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第八話 「暗闇」

「あああああああああああああああああああ」


 落ちてる!

 ヤバイヤバイヤバイ!

 死ぬ! 死ぬ! 死ぬ!


 暗闇の中、ただ落ちている感覚だけがする。

 凄まじい恐怖だ。

 だが、その恐怖は唐突に終わった。

 何かに打ち付けられたような、強い衝撃が襲ってきたのだ。

 不思議と、痛みはそれほど感じなかった。

 これが死。

 死ぬときは、こんな物かと思った。


 ……………………。

 ………………。

 …………。

 ……い、生きてる?

 ……く、苦しい。

 ……口が何かで満たされている。

 ……息が……できない。


「ゴホッゴホッゴホッ!! はぁはぁはぁはぁ……」


 なんだ? 何が起きた? 俺は落ちたはずだよな?

 ここ……どこだ!?

 真っ暗だ……、何も見えない……。

 ん? 体が上手く動かせない……。

 水……? 水か……?

 全身に水の感触を感じる……。

 落ちた先に水があった? なんで?

 いや、それより、俺は水の中にいるのか?

 どうしよう……。

 俺、泳げないんだけど……。


 この体じゃ、何をどうやっても泳ぐことなんてできない。

 それに俺は元々泳げない。人間だった頃からカナヅチだ。


 どうやら俺は今、水面に浮いていて、上を向いてる状態のようだ。

 水の感触や、自分の感じる感覚から、そう判断できた。

 だが、この状態で、俺にできることは何もない。

 辺りは真っ暗だし、俺は泳げないし、どうすればいいのか全く分からない。

 ただ水に浮いていることしかできない……。


 それにしても、あの高さから落ちて、よく助かったな……。

 きっと、この水のお陰なんだろうけど……。

 この場所、一体なんだろう?

 プールとか貯水池みたいになってんのか?

 いや、塔の中に、そんな物があるとは思えないけど……。

 真っ暗で何も見えないから、何も確認できない……。

 う~ん……。

 こうして浮いていても何も変わらないし、とりあえず助けを呼ぶか……?


「だれかああああああああああ!! たすけええええええええええええうぷっ!!」


 大声を出したせいでバランスが崩れ、口に水が入ってきた。


「うえっ!」


 クソマズイ。

 鉄と土が混ざったような、そんな変な味がする。

 俺は水を吐き出しながら、ある事を思いついた。


 水を口に含みながら、水の中に潜って、思いっきり吐いたら移動できるんじゃ……。

 いやいやいやいや、そんなの苦しいから! それに、どうやって水の中に潜るんだよ!

 そもそも、どこに移動するんだよ!? 真っ暗で何も見えねえじゃねーか!

 そんなの……。


 他に何か出来ることはないかと、アレコレ考えたが何も思い浮かばなかった。

 しばらく悩んだ末に、俺は先ほどの思いつきを試してみることにした。


 さて、まずは水を口に含まなきゃならない……。

 と言うことは、俺は今から水面に顔を向けなきゃならないのだが……。

 すげえイヤだ……。

 一歩間違えれば、溺れるんじゃないか? 止めようか……?

 いや、他にいい手も思いつかないし、やれることを試すべきだ……。


 俺は意を決し水面に顔を……、向けられなかった。

 顔を動かしたり、ジャンプするように力を入れてみたりと、色々と試したが、向いている方向を変えられなかった。


「ダメじゃん……」


 なんだよこれ! せっかくやる気になったのに!!

 どうしようもないじゃん。詰んでんじゃん。マジでどうしよう……。

 このままじゃ、俺、本当に死んじゃうんじゃ……。

 なんで俺がこんな目に……。

 カイザーのせいだ……。

 カイザーが俺をこんな塔に閉じこめたから……。

 くそっ!


「カイザああああああああああ!! さっさと助けろやボケえええええええええうっぷ!!」


 大声を出すと口に水が入る……。

 ん? これを何度か繰り返して、水を口に貯めるか……?

