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にゃっく・ザ・リッパー  作者: ねこおう
運命の迷宮編
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109話 家を探そう

 ゴールデンウィーク間近の日曜日、俺達は不動産屋に向かっていた。

 俺達、というのは皇バカ夫婦と新田さん、そしてにゃっくだ。皇バカ夫婦が親元から離れて二人で暮らす事を考えていたが、二人だけで物件を見に行くのは不安なのでついてきてほしいと頼まれたのだ。

 にゃっくは俺が玄関に向かうと待機してた。

 闇皇帝の事をみーちゃんから聞いて俺の護衛につくつもりなのか。そのポーカーフェイスからは読み取れない。


「お前ら、家借りるって言っても家賃とか払えるのか?親のすねかじりか?」

「失礼ね!」

「まあまあ。否定はしないけど僕達だってバイトしてるし。二人で折半すればどうにかなるかな、って思ってるんだ」

「え?二人とも?」

「何よ、その意外そうな顔は?」

「あ、いや、接客業は絶対違うよな?」

「……せりす、こいつ殴っといて」

「後でね」

「何でだよ?」


 本当に正直者がバカを見る時代になったぜ。

 違うか。


「でもよかったよ」

「何が?」

「いや、進藤嫌がるかなってちょっと不安だったんだ」

「まあ、確かに最初はネットで探せばいいだろう、と思ったが、周辺の治安も気になるよな。それに俺達が探す時の参考にもなるからな」

「え?俺達って……」

「あ、進藤君はともかく、私は本当に興味本位だから!」

「やーい、ちいと振られた!」

「は?このバカ嫁は何言ってんだ?」

「だ、誰がバカ嫁よ⁉︎」

「あ、悪い、本音が出ちまった。最近つい出ちまうんだよな。バカよ……つかささん、今のは聞かなかった事にしてくれ」

「忘れないわよ!絶対後で後悔させてやるわ!」


 うーむ、更にバカ嫁のヘイト値を上げてしまったか。

 まあ、別に困らんけど。


「まあまあ、つかさちゃん。進藤のいう二人ってまさか……」

「妹に決まってるだろ。俺は今から妹が通うに値する小学校選びを始めてんだ。幼稚園は親が勝手に決めたからな」

「……それ、普通でしょ?」

「まあまあ。それ議論すると面倒になるから」

「なんか言ったか?」

「何でもないよ」

「なんか気になるが、ともかくだ!妹が通うのに最も適した小学校が区外にあるなら引越しする必要があるだろ?」

「「「……」」」


 ん?

 俺は何か間違ったこと言ったか?

 いや、言ってないよな?


「……絶対選択誤ったわよ、せりす」

「……まあ、こういう人だって知ってるから」



 俺達が向かったのは師走駅側にある不動産屋だ。

 そこを選んだのは二人の実家にも大学に通うにも便利だからだそうだ。

 引っ越しても飯とかは今まで通り実家で食う気かもしれんな。

 あるいは喧嘩した時すぐ実家に帰れるからか。


 俺達の対応をしているのは四十歳くらいの体格のいい男だった。はっきり言えば太ってる。

 物腰が柔らかく、その笑顔は高確率で営業スマイルのはずだがそう思わせない。


 ……この店員、出来るな。


「四人でシェアする事考えていますか?」

「借りるのはこの二人で、俺達は付き添いです」

「僕達夫婦で住む家を探しているんです。まだ学生なんであまり多くは出せませんが、二K以上で、築年数が浅くて駅に近いところがあれば」

「徒歩十分圏内!あ、“黒い悪魔”がいないところで!」

「“黒い悪魔”ってゴキブリですね。それはなんとも言えませんが予算は如何程で?」

「とりあえず六万くらいで」


 物件検索の条件を入力していた手が止まる。


「それは……難しいかもしれませんねぇ。今の条件の家賃相場は九万円を超えますから」

「ですよねぇ」

「今、ペットは飼っていますか?あるいは飼う予定がありますか?」


 店員が俺の肩に乗るにゃっくを見た。


「これは俺ん家の猫です」

「ペットは飼う予定はないです」

「そうですか……今の条件ですと……あ、お客様のご希望に合う物件が一つございます。黒い悪魔は除いて、ですが」

「本当ですか⁉︎」


 マジかよ?

 結構無理言ってなかったか?


