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1話 塀の上のこねこ1

 俺、進藤千歳はその日の朝もいつもの時間に家を出た。

 いつもならまっすぐ駅へ向かうのだが家を出てすぐに何かの気配を感じた。

 辺りを見回すと俺の家の塀の上に一匹の子ネコがいた。

 そのネコの第一印象は、


 頭がデカい、


 である。


 まんがに出てくるような二等身の子ネコであった。しっぽが短いのはもとからか。

 俺はネコに詳しいわけではないが、その風貌に普通のネコとは違うものを感じた。

 

 ネコの表情はどこか厳しく、人を寄せ付けないオーラを放っているように見えた。


 孤高の戦士。


 そんな言葉が一瞬頭に浮かんだ。

 俺は自分のおかしな考えに思わず声を出して笑いそうになり、慌てて手で口を押さえる。

 ネコがじっと見ている方向へ目を向けるが、見えるのは雲だけだ。

 そういえば何かで動物は霊感が強いって聞いたことがあったな。

 俺は今まで幽霊を見たことないから真偽を確かめようがない。

 そのネコに興味をそそられしばらく観察していると、ぴゅーと強い風が吹いた。ネコの頭の毛からぴょんとアホ毛が立った。

 それを見た瞬間、


「でか!頭ちょーでか!」


 と俺は何故か力いっぱい叫んでいた。

 俺の意思とは関係なく俺は叫び続けた。

 俺は口を抑えネコから顔を背ける。するとピタリと止まった。

 俺が恐る恐る再びネコに目を向けるが今度は叫ぶことはなかった。

 ただあのアホ毛は引っ込んでいた。

 ネコは俺と一瞬目が合ったが、すぐにまた同じところへ目を向ける。

 俺はこの不可思議な現象について考える余裕はなかった。

 朝っぱらから何回も、ちょーでか!を大声で連発していたんだぜ。

 恥ずかしさのあまり俺の顔は真っ赤に染まっていたと思う。

 俺はその場を逃げるように走り去った。

 ピンポンダッシュした気分だぜ。

 したことないけど。



 駅に着く頃には落ち着きを取り戻していた。

 俺は息を整えながら改札を抜けホームへの階段を上る。

 ネコ観察に時間を取られたが走ったおかげでいつもの電車に乗ることができそうだ。


 俺が通っている光月大学までは電車一本だ。

 普通電車で約一時間、特急なら四十分で目的の駅へ到着する。

 朝のラッシュ時に特急に乗るのは勇気と根性と体力がいる。俺と同じ学生やサラリーマンの出勤で混み具合は半端じゃない。

 駅員が乗客を押し込む姿を見ているとそのうち死者を出すんじゃないかと思うほどだ。

 だから俺は家を早めに出て普通電車に乗ることにしている。

 普通電車なら座れないまでも潰される心配はない。

 家から大学まで、ドアトゥドアで一時間半というところだ。

 自宅通学としては微妙なところだがやはり実家から通えばいろいろ楽だし、なんと言ってもまだ二歳になったばかりの年の離れたかわいい妹の顔が見れない寂しさを思えば我慢できる。

 今の内に言っておこう。俺はシスコンだ。胸を張って言ってやる。

 だが断じてロリコンではないぞ!



 その日の講義は午前中で終わりだった。俺は同じ電子工学科の皇零と食堂に向かった。

 皇は大学でできた友達で一番仲がいい。

 出会いはなんの面白味もない。

 入学式のとき席が俺の後ろだった。

 それだけだ。

 皇は自分から行動するタイプではなく、自分から話してくることはあまりないが話すのが嫌いというわけではないようだ。

 俺の話をただ聞くだけでなく、自分の意見もはっきりと言うし、反論されても不快な感じはしない。きっとこいつとは相性がいいんだろう。


 そうそう、皇は俺と同じ十八歳でありながら既婚者だ。

 結婚したのはつい先日のことだ。

 いつものように学食で雑談しているなかで別段大したことでもなさそうにさらりと言ったので、危うく聞き流すところだった。

 相手は幼馴染で別の大学に通っているらしい。

 二人ともまだ学生ということもあり、式は挙げず籍だけ入れたそうだ。

 ちなみにできちゃった婚ではない、とそこだけいつも物静かな皇が珍しく強調した。

 早すぎないかと俺が聞くと、


「失敗するなら早い方が出直しがきくじゃないか」


 と本気とも冗談ともとれることを言った。


「それにこのあともっと自分に合った人が現れる保証もないでしょ」


 そりゃ、もっともだ。


 学食はまずいという者もいるが俺は普通だ。全然オッケー。それに何と言っても安いのがいい。

 この日は数量限定のお得な日替わりランチがゲットでき、ラッキーだった。

 三百五十円で焼き肉定食、サラダ付き。外ならこの倍出したって食べれないだろう?