 いや、ダメだ。

 そもそも口の中に水が入ってたら、大声なんて出せなくなる。


 ん……? 貯める……?

 なんだろう……。何か忘れてる気がする。


 俺はしばしの間、考え込んだ。

 何かを思い出せそうな、そんな気がした。


 そうだ! 口袋!

 そうだよ! 前にカイザーに教えてもらった、口袋があるじゃねーか!

 口袋になら、水を貯められるんじゃ?

 いや、でも、貯めたとして、それからどうするんだよ……。

 潜る方法がないじゃん……。


 俺は自問自答を繰り返す……。


 ぷかぷかと浮きながら悩むこと数分。

 突如、ゴゴゴと、何かが動くような音が聞こえ、弱々しい光が差し込んできた。

 位置的な問題で、全く見えないが、どうやら扉のようなものがありそうだ。

 その扉が開き、そこから明かりが入ってきたのだろう。


 助けが来たのか?

 誰だ? カイザーか? 深緑か?


「ここだあああああああああああ。たすけてえええええええべぼっ!!」


 口に水が入ってきたが、俺は無視して声を出した。


「ぼぼ、ぼぼびびぶ! ばぶげべべえべべえええ」


 が、俺の声は届かなかったのか、ゴゴゴという音と共に、辺りは闇に包まれていった。


「ゲホッゲホッゲホッ……なんで……」


 俺は、水を吐き出すように咳き込みながら、絶望を感じていた。

 なぜ助けてくれないのか。

 なぜ扉を閉めたのか。

 なぜ……。


「誰か……。助けてくれよ……」


 俺は暗闇の中、自然と呟いていた……。



――


 一体どれくらい経っただろう……。

 俺は絶望を感じながら、ただ水面に浮いていた。


 どうしよう……。もう無理だろこれ……。

 誰かが助けに来るわけでもない。

 自分で出ることもできない。

 それどころか何もできない。

 完全に詰んだ……。


 俺はここで死ぬ。そう思えてきた。

 だが、同時に死にたくないという思いも湧いてきた。


 本当に詰んだのか……?

 いや……、まだだ。

 まだ、試すことはある。

 口袋。アレはまだ試してない。

 が、試したとして、どうするって話だ。

 いや、そんなことを言ってる場合じゃない。

 やれることは試すべきだ。さっきそう思ったじゃないか。

 よし、試そう!


 俺はとりあえず、口袋を試すことにした。

 まず、全力で大声を上げ、口に水を入れる。


「ああああああああああああああああああああばぼぶっ!」


 俺は口袋の穴を開き、口に入ってきた水をそちらへ流す。

 そして口袋の穴を閉じた。

 口袋に水を入れることに成功した。


 初めて口袋に物を入れたが、なんとも奇妙な感覚だ。

 入っている物がわかる。後どれくらい入りそうなのかも分かる。

 今のでおよそ三割くらい入った。あと二回くらいで一杯になりそうだ。


 ん? 気のせいだろうか?

 心なしか、少し沈んでる気がする。

 全身に感じる水の感触が、少し増えたような気が……。

 まあいいか。とりあえずもう一回だ。


「あああああああああああぶべぶっ!」


 先ほどと同じようにして、俺は口袋へと水を取り込んだ。

 そして気付いた。やはり全体的に沈んでいる。

 口袋に水を入れたからだろうか?

 よく分からないが、さらにもう一回試す。


「ああああぶぼぼっ!」


 口袋に入る量が、限界になったのが分かる。

 が、それどころじゃない。

 俺は今、完全に沈んで、水中に潜ってしまった。


 やばい。死ぬ。


 俺は口袋を開放し、口の中から全力で外に向かって、水を吐き出した。


 ……。


 ゆっくりと、俺は浮いてきた。

 溺れ死ぬことは回避できたようだ。

 だが、真っ暗なので、移動できたのか分からない。

 何のためにやったのか、自分でも分からなくなった……。


 そんなことを考えていると、またもゴゴゴと音が鳴り出した。

 そして、うっすらと妖しい光が入り込んでくる。

 少し高い位置の壁が、横に動いて四角い穴ができていくのが見えた。

 口袋を使ったことで、移動ができたのか、先ほど見えなかった光景が見えたのだ。

 だが、その先には、誰かがいるわけでもなく、ただ四角い穴が空いただけだった。

 穴の先は、どうなってるのか見えない。だが、ここよりは明るいことは確かだ。


 誰もいないのか?

 誰か助けてくれないのか?


「だれかあああああああああああああああああああぶべぼっ!」


 口に水が入ったので、口袋へと流しておいた。


 誰も出てこない……。

 やはり誰もいないのか?

 どうする? いや、どうするもこうするもない!

 あの穴に向かって、移動できるか試すべきだろ!


「ああああああああああああああぶべっ」


 俺は、口袋へ水を入れた。


「ああああああぼっぶ」


 同じようにして、再度、口袋へと水を入れた。

 口袋一杯に、水が入っているのが分かる。


 よし! 水の中に沈んだ!

 今だ!


 先ほどと同じように、水中で、全力で水を吐き出した。


「お? おお?」


 水面に浮いてきた俺は、見えた景色に少しだけ興奮した。

 穴の場所に、少しだけ近づいたのだ。

 つまり、口袋を使った移動方法は上手くいったのだ。


「おっしゃあああああああああああああああああごぶっ!!」


 俺の雄叫びと共に、口に水が入ってくる。

 忘れてた……。

 俺は口袋へと水を流し、次の移動の準備を始めた。


「あ、あ?」


 口に水を入れるため、叫ぼうと思った瞬間、ゴゴゴという音が聞こえてきた。

 壁が横に動き、穴が閉じていくのが見える。


 え? マジか……。


 穴は完全に閉じ、辺りは闇に包まれた。


 また真っ暗になったぞ……。

 どうしたらいい?

 また穴が開くのを待つか?

 いや、ある程度の方向は分かってるんだから、移動した方がいいだろ。


 俺は、とにかく壁際まで移動しようと、暗闇の中、何度も何度も何度も、叫び、水を貯め、吐き続けた。

 そして、数え切れないほどの移動を繰り返して、とうとう壁に体が当たった。


 おっしゃああああああああああ!!

 頭が当たった!

 頭が壁に当たった!!

 壁の感触を感じる!!

 よし、よし、よおおおおおおし!!


 余程嬉しかったのか、俺はテンションが上がっていた。

 だが、問題はここからなのだ。


 さて、当たったのは良いとして、後は、これからどうするかだな。

 壁が動いて、穴ができたとしても、そこまでどうやって上がるか……。

 いや、そもそも穴ができるとは限らないんだ。

 二度ほど起きたことだから、三度目もあると思いたいのだが、それは俺の願いであって、実際に起きるかどうか分からない。

 くそっ……、どうする……。

 いや、そんなネガティブ思考じゃダメだ。

 大丈夫。きっと開く。二度あることは三度あるんだ。大丈夫なはずだ。


 俺は願うようにして、しばらく待っていた。

 すると、ゴゴゴという音が鳴り出した。


 よっしゃ! 来た!


 が、俺は暗闇の中、がむしゃらに移動してきたため、やはり方向がずれてたようだ。

 ある程度ずれることは予想していたが、思った以上に離れている。

 数メートルほど離れた場所に穴ができた。


 くそっ。やっぱりずれた。

 いや、例え真上に穴ができても、上れないから一緒か……。

 とりあえず口袋を使って、穴の真下まで移動するか?

 いや、壁が邪魔で上手く移動できそうもない。

 ん? 壁……?

 そうだ! 壁に張り付くことはできないか?

 壁に張り付いて移動ができれば……。

 いや、張