9話 バイトに励む
今日は俺がバイトしているファミレスに知り合いが多く来ていた。
まずは皇。
漫研の連中と合わせて六人で来ている。
以前は駅前の方を利用してたはずだが最近はこっちでよく見かける。
実は皇は部長を凌ぐ力を持っていたりしてな。
俺が「客が少なくて暇過ぎるのも辛い」と愚痴ってたのを覚えていて駅から遠いこっちへ部員を連れてきた、
ってそんなわけないか。
料理を運んだ時、打ち合わせは白熱していたが皇は一人静かに聞いていた。
俺達は互いに頭をちょっと下げて挨拶した。
これこそが俺の知っている皇だ。
あの夫婦の会話は夢だったんじゃないかと思えるぜ。
次に新田さん。
今日は女性三人で来ている。
その二人の顔に見覚えはあったが名前までは知らない。
教科書を出しているように見えなかったのでおしゃべりをしに来たんだろう。
時折笑い声がここまで聞こえてくるが、その中に新田さんの声は含まれていない。
問題はこいつだ。
一人で現れドリンクバーのみ注文してすでに二時間ほど居座ってる。
持ち込んだ漫画を読んでいるように見せてこちらの様子をチラチラとうかがっている。
怪しすぎるぞ、ぷーこ。
俺は店内を見回る振りをしてぷーこに近づいた。
「お前何しにきたんだ?」
「え?な、なんのこと?」
「自宅警備員が外出ていいのか?」
「誰が自宅警備員よ!」
お前だお前。
「他に何か注文しないのか?」
「おごってくれるの?」
「何故俺がそんなことをしなくちゃならんのだ?」
「ほら、いつも迷惑かけてるから、そのお礼とか?」
「何がいつもだ。お前と会うのはまだ二回目だろ。それに迷惑かけた覚えもない」
「しょうがないじゃない。みーちゃん、お小遣い千円しかくれなかったんだから。他に注文すると帰りの電車賃が足りなくなっちゃう」
ネコにたかるなよ。
「で、みーちゃんはどうしてるんだ?」
「粗方売っちゃったから次の投資先を検討してるわよ。あ、言っとくけど銘柄は教えないわよ。大親友の私にも教えてくれないんだから」
大親友ね。向こうはそう思ってないと思うぞ。
「って違うわっ」
俺は声をひそめる。
「連続殺人事件の方だよ。進展はあったのか?」
「うーん、結構苦労してるみたい」
「そうか」
最近、また被害者が発見された。
公園で見つかった被害者の女性は全身の血をほとんど抜かれていた。
これじゃ切り裂きジャックというより吸血鬼じゃないのか?
世間では同一犯だという意見とそうでないという意見に分かれている。
ぷーこ達は同一犯だと考えているようだ。
ぷーこが俺をジッと見つめてくる。
頭の出来を知らなければドキドキしてしまったかもれない。
とはいえ、
なんというか、そう、捨て猫に見つめられている気分だな。
「…ま、ケーキくらい奢ってやるよ」
「ほんとっ⁉︎ じゃあ、これっ」
そう言って指差したのは期間限定イチゴパフェ(税込九百九十円)だった。
「おまえな」
「ゴチになります!えーと、名前なんだっけ?」
「奢るのやめるか」
「だ、だって教えてもらってないでしょ!」
それはお前が遮ったんだろうが。
それに、
「スマホに登録しただろ」
「あ、そうだった。えへへ」
「ったく、進藤だ。もう忘れるなよ」
「ありがと進藤。ゴチになりますっ!」
呼び捨てかよ。まあいいけど。
おっと大事なこと言い忘れるところだったぜ。
「今回だけだからな。次からは自分で稼いで食え」
こういう奴は最初にはっきり言っとかないとわからないからな。
「わかってるわよ。ちゃんとみーちゃんに言っとく」
わかってなかった。
大事な事だから二度言うべきだったか?
無駄だな。
あほだからな、こいつ。
キッチンに戻ってくるとバイト仲間に声をかけられた。名前は…まあいいか。
「すげえな、進藤。俺は見直したぞ」
「は?」
「あんな可愛い子を簡単にナンパするなんて」
「ナンパじゃねえよ。知り合いだし。たかられただけだ」
「まあ新田さん狙うよりは賢い選択だな」
何上から目線で言ってんだよ。
そもそも俺は新田さんを狙っているなんて言ったことないぞ!
