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にゃっく・ザ・リッパー  作者: ねこおう
運命の迷宮編
117/247

108話 悪霊の棲む家6

「くっ、当たらないわね!」


 イノシシさん、もとい、新田さんは苦戦していた。

 素人同然の俺でも以前より強くなっているのはわかる。

 わかるんだが、相手が自分より小さい、そして狭い部屋の中と悪い条件が重なって思うように力が発揮できないようだ。相手の見た目が可愛いのも多少影響してるかもしれない。

 闇皇帝は相変わらず人を見下した表情をしている。


「そんな可愛い顔しても許さないからね」


 え?かわいい?

 いや、否定はしないがそれ以上に俺はムカつくぞ!


 闇皇帝と戦っているのは新田さんだけじゃない。みーちゃんも戦いに加わっている。

 同じ白い体毛だからドラマとかでよくある生き別れの兄弟の再会が頭に浮かんだが全く関係ないようだ。

 戦闘力は残念ながら闇皇帝の方が上だった。

 致命的なダメージはないもののみーちゃんの体に少しずつ傷が増えていく。

 二人?ががりでも闇皇帝に決定的なダメージを与えることができない。


「ファルスを受けると呪いが付加される、デス」

「呪いだって⁉︎みーちゃん大丈夫か⁉︎」

「皇帝猫は呪いに対する耐性を持っているので大丈夫なはずデス」


 そういやそうだったな。

 ということは危険なのは新田さんの方か!


「どんな呪いなんだよ⁉︎……まさか、俺が“顔取り”にかけられたような呪いか⁉︎」


 あれには参った。

 顔取りを倒すのがもう少し遅ければ俺は死んでいただろう。

 命は助かったが、その後しばらく右腕が全く動かなくなって大変だった。


「腐ります」

「腐るだと⁉︎すげー危険じゃねえか!新田さん!気をつけろ!そいつの攻撃を食らったらヤバイぞ!」

「チトセ、セリスも恐らく大丈夫デス」

「ラグナ使いだからか?」

「腐女子だからデス」

「ああ、成る程……って腐るってそっちの方かよ⁉︎お前本気で言ってんのか⁉︎」

「誰が腐女子ですって⁉︎」


 新田さんが俺に近づき、その手が迫る。

 うわっ、と思った瞬間、その指先は俺を通り過ぎた。

 渋谷さんの囁きが止まると同時に俺を締め付けていた腕の力がスッと抜ける。

 俺は慌てて倒れかかる渋谷さんを受け止める。

 どうやら新田さんはラグナの力で渋谷さんを気絶させたようだ。


「助かった。結構きつかったんだ。主に精神的にな」

「後でお仕置きだから」


 新田さんは戦いに戻った。


「何でだよ⁉︎腐女子って言ったの俺じゃないぞ!」



 新田さんの表情に焦りが見える。息も荒い。

 それはみーちゃんも同じだった。いや、みーちゃんの方がキツそうだ。

 みーちゃんが見せた隙を闇皇帝は見逃さなかった。

 闇皇帝のファルスを纏った猫パンチがみーちゃんを襲う。


「みーちゃん!」


 咄嗟に新田さんがみーちゃんを庇い腕でガードする。腕に纏ったラグナとファルスがぶつかり合う。


「くっ」


 新田さんが表情を歪める。

 相殺したように見えたが、ダメージはゼロではなかったようだ。


「新田さん!」

「……大丈夫よ」


 それはやはり既に腐女子…いや、なんでもない。


 闇皇帝も無傷ではなかったようだ。

 その前足をペロペロ舐めている。いや、それよりも闇皇帝を纏っていたファルスが消えていた。


「どうやら限界が来たようね。まあ私もだけど」


 そう言った新田さんからもラグナが消えていた。


「小動物相手の戦いも慣れてきたし、そろそろ終わりにしましょうか」


 闇皇帝は足を舐めるのをやめると新田さんを見た。

 その顔が不敵に笑う。


「そんな可愛い顔で見ても許さないわよ」

「いや、俺には見下しているようにしか見えんのだが?」


 新田さんが腕に再びラグナを纏う。

 まだ一部を覆う力は残っているようだ。

 いや、もしかするとさっきの話は闇皇帝を油断させるブラフだったのかもしれない。

 だが、それは闇皇帝にも言える事だ。

 こちらを油断させるためにファルスを消したのかもしれない。


「油断するなよ!」

「わかってるわよ」


 新田さんが一気に闇皇帝との距離を詰めその首根っこを掴もうとする。


 生け捕りにでもするつもりかよ⁉︎


 だが、闇皇帝は間一髪ジャンプしてその手を避けるとそのまま<歪み>の中に入り込んだ。


「なっ……おいっ、シエス!<歪み>って一方通行じゃなかったのかよっ⁉︎」

「……」


 返事がないので振り返るとシエスは何かを飲んでいた。

 手にした飲料缶は“エネマックス800”という聞いたことない商品名だった。

 シエスはそれを飲み終えるとゆっくりと立ち上がった。


「大丈夫なのか?」

「はい。通常行動であればなんとか」

「それ、液体燃料か?」

「違います。栄養ドリンク、デス」

「まあどっちでもいいや。で<歪み>は一方通行じゃないのか?」

「そのはずデス」

「じゃあ、奴はなんで⁉︎」

「闇皇帝の力はそれだけ強大、ということデス」


 <歪み>から視線を感じた。

 <歪み>の中からこちらを、俺を見るそれは間違いなくさっきの闇皇帝だ。

 目しか見えないが、そいつが笑った、と思った。

 瞬間、<歪み>が消えた。

 丁度消滅するところだったのか、闇皇帝が四季薫のように<歪み>を消す力があったのか。それはわからない。


「……逃げられたわね」

「ああ」


 本当に逃げたのか?