 昼食後、皇と別れバイトへ向かった。

 俺が通っている光月大学の最寄り駅、卯月駅周辺にはファミレスが二つある。ひとつは駅を出てすぐにあるため、どの時間帯でもそれなりに客がいる。

 もうひとつが俺がバイトしているファミレスで駅を挟んで大学と反対に位置し駅からそれなりに離れていることもあり、はっきり言って平日は暇だ。

 俺の他にも光月大生が何人かバイトしているが同じ学科の者はいない。

 光月大生がこちらの店へ来るのは駅前のファミレスが満員だったときくらいじゃないだろうか。

 他に思い当たらない。味もチェーン店だから普通だしな。


 夕方の五時を過ぎた頃、

「お、新田さんが来た!」

 バイト仲間の声を聞き、入口に目をやる。

 新田せりすがいた。

 彼女は俺と同じ光月大の一年生だ。

 もしミス光月大があったら間違いなく彼女を選ぶね。

 一年だけでなく先輩達もわざわざ見にくるくらいだ。

 それはともかく、新田せりすは情報工学科で俺とは学科が違うので毎日顔を合わせることはないが、選択科目の中に一緒のものがあるので週に何回かは必ず見かけるし、目が合えば挨拶くらいはする。

 俺と新田せりすはその程度の間柄だ。

 いうまでもなく、新田せりすを狙っている者は多い。


 ここで誰もが当然抱く疑問があるはずだ。

 新田せりすは今、フリーか、だ。

 あれだけの美人だからな、過去に何人かは付き合った奴はいるだろう。

 新田せりすと同じ学科のバイトが話しているのを(偶然に)聞いたところによると、

 情報工学科で開いたコンパでその質問がでたらしいが、彼女の答えは、


 いない、


 だったらしい。

 男共はすごく喜んだそうだ。めでたい奴らだよ。本当のことを言うとは限らないだろう。

 名前からハーフかと思うかも知れないが、純粋な日本人だ。

 コンパでその質問もでたらしい。

 なんでも父親がファンだった女優の名前から取ったのだとか。

 彼女はそのコンパを門限が夜の八時とかで、始まって一時間足らずで帰ってしまったそうだ。

 未成年とは言えコンパじゃ普通酒を飲んだりするもんだが、新田せりすは結局一滴も飲まなかったらしい。

 ちなみに彼女が帰った後、男共の新田せりすに対するあからさまな態度に女子達と険悪な雰囲気になったらしいが、俺の知ったことではない。

 俺は父親がファンだったという、その女優のことを知らなかったので、その話を聞いたその日のうちにその女優が出演している一番有名な映画をネットで観た。


 判定、


 新田せりすの勝ちだ。


 一応、俺の中で、と付け加えておく。


 このあとで選択科目でもコンパをしようという話があったらしいが、新田せりすが辞退したところで一度消滅したらしい。

 らしい、というのは俺のところまで話が来なかったからだ。そういう話があったとあとで聞いたんだ。

 聞かれなかったのは俺だけじゃないぞ。

 もともと新田せりす目当ての不純な動機だったから、その時点ではほとんどの者が呼ばれてなかったんだ。

 そのあと別の者が企画したコンパに呼ばれ、そんなことがあったと知ったってわけだ。

 そのときの話によると新田せりすは学科のコンパ以来、すべての誘いを断っているそうだ。

 本当に親が厳しいのか、あるいは実は彼氏がいて止められているのかもしれない。

 結局、この選択科目で行われたコンパもいない者の話題でしか盛り上がらず、女子達は不機嫌そうだったな。

 残念ながら俺には場を盛り上げるようなスキルは持っちゃいないのでどうしようもなかった。

 というか、俺は高校が男子校だったから、女性の扱いに慣れてなかったというのも大きいと思うぜ。

 もちろん男子校だってうまくやって彼女作ってるやつもいるんだから、やっぱりスキルがないということだろう、うん、それ以外はない!

 容姿は悪くないはずなんだ!

 たぶん……


 新田せりすは一人で来たわけじゃない。三人連れがいた。

 俺はその三人を知らない。うち二人は男だった。教科書を出すのが見えた。今日出た課題でも一緒にやるんだろうか。

「な、こっちは空いてるだろ!」

 学友男その一のそんな声が聞こえた。

 確かに事実だ。俺も同じ立場だったらそう言ったかもしれねえ。

 だがな、そういうことは店を出てから言え、ほら、新田さん困った顔をしたぞ。

 うむ、間違いなく新田せりすの学友男その一への好感度ポイントが下がったな。

 緊張すると言わなくてもいいこと言ってしまうんだよな。

 冷静になった時に後悔することだろう。

 あ、け、経験談じゃないぜ!

 一般論だからな!


「ほんとこっち大正解だったな!この時間で空いてるなんて」

 おお、学友男そのニも墓穴を掘ったな。黙っとけば相対的に好感度ポイントが上がってたのにな。

「やめてよね、聞こえるでしょ」

 もう手遅れだよ、学友女。でもその顔はなんか嬉しそうだな。

 もしかして、学友男その一かその二を狙ってるのだろうか?


 呼び出し音が鳴った。

 それが新田せりすの席であると俺が確認したときにはすでに同じ光月大のバイトが向かっていた。

 あんた、いつもはそんな熱心じゃないよな。先輩だから注意してないけど。




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