114話 境界を渡る船
支給されたジャンパーを着てみた。
サイズは問題ないし、思ったより軽い。暑いかと思ったがそうでもない。
壁に設置された鏡で確認してみる。
「結構似合ってるじゃねえか。なあ、にゃっく?」
にゃっくは無言だった。
まあ、それはいつもの事か。
お、マントの色が赤って戦闘職ぽくって丁度いいな。
一通り室内の設備を確認し、時間になったので部屋を出ると既にマリが自分の部屋の前に立ってゲームをしていた。
シエスが言っていた通りマリも青いジャンパーだった。
俺と同じでTシャツの上に着たようだ。下も俺と同じでジーパンだ。
一瞬、こちらを見たがすぐにゲーム機に視線を戻す。
俺の護衛なんだよな?
それでいいのか?
護衛といえば、シエスの奴遅いな。
待ち合わせ時間を五分ほど過ぎたところで俺はシエスの部屋のドアをノックした。
「おい、シエス、時間過ぎてるぞ」
ドアが開き、シエスが現れた。
「遅いぞ」
「すみません、なかなかフィットしなくて」
そう言って現れたシエスはあの盾を背負っていた。
「フィットしないってその盾か?」
「そうデス」
「それ、持っていくのか?」
「当然デス」
「……まあいいけどよ。で、どこに行くんだ?」
「船長に挨拶デス」
「わかった」
エレベーターに乗るとボタンの上に設置された約五センチメートル四方の黒い枠に親指を除く四本の指を当てる。
すると今まで消灯していた四階ボタン、いや、地下三階を除く全ての階のボタンが点灯した。
シエスは四階ボタンを押した。
どうやら黒い枠はセンサーらしいが、四本も必要なのか?
「船長室は四階にあるのか?」
「はい」
「俺がそのセンサーに指当てたらどうなるんだ?」
「登録されていないので何も起こりません」
ま、そうだろうとは思った。
「お前はこの船初めてじゃないんだな?」
「いえ、初めてデス」
「そうなのか?にしては迷わず来てるよな」
「ふふ。やっとボクの優秀さに気づきましたか」
「あー、そうか、メモリにこの船のマップがインプットされてんだな」
「ボクは人間デス」
「で、マリはどうなんだ?」
「……」
返事はない。ゲームに夢中だからだ。
歩きながらのゲームは危険だぞ。
それ以前にそれで本当に俺の護衛務まるのか?
それだけこの船は安心ということなのか?
「よく来たね」
船長は笑顔で俺達を迎えた。
年は父と同じくらいか。
船長は赤いジャンパーを着ていた。
ただし、俺達のものとはデザインが異なる。それに左胸に階級章を示す?バッチがつけられていた。
「私はこの船、“境界を渡る船”の船長、桐生だ」
変な名前の船だな。
「ボクは王子シエス、デス」
「……上原マリ」
「進藤千歳です。よろしくお願いします。あ、この肩に乗ってるのはにゃっくです」
「ああ、よろしく」
船長が俺達をじっと観察する。
俺を観察しているのが一番長かったような気がする。
「あ、あの、何か?」
「いや、すまない。キリンがわざわざ呼び寄せた君達にちょっと興味があってね」
「はあ」
「早速だが、進藤君、カードを持っているね?」
「え?あ、部屋のカードキーのことですか?」
部屋に入った時にシエスに渡されたカードを取り出す。
中央にアルファベットの“J”、その下に俺の名前、右上にカード番号と非常にシンプルなものだった。
「既に説明を受けていると思うがそれは身分証だ」
いや、初耳ですよ。ただの部屋のキーだと思ってたよ。
まあ、キーにしては部屋番号書いてないし、中央の“J”の文字はちょっと気になってたけどな。
「カードに書かれている通り、君達三人はJチームだ。航海中だけでなく、暗出島でもチーム毎に行動することになる」
「ということは俺…私達は三人なんですか?」
「航海中は、だな。暗出島に上陸した後は少なくともキリンがリーダーとして合流するだろう。その時更にメンバーが追加されるかもしれないが私にはわからない」
「そうですか」
「航海中はボクがリーダー代理デス」
「そうか」
ま、今まで仕切ってたからそうだとは思ったけど、スッゲー不安だぜ。
「気をつけなければならないのは、任務内容はチーム毎に異なり、その内容は決してチーム外の者へは話してはならない、という事だ。当然他のチームの任務内容を聞く事もだ」
「は、はい」
「とはいえ、君達自身まだ任務内容は知らされていないと聞いているからあまり気にすることはない」
「は、はあ」
「進藤君、肩の力を抜きなさい。今からそんなに緊張しては身がもたないぞ。二人を見なさい。君と同じで暗出島に行くのは初めてなのに全く緊張していないぞ」
いや、この二人と一緒にしないでくれ。
それに緊張なさすぎも問題じゃないか?