 店員が紹介したマンションは師走駅から徒歩八分のところだった。

 オーナーに確認をとったところ、今から見学ができるというので見に行くことにした。



「……へえ、いいじゃないか」

「うん、いいわね」


 紹介された物件は築三年、十二階建てのマンションで四階の角部屋だ。部屋の広さは二DK、オール家電でセキュリティもしっかりしてる。駅に近い事もあり、この条件だと家賃は九万以上するという話だったが、紹介された部屋は敷金礼金なしで月五万円だった。明らかに安すぎる。


「事故物件じゃないって話だったが本当か?」

「一度入居すると事故物件じゃなくなるって話、前に何かの番組で聞いたことあるわ」

「せりす!変な事言わないでよ!」

「ごめん」

「まあまあ、部屋自体にちょっとした欠陥があるのかもしれないよ」

「とりあえず見てみようぜ」



 俺達がマンションの玄関に近づくと見るからに偏屈そうなばあさんが現れた。年はうちのばあちゃんくらいか。


「……あんた達かい?私のマンションに住みたいってのは?」

「あ、はい。もしかしてあなたがこのマンションのオーナーなんですか?」

「ああ」

「とても綺麗なマンションですね」

「世辞なんかいらないんだよ。最初に言っとくよ。私は気に入った者にしか部屋は貸さない。だからわざわざ私自身が案内してんだ。ちょっとでも気に入らないところがあったら見学はそこで終いだ。部屋は貸さない。わかったね⁉︎」

「「は、はい」」


 うむ、見た目通りのばあさんだな。

 皇夫婦、ばあさんの迫力に押されてんな。

 だが、これで家賃が格安な理由がわかった気がする。

 この辺りの家賃相場じゃばあさんのお眼鏡に叶う者が見つからないから仕方なく家賃を下げたんだろう。

 そんな我儘で生活できるって事は、このばあさん、金には困ってないんだな。


「部屋に案内するからついてきな」

「「は、はい!」」


 皇嫁は完全に怯えてんな。

 内心笑ってると皇嫁が睨んできた。

 また顔に出てたらしい。


 俺、ポーカーやったら全敗だな。



「……ねえ、せりす。あの子猫一人?にして大丈夫なの?」


 にゃっくは今別行動している。

 このマンションはペット禁止と言われていたのでマンション近くで別れた。

 今は見えないところから俺達を警護してるんじゃないだろうか。


「大丈夫よ」

「本当に?ちいとにバケツ持たせて外で一緒に待たせてた方が良かったんじゃない?」

「なんで俺がバケツ持たなきゃならねえんだよ?大体何処にあるんだよ、バケツ」

「あれー?聞こえてたー?」


 この野郎、早速さっきの仕返しかよ。


「心配しなくてもにゃっくは賢いんだ。どっかのバカ嫁と違ってな」

「何ですって⁉︎」

「うるさいよ!もっと静かにできないのかねえ。ったく最近の若いもんは!」

「「す、すみません」」

「おい、あんた!」

「え?俺ですか?」

「バケツなら、そこにあるよ。水道もね」

「へ?……あ、いえ、結構です」


 って水の事なんか言ってねえだろ!

 このばあさん、冗談通じるのか?

 ……いや、あの目はマジで言ったな。


 ばあさんはセキュリティカードを取り出し、オートロックのドアを解除した。

 ばあさんの後に続いてマンションに入った俺はそこに子猫がいるのに気づいた。


 あれ?

 ペット禁止って言ってたよな?

 もしかして、こいつ幽霊?

 新田さんと目が合った。小さく頷く。

 皇夫婦を見ると二人とも不思議そうな表情をしている。


 全員この子猫が見えているのか。

 新田さんはともかく、皇夫婦にも見えているという事はやっぱり本当にいるんだよな。

 ばあさんが足下にいる子猫について何も言わないって事は、こいつ、ばあさんの猫か?自分は例外ってことか?

 ……にしても、この子猫、頭がデカイな。


 普通の猫より頭がでかいが、皇帝猫のにゃっくやみーちゃん程でかい訳ではない。


 ……皇帝猫、じゃ、ないんだよな?



 その子猫が俺達の先頭を歩く。

 時折後ろを振り返る姿は、不安というより、まるで辺りを警戒してるかのようだ。


 ……気のせいだよな?


 エレベーターのドアが開くと子猫は真っ先に乗り込んだ。

 中をぐるりと見回した後、大丈夫だとでもいうようにこちらに向かって大きくうなずく。

 それを待っていたかのように、ばあさんがエレベーターに乗り込む。

 そのあとに俺達が続く。

 皇と目が合った。俺はそっと子猫を指さすと皇は小さく頷いた。


 やっぱり見えてるんだよな。


 絶対ばあさんにも見えているはずなのに何も言わない。

 三人の視線を感じた。

 皆同じ事を語っていた。


 ばあさんにその猫の事を聞け、と。


 なんで俺が聞かなきゃならないんだ、と思ったが俺も気になっていたし、しょうがないな。


「えーと、オーナー、さん?」

「なんだい?」


 ばあさんが不機嫌そうな目で俺を見る。


「その、足元に子猫がいるけどいいんですか?」

「何が?」

「いや、何がって、このマンション、ペット禁止って聞いてたんですけど?もしかしてオーナーの猫ですか?」

「あんたは馬鹿か?」

「は?」

「そうです!」

「バカ嫁、うるさいぞ」

「誰がバカ嫁よ⁉︎」

「うるさいね!」

「「すみません」」


 くそっ、バカ嫁のせいでまた怒られたじゃないか。


「その子は猫友だよ」

「は?……猫友?ペットじゃないのか?」

「かーっ!」

「いてー!」


 俺はばあさんに容赦なく頭をど突かれた。


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