシェーラ?が戻ってきた。
「ちぇっ、あいつ一匹だけかよ。つまんねえな」
「おい、シェーラ」
「んだよ?って、なんでお前俺の名前知ってんだ?……って聞くまでもないか」
シェーラがシエスに舌打ちをした。
「ボクだけのせいではありません。あなたが突然出てくるからデス」
「んだと⁉︎バラされてえのか、てめえ!」
シェーラは鬼の様な形相でシエスを睨む。
「ボクは事実を言ったまでデス」
「って、俺の後ろに隠れんじゃねえ!お前、俺の護衛だろ!」
「シェーラは対象外デス」
「アホか!」
シェーラは今にも攻撃してきそうな程怒っていたはずだが、突然その表情が呆れ顔に変わった。
「まあ、言っちまったもんはしゃーないな。さ、先へ行こうぜ。今度はもっと手応えのある奴出てこねえかな」
「いや、俺はこれ以上は遠慮したい」
こいつ感情の波が激し過ぎるな。マリとは正反対だぜ。
エレベーターを出て右に進む。
途中ドアが半開きになった部屋があったので中を覗こうとすると、
「そこには食い散らかしがあるぜ」
シェーラの言葉の意味をすぐに理解した。慌てて覗くのをやめた。
「な、何人くらいいた?」
「さあな。多くて三人くらいだな」
ここにいたということは技術職だったのだろうか?
「さっきの奴にやられたのかな?」
「“も”いたかもな」
も?
「それはまだ魔物がいるって事か?」
「ああ、明らかに奴にやられたのとは違う傷があったからな。この階にまだいるかは知らんけどな」
「そ、そうか」
通路の突き当たりのドアは今までのものとは異なり頑丈そうに見えた。
ドアは閉まっていたが鍵がかかっているかまではわからない。
そのドアには赤い、間違いなく血だろう、が飛び散っている。
「この先が魔物の牢屋っぽいな」
「はい、マップ上でもそうなっています」
「は?研究室に向かってたんじゃないのか?」
「俺は場所知らん」
「じゃあなんで先頭歩いてたんだ!おいシエス!お前は知ってたんじゃないのか⁉︎」
「皆さん知ってて向かってるものと思ってました」
「なんでそうなる⁉︎お前、ほんとダメダメだな!」
「失礼デスね」
「よしっ、いっちょやるかっ!」
ドアノブにシェーラの手が伸びる。
「ちょ、ちょっと待て!お前開ける気か⁉︎」
「あったりめえだろ!この状況じゃ下手に生かしておいたほうが危険だ」
「お前はただ戦いたいだけだろ!」
「向こうの戦力が不明な状態で戦うのは危険デス」
「うるせえな!俺は戦い足りねえんだよ!」
「やっぱりか!」
結局、シェーラは俺達の説得に渋々従った。
シエスの言った、「マリに何かあったらどうするのデスか?」が効いた様だ。
研究所は正反対、つまりエレベーターを降りて左に向かった先だった。
俺達は来た道を戻り研究室のドアの前まで来た。
幸い新たな魔物に出くわすことはなかった。生存者に会うこともなかった。
「魔物、いないよな?」
「そんなもん入ってみりゃわかるだろ!ほれっ千歳さっさと開けろ」
「俺がか?」
「あったりまえだろ!それとも俺とフォワード代わるか?」
「そんなもん無理だろ!」
「だろ?ま、やるって言っても譲らねえけどな」
シェーラとシエスが突入の構えを取る。にゃっくも俺の肩の上で身構えているようだ。
俺はゆっくりとドアノブを回す。
鍵はかかっていなかった。
俺がドアを開けると同時にシェーラが中に飛び込んだ。その後をシエスが続く。
俺とにゃっくはしばし部屋の前で待機だ。
「入ってきていいデスよ」
シエスの声を聞き俺達は慎重に中に入った。
「誰もいないのか……ぐ」
異臭のする中、グロいモノが目に入った。
人の腕だ。
袖が青いので技術職だったようだ。
「お、おいシェーラ……」
「ドア閉めとけよ」
「あ、ああ。い、いや、そうじゃなくて……」
「ああ、あっちこっちに食い散らかしがあるぜ」
言うのが遅えよ!
くそ、吐きそうだ。朝飯なんか食うんじゃなかったぜ。
俺はなるべくそれらが視界に入らない位置に立ち待機する。
部屋の中は血の臭いが充満して非常にきつい。
早く出たいぜ。
と言っても流石に俺とにゃっくだけ部屋の外で待機というのも危な過ぎるしな。
「シエス、どうだ?まだ見つからないか?」
「ちょっと待って下さい……あ、これデスね」
「あったか!」
「はい」
「じゃあ早くここ出ようぜ」
「ちょっと待って下さい」
「どうした?何か問題か?」
「いえ、いいものを見つけました。すぐ済みますのでもうちょっと待ってください」
「お、おい……」
シエスは何やら作業を始めたようだ。
俺の事は無視かよ⁉︎
「魔物いねえじゃねえかよー。あー、つまんねえなあ」
シェーラが頭の上で腕を組みながらやってきた。
「なあ、みんなやられたのか?」
「どうだろうなぁ。もともとここにどれくらいいたのか知らねえし」
「そうか。そうだよな」
あ、そうだ、こいつに聞きたいことがあったんだった。
「なあ、シェーラ」
「ん?」
「お前とマリはどういう関係なんだ?」
「おお?お前、俺にも興味があるのか?ホント見境なしだな!」
「違うわ!お前は、その、二重人格ってわけじゃないよな?」
「なんだ、そういう事か」
「で、どうなんだ?」
シェーラがニヤリと笑った。
「どうしてそう思った?」
「どうしてって、うまくは言えないが、お前とマリはその、波長?オーラ?いや、やっぱりうまく説明できないが、何か違うんだ。そう感じる」
「感じる、ね……お前、面白いな」
「で、どうなんだ?」
「ま、言ってもいいか。お前のいう通りだ。俺とマリは二重人格じゃねえ。全くの別人だ」
「それってどういう……」
「俺はマリの体を借りてるんだ。いわゆる二心同体ってヤツだ」
「二心、同体?」
「俺は向こうの世界の人間なんだ。お前らのいうネバーランド号事件、で俺は自分の体を失い、漂っていた魂がマリの体に入り込んだんだ」
「魂……体がないのに記憶は残ってるのか?」
「ああ。もちろん全部じゃないぜ。というかほとんどない。思い出せないだけなのか、本当に失ったのかはわからないがな」
「魂にも記憶が残っているってことか?」
「そうらしいぜ。俺は専門家じゃないから詳しい事は知らんがな。でだ、俺がこうやって出てこれるのはマリの能力のおかげだ。この能力は“ダブル”っていうらしい」
「ダブル……」
もしかしてアヴリルもぷーこと……“ダブル”なのか?
あの二人と同時に会った事はないしな。
……だとするとぷーこもネバーランド号事件の被害者だったのか?