特にマリなんか隙あらばゲームやろうとしてるぞ!
「今のところ航海は順調だ。このままいけば予定通り明日の昼過ぎには暗出島に到着する。それまで船内の施設は自由に使ってもらって構わない。詳しくは部屋にあるタブレットを見てほしい」
「はい、ありがとうございます」
さっきチラッと見た限りだと映画館、ジム、プールなどの施設もあるようだった。
ちょっとしたクルーズ船だ。
「ただし、この船には立ち入り禁止区画があるので近づかないようにね。と言ってもロックがかかってるから入る事は出来ないがね」
そう笑顔で言った船長の目は笑っていなかった。
「は、はい」
「何か質問はあるかな?答える事が出来る事とできない事があるがね」
二人の視線を感じる。
俺の返事待ちってか。
「あの、電話はいつまで使用できないのでしょうか?」
そう、この船に乗船してからもアンテナは一本も立っていなかった。試しに電話かけてみたが、やはり通じなかった。
「ああ。申し訳ないが、君が個人で使用しているものは今回の任務が終了するまで使用できない」
「そうなんですか?でも、あの、それだと親が心配するかもしれないんですが?」
実際は親よりも俺の可愛い妹だ。
俺のことが心配で不眠症になってしまうかもしれない!
「それは心配ない。君専用のスマホを準備している」
「そうなんですか!ありがとうございます!」
「本来なら乗船時に渡すはずだったのだが、調整に時間がかかっているらしい。調整が終わり次第届けさせるのでそれまで我慢してほしい」
「はい」
よかったぜ、と思ったのだが、
「ただし、会話内容は全て記録される」
「は?」
それって盗聴?いや、前もって説明されてるから盗聴ではない?……ってそうじゃないだろ!
「それって…」
「済まないが、こちらの情報を不用意に第三者に知られては困るからね。場合によっては強制的に遮断することもある。我々が向かっている島はそれほど組織にとって重要だということだ」
「そ、そうですか」
ま、まあ、別に聞かれて困るような話はしないだろうし、問題ないか……ちょっと待てよ。
「あの、ということはメールも?」
「そういうことだ」
いや、まあ、メールも変なこと書くことはないと思うが、行動を監視されてるようで嫌だな。
「他にはないかね?」
「あ、はい。お前達は?」
「特にないデス」
「……ない」
「では短い間だが船旅を楽しんでくれたまえ」
いやいや、電話やメールが筒抜けと聞いてはとてもそんな気分になれねえよ。
「一通り船内を見て回りますか?」
「おまえ、施設の場所とか覚えてんのか?」
「当然デス」
「さすがロボット」
「ボクは人間デス」
「……その掛け合い、飽きた。面白いとでも思ってる?」
マリが珍しく自分から話し出したかと思えば、またもや俺ヘの精神攻撃だった。
お前、俺の護衛だよな?俺の聞き違いじゃないよな?
「いや、別にそんなつもりは全くないぞ、な?」
「え?そうなんデスか?」
なんてこった……。
俺、真面目に言ってたんだが誰にも伝わっていなかったようだ。




