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にゃっく・ザ・リッパー  作者: ねこおう
運命の迷宮編
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99話 依頼人

 俺は藤原探偵事務所にいた。

 講義が午前中で終わったとき、普通なら母さんの代わりに俺が幼稚園へ俺のかわいい妹を迎えに行くところだ。

 だがちょっと前に母さんにバイトしてるのか怪しまれたばかりだから躊躇した。

 で、苦渋の決断で俺の可愛い妹を迎えに行くのを諦め、バイト先となっているここ藤原探偵事務所に来たわけだ。

 喫茶店とかで時間潰すと金がかかるが、ここはタダだからな。

 幸いにも電気、ガス、水道どれも止められていないし、テレビや冷蔵庫もあるので居心地は悪くない。


 まるで一人暮らししてる気分、いや、秘密基地にいる気分のほうが近いか。

 ちょっと子供の頃を思い出してワクワクしちまうぜ。


 ブルブルっ

 スマホが震えた。

 確認するとばあちゃんからのメールだった。

 メールの題名は『ばんねこと一休み』でばあちゃんが膝の上に子猫を乗せた写真が添付されていた。

 子猫は言うまでもなくぷーこが置いてった子猫だ。


 これ、どうやって撮ったんだ?あ、自撮り棒使ったのか。

 ばあちゃん、意外と機械の扱い慣れてるな。

 流石元技術屋の嫁。

 ってあんま関係ないか。

 ともかく仲良くやってるようで良かった。

 にしても“ばんねこ”って、ばあちゃん、ぷーこが言った“番猫”を名前と勘違いしたのか?

 まあ、ばあちゃんがそれでいいならいいけどよ。


 さて返信をどうするか。

 って、考えるまでもないか。


 俺は最近撮ったたばかりの至高の一枚を送った。

 俺の可愛い妹がにゃっくとみーちゃんと一緒に写っているやつだ。

 


 沸かした湯で紅茶を入れた。茶葉は前にシエスが持ってきたものだ。喫茶店で使ってるものと同じらしくとても美味い。

 紅茶を飲みながらぼーとテレビを見ていると入口の方から微かな音が聞こえた。

 最初は風か何かだと思った。

 しかし、その音が徐々に大きくなり、ドアをノックしているのだと気づいた。


 勧誘か?インターホン押せよ。

 ……あ、コンセント抜いてあったんだった。


 最初は居留守を使うつもりだったが、相手はここに人がいるのを知っているのか全く諦める気がないようだった。


 ったく、面倒くせえなあ。


 俺は仕方なく入口へ向かった。


「どなた?勧誘なら間に合ってる」


 と、


「あの、依頼に来たのですが」


 女の声だった。

 それも若い。


「依頼?」

「ここは藤原探偵事務所ですよね?」


 マジかよっ!?

 どこにも探偵事務所なんて表示してなかったよな?

 もしかしてウェブに広告載せてる?


 俺がドアを開けると予想通り若い女性が立っていた。

 美少女だ。歳は俺と同じくらいに見える。

 ちょっと前の俺なら緊張して上手く話せなかっただろう。

 だが、今の俺は美女には慣れていた。


「突然申し訳ありません」

「あ、いや、出るの遅くてごめん、ノックだと気づかなかったんだ」

「すみません、インターホンを押していたんですが……」

「悪い。さっき来たばっかりで電源落としてたんだ」

「そうだったのですね」

「ところで君、ここの事誰に聞いたの?」

「それは……あら?あなたは……」

「え?」


 依頼人が俺をまじまじと見る。


「……もしかして、進藤、さんですか?」


 何⁉

 なんで俺の名を?もしかして組織の人間⁉︎


「あの、なんで俺の事知ってるの?」

「私の事、知りませんか?」

「ごめん、わからない」

「そうですか。私、思った程有名じゃないんですね……」

「あ、ごめん、俺が世間に疎いんだと思う。もしかして、芸能人…が俺のこと知ってるわけないか」

「はい、違います」

「だよな。そうなると………」


 やはり組織の、


「私も進藤さんと同じ月見大なんです。今年入学しました一年の渋谷都子と言います」

「あ、そうなんだ。渋谷都子さんか……ごめん、やっぱりわからない」

「私、月見大非公式ウェブサイトで実施されています美人コンテストで暫定四位に入っているんですけど……」


 何⁉︎そんなウェブサイトがあるのか⁉︎


「へえ、そうだったんだ。悪い、俺、そのサイト見た事ないんだ」

「自意識過剰ですみません……」

「いやっ、そんなことないよ!四位ならそう思うのも当然だよ!」

「……そうでしょうか?」

「ああ!俺もそのサイト見てたらすぐわかったと思うぜ!」

「ありがとうございます」

「あの、ちなみに一位は……」

「新田先輩の事が気になりますか?」

「あ、うん、まあ……ああ、そうか。新田さんを知ってるから俺の事も知ってるのか?」

「はい。進藤さん、進藤先輩が通るとみんなが後ろ指をさすので覚えました」

「そ、そうなんだ……」

「新田先輩は進藤先輩と付き合っていると知られる前までは暫定一位だったのですが、今はベストテン外まで落ちたみたいです」


 なん、だと?