…狙ってないとも言ってないがな。
俺は四季の元へ向かった。
「四季はあいつと知り合いか?」
「進藤君がナンパした子?知り合いじゃないよ。でも最近よく見かけるかな」
「そうか、ってナンパしてねぇし」
そう、ぷーこは四季を見ていたんだ。観察していたという方が正しいか。
他の客のように四季に気がある、という感じじゃなかった。
どっちかといえばにゃっくが四季を見る方に近かった気がする。
てっきりこの二人は知り合いだと思ってたんだが俺の勘違いだったのか。
その後も二人が接触することはなかった。
四季は今日がバイト最後の日だった。
ある程度お金が貯まったのでまた旅に出るというのだ。
以前、俺はこのバイトだけで金が貯まるのかと聞いたことがあった。
それに対して四季は、
「貯まるよ。普段はそんなにお金を使わないからね」
「宿代や飯代だけで結構使うだろ?」
「ああ、それは大丈夫。親切な人がいて面倒見てくれるんだ」
なんとOLのお姉さんに逆ナンされてその人の部屋に居候しているそうなのだ。
というか住食を確保できたからここで金を稼くことにしたらしい。
そのお姉さんは他に服とか欲しいものも買ってくれるとか。さらに合鍵も渡されたらしい。
そんなのドラマだけの話だと思ってたぜ。
このことを知ってるのはたぶん俺だけだろう。他のやつ、特にバイト女子が知ったら騒ぎになってるはずだ。
俺の知る限りでもバイトの娘の何人かとデートをしたはずだったからな。
四季は年下だが女の扱いに関しては大先輩だ。
もしもの時はアドバイスをもらおうかと考えていたりする。
最初はすでに結婚している皇が相談相手になると考えていたのだが、前回の夫婦のやり取りを見てその考えはなくなった。
あれは特殊過ぎだろ!
「もう働く必要ないんじゃないか?」
「それじゃあヒモじゃないか。それに僕は旅がしたいんだ。一箇所に留まってるのは性に合わないんだ」
なるほどね。
「それで次はどこへ行くんだ?」
「ちゃんとは決めてないけどとりあえず西、かな」
「大阪とか名古屋か?」
「まあ、そんなところかな」
「お前がいなくなると店の売り上げが落ちるな」
「そんなことないよ」
いやいや、そんなことあるんだよ。
特に昼間、ママさん達の集客アップに貢献していたと聞いている。
食器を下げて戻ってくると四季に声をかけられた。
「じゃあ、僕はそろそろ終わりだから」
「ああ。またこっちに来ることがあったら連絡くれ。特にお姉さん撃破数の報告は必須だからな」
「ははは。じゃあ、これからは人数メモることにするよ」
「おう」
午後九時を過ぎ、皇も新田さん達もすでにいない。
俺に向かって手を振る者がいるのに気づいた。
ぷーこだ。
「帰るのか?」
「まあ、そうなんだけど…」
とキョロキョロと辺りを見回す。
「なんだ?」
「あの、かっこいい、あんたが完敗するくらいの…」
「……」
俺は無言でテーブルに置かれた会計伝票をぷーこの顔に押しつける。
「え、えへへ…あんたよりちょっとだけかっこいいバイトいたじゃない?」
「…四季のことか?」
「そう、それ!」
「とっくに上がったぞ」
「ええっ⁈」
一時間以上も前だぞ。今まで気づかなかったのか、こいつ。
「なんで知らせないのよっ!」
「そんなこと知らねーよ」
「この役立たず!不能!」
何失礼なこと大声で言うんだ!
客だけじゃなくスタッフもこっち見てるぞ、このあほうが!
結局、ドリンクバー代も俺が払うことにした。
分けるのが面倒だったからな。
ぷーこはというと、感謝の言葉もなくさっさと出て行った。
そのあと、スタッフにさっきのぷーこの言葉の真意について尋問されたのは言うまでもない。
恩を仇で返しやがって!
お前には二度とおごらねぇ!