 もし<歪み>を自在に操る力を持つならシエスの言う通りとんでもない力の持ち主だ。

 さっきの戦いも本気ではなかった可能性が高い。

 ならば逃げたのではなく、見逃してくれたとみるべきだろう。

 だが、そうすると奴は一体何がしたかったんだ?

 謎は残るばかりだ。



 俺達は一階のリビングに戻り、気を失った渋谷さんをソファに寝かせる。

 みーちゃんは俺の膝の上で丸まっている。

 俺の体から発する魔粒子を利用したからだろう、自然治癒で傷はほぼ治っていた。


「シエス、二階に上がってから何をしていたんだ?」

「一から説明して」

「わかりました」


 シエスの話によれば、あの奥の部屋、おそらく両親の部屋であろう、その部屋で<歪み>を見つけた。

 そしてそこには悪霊もいた。それは泥棒に取り憑いていたものだったようだ。

 シエスは四十八あるという除霊技の一つ、“説得”で除霊を試みた。

 だが、説得は失敗し、結局、力づくで除霊を行ったらしい。

 その直後、<歪み>から姿を現した闇皇帝の襲撃を受けたのだ。

 除霊で力を使い切っていたシエスに抵抗する力はなく、闇皇帝に敗れた。そこへ俺達が来た、という事だった。


「……それ本当?」

「セリス、それはどういう意味デスか?」

「本当に悪霊いたの?闇皇帝に呆気なくやられたのが格好つかないから悪霊がいたとか言ってるんじゃないの?」

「失礼デスね」

「まあ、悪霊はともかく、<歪み>は消えてんだ。もう変な事は起こらないだろう」

「チトセも信じていないのデスか?」

「俺も悪霊を見てないからな」

「……チトセの癖に」

「なんだと?」

「もういいわ、それより、あの闇皇帝がガブちゃんだったのかしら?」

「だろうな。奴は人を操る力があった。渋谷さんは操られていた可能性が高い」

「ボクもそう思います」

「そうね」

「ところでシエス、お前は大丈夫なのか?」

「何がデスか?」

「お前、闇皇帝の攻撃を受けたんだろ?腐男子?になったのか?」

「問題ありません。ボクには呪いに対する耐性があります」

「ロボットだから?」

「ボクは人間デス」

「元から腐男子なんでしょ」

「セリスと一緒にしないでください」

「何ですって⁉︎」


 新田さんがオタクなのは知ってるし、別にそれ自体は気にしないが、腐女子ってBL好きの事だよな?

 もし新田さんが本当に腐女子なら更生させないとな。


「……進藤君、言いたいことあるなら言ったら?」

「いえ、別に」

「……」



 目が覚めた渋谷さんは俺達が何故ここにいるのかわからなかった。ガブちゃんの事も記憶が曖昧だった。

 やはり闇皇帝に操られていたようだ。

 俺達は<歪み>や闇皇帝の事は伏せる事にした。

 ここには渋谷さんに悪霊の事を相談され、悪霊退治の専門家のシエスを連れて来たこと。そして無事除霊が完了した事を伝えた。

 幸いにも渋谷さんは悪霊の事は覚えていたので大筋では納得してくれた。

 俺達は色々質問される前に渋谷家を後にした。



「結局、闇皇帝は何だったのかしら?」

「敵とは言い切れないんだよな」

「え?私達を攻撃して来たじゃない?」

「そうだが、渋谷さんを強盗から守ったのも闇皇帝なんだぜ。悪者ならそんなことしないだろ?」

「それは……そうね。確かに行動に一貫性がないわね」

「まあ、奴とはまた会う事になりそうだからその時わかるかもな」

「どうしてそう思うの?」

「去り際、奴は俺を見ていた」

「闇皇帝の目的はチトセだったのかもしれません」

「俺、ね」

「……」


 思い当たる節はある。

 なんといっても俺は向こうの世界の魔王のオモチャだからな。



「みゃ!」

「あ、そうね、今からなら組み立てくらいは出来るわね」

「組み立てって、まだパソコン諦めてなかったのかよ?」

「当たり前でしょ」

「みゃ!」

「それより腹減らないか?どっかで飯食おうぜ」

「途中のコンビニで晩御飯買っていけばいいでしょ」

「いや……まあ、そうだな」


 ペット可の店探すよりそっちが楽か。

 みーちゃんをペットと思った事はないが周りから見ればペットにしか見えんからな。


「ではボクはここで」


 シエスはそう言うと右手を上げた。

 するとすぐ前にタクシーがスッと止まりドアが開く。

 ドライバーの姿はよく見えないがそのタクシーには見覚えがある。恐らくいつもの人だろう。

 タクシーはシエスを乗せて去っていった。


「……シエスっていい身分よね」

「そうだな」

「本当にロボットなの?」

「確認したいんだが確かめる方法がな」

「捕まるの覚悟で脱がしてみたら?」

「新田さんを?」

「……」

「さ、さあ!さっさと事務所に戻ろうぜ!」

「みゃ!」


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