「今まで新田先輩に票を入れていた方達が他の方に変更したようですね」

「俺よくわからんけど、その投票って変えられるのか?」

「はい。六月末まで変更は可能のようです」

「そうなんだ。でも美人コンテストだろ?彼氏出来たからって落ちるのおかしくないか?それ投票してた奴らが嫉妬で投票しなくなっただけだろ?」

「進藤先輩は大きな勘違いをしています」

「勘違い?」

「あの……その、ここ寒いんですけど?」

「あ、ああ、悪い」


 で、追い返すつもりだったのに思わぬ方向に話が進んで流されるままに事務所に入れてしまった。



 たとえ依頼を断るにしてもお茶くらいは出してやるか。


 俺はシエスが持ってきた紅茶を渋谷都子に出した。

 それをじっと見つめる渋谷都子。


「毒は入ってないぜ」


 と俺は冗談で言ったんだが、


「睡眠薬ですね」

「んなわけねーだろ!」

「……」

「じゃ、飲まなくていい」


 俺がカップを引き上げようとすると、それより早く渋谷都子がカップを手にした。


「いらないんだろ?」

「例え罠とわかっていても飛び込む勇気も必要ではないかと」

「いや、罠とわかってるなら飛び込むなよ」

「やっぱり睡眠薬が入ってるんですね?」

「返せ」


 しかし、渋谷都子は返す様子もなく、紅茶の匂いをかいだ。


「いい香りです。美味しそう」

「実際うまいからな」


 渋谷都子は少し躊躇しつつもカップを口元へ近づける。


「あ、これが作戦ですか?」


 ……また面倒くせえ奴が来たな。

 なんでこう最近会う奴はこんなのばっかりなんだ?

 類は友を呼ぶか、

 って俺は至って普通だ!


「もう勝手にしろ。で、さっきの続きはどうした?」

「美人コンテストの事ですね」

「そうだ。俺の何が間違ってんだ?」

「美人コンテストは外見だけを判断するものではありません。内面も判断されます。内面こそが重要とも言えます」

「嘘つけ」

「はい嘘です。今のは建前です」

「そ、そうか」

「性格に多少問題があっても外見が良ければ全て許されます」

「君みたいに……」

「でも新田先輩が進藤先輩を彼氏に選んだ事で新田先輩の心には看過出来ない程の大きな闇を持っていると思われてしまったのでしょう」

「……あんた、何言ってんの?」

「理解できませんでしたか?ではもう一度……」

「いらねえよ。つまり、新田さんの票が下がったのは彼氏が出来た事自体が問題じゃなく、相手が俺だったのが問題だ、と言いたいんだな?」

「はっきりは言いませんがそうです」

「はっきり言ってるぞ」

「あ、そうでした。すみません」

「全く済まないと思ってねえだろ?」

「あ、本当にこの紅茶美味しいですね」


 なんだかんだ言いながら結局飲むのな。

 まあ、せっかく入れたんだ。飲んでくれた方がいいけどよ。


「話が逸れたな。元に戻そう」

「はい。新田先輩のランクが落ちたのは……」

「そっちじゃねえ。あんた、渋谷さんがここに来た理由、っていうか依頼はなんだよ?」

「ああ、そっちですか」

「何だよ、そのどうでも良さそうな口ぶりは。本題だろ?」

「そうなんですけど、進藤先輩の落胆ぶりを見たらなんか満足してしまいました。だから今日はもういいかなって」

「なんだよ、それ⁉︎」

「それにそもそも進藤先輩は探偵なのですか?」

「あ、いや、俺は見習い、なんだ」

「では全く役に立ちそうにないですね。話すだけ無駄な気がします」

「まあ、そうかもな」


 実際、聞いたところで依頼受ける気ねえけどよ。

 でも、もうちょっと言い方があるだろ?


「探偵さんはいつ頃戻ってくるのしょうか?」

「さあな。今の依頼が終わるまで、としか言えねえ。今の依頼はすぐには終わらないと思うから他を当たった方がいいぜ」

「そうですか。ではまた改めて来ます」


 そう言って渋谷都子は立ち上がった。


「……へ?あ、いや、だから……」

「あ、紅茶ごちそうさまでした。美味しかったです」

「おいっ!俺の話聞いてた?他に行った方がいいぜ!」


 だが、渋谷都子は小さく首を横に振り、一礼すると出て行った。


「……ああ、疲れた」


 あ、そういや、渋谷さんはここの事どうやって知ったか聞きそびれたぜ。

 ……ま、いっか。

 また来るって言ってたし、大学も一緒だ。いつでも聞けるか。


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