111話 ウリエル捕獲される
「ちぃにぃ!げっと!げっとぉ!」
俺の可愛い妹がそう言って帰宅した俺に見せたのはマントを着けた子猫だった。その子猫、いや皇帝猫を俺は知っている。
俺の可愛い妹を影ながら護衛していたウリエルである。
ウリエルは俺と目が合うと済まなそうな表情をした。
「どうしたんだ?」
「あのねえ、おうちのね、おそとにね、いたの!ばっ、てね、つかまえたのっ!」
どうやらウリエルは俺の可愛い妹の護衛を終えて帰ろうとしたところを見つかったようだ。
護衛任務に慣れて油断したんだろう。
ウリエルが本気を出せば逃げることも可能だっただろうが、道路で追いかけっこなど危険すぎる。ウリエルは俺の可愛い妹が怪我でもしたら大変だと思い素直に捕まったんだと思う。
俺の可愛い妹はこうと決めてたらまっすぐ突き進む強い意志を持っているからな!
そういや、にゃっくの時もそうだったか?
ちらりとにゃっくを見ると、ふっと顔を逸らした。
「すごいな」
「えへへ」
「でもきっと飼い主がこの子を探してると思うから返さないとな」
俺の可愛い妹が悲しそうな顔をする。
ぐ、そんな顔をするなよ。
「でもね、でもね、うーちゃんはあたしのことすきだって!いっしょにいたいって!」
「いやそれは誰もが思うことだぞ……って、うーちゃん?もうその子に名前付けたのか?」
「んーん、うーちゃんがそう言ったんだよ!」
「何?」
ウリエルは人の言葉を話すのか?いや、いくら皇帝猫でも流石にそれは……実際に話したんじゃなくテレパシー的なものじゃないか?
俺は試しに心の中でウリエルに話しかけてみるが届いた様子はない。
じゃあ、俺の可愛い妹の方が特別な力を持っている、とか?
……十分ありえるな。
俺の可愛い妹の可愛さは普通じゃないからな!
「千歳、ちょっと」
俺が妹に心の中から話しかけようとしたときだ、母さんが不機嫌そうな顔で俺を手招きした。
「なんだよ?」
「言う事あるでしょ?」
「何をだよ?」
「あの子、ウリエルでしょ?」
母さんがウリエルのことを知ってるのは前に写真を渡したからだ。それに今ウリエルがつけているマントは母さんが作ったものだから誤魔化しようがない。
「そう、だな」
「ちゃんと飼い主に返して来るのよ」
「ああ」
「間違ってもみーちゃんの時みたいに有耶無耶にうちの子にするってのはなしよ」
「有耶無耶にしてねえよ。まだあいつの頭が治ってねえんだよ」
「治る見込みはあるの?」
俺もだが、母さんもすっげー失礼だな。
だが言い返せん。
あれは一生治らんと俺は思っているからな。
「七海、うーちゃんを飼い主のとこに返しに行こうな。お兄ちゃん、飼い主知ってるんだ。な?」
「いや!うーちゃんはうちのこになるの!」
「母さん、説得は無理だった」
「早っ!あんた、諦め早過ぎよ!」
「いや、七海の意志は固い。これは飼い主の方を説得する方が早いと思う」
「バカ言ってないで返してきなさい!ほらっ、七海もお兄ちゃんに猫を渡しなさい!」
「ちぃにぃ……」
俺の可愛い妹が俺に助けを求めてる!
やばいぞ!
ここで期待に応えねば俺の可愛い妹の大好きランキング一位から転落する!
父よりも落ちるかもしれん!
それは絶対に阻止しないとっ!
「任せろ、七海!お兄ちゃんが飼い主説得してくるぜ!」
「は……?ちょ、ちょっと!こらっ!千歳!誰もそんな事言ってないでしょ!」
「ちぃにぃ、がんばれ!」
「おう!任せとけ!」
俺は俺の可愛い妹の声援を受け家を飛び出した。
え?他にもなんか聞こえなかったかって?
聞こえんなあ!
俺は全速力で喫茶店ねこねこねに向かった。
珍しく店内にいた自称看板ウェイターのシエスに事情を説明する。
「……と言うわけでウリエルは家に住むことになった。文句はあるか?」
「いえ、ボクは別に構いません。もともとウリエルさんはチトセグループの一員ですから」
「そうか。じゃあ、そう言うことで」
「ちょっと待って下さい」
「なんだ?」
「暗出島の件で話があります」
「ああ。メンバーは決まったのか?」
「はい。待ち合わせ等も後でメールで連絡があると思います」
「そうか」
「それでチトセグループからは誰が参加されますか?」
「ん?ちゃんとは確認取ってないがにゃっくは来るだろうな。闇皇帝の件でなんかぴりぴりしてる感じがするんだ」
「なるほど。他は?」
「ウリエルは引き続き妹の護衛だろ。みーちゃんは自作パソコンに夢中だからたぶん来ないな」
「ということはにゃっくさん一騎だけデスか……」
「なんだ?何か問題あるか?」
「いえ、そう言うわけではありません」
「なんかはっきりしねえな。言いたいことがあるならはっきり言えよ」
「いえ特にないデスよ」
怪しい。
しかしシエスはそれ以上話すことはなかった。
帰りも全速力で家に向かった。
朗報を一刻も早く俺の可愛い妹に知らせないとな!
「七海、うーちゃんとはずっと一緒に暮らせるぞ!」
「やったー!ありがとう!ちぃにぃ大好き!」
駆け寄ってきた俺の可愛い妹を抱きしめる。
む、俺の可愛い妹が抱いているウリエルがちょっと邪魔だぞ。
「……」
俺に向かって冷たい視線を向けるものがいた。
言うまでもなく母さんだ。
「ほ、ほらっ、俺、探偵の研修で一週間出かけるだろ?そのときにゃっくを連れて行くからさ、七海、俺達がいないと寂しがるだろうし」
「……」
「母さんだってウリエル気に入ってるだろ?」
「それはそれよ。可愛いからって何でも受け入れたら今にこの家は猫屋敷になるわよ」
「これで最後だよ」
「……千歳、あんたそろそろ一人暮らしでもしてみたら?」
「は?」
「そこで好きなだけ猫でも犬でも飼いなさい」
「無茶言うなよ。七海だって今の幼稚園に慣れたところだ。引っ越す場所によっては幼稚園を変えることに……」
「あんた一人出て行けって言ってんのよ!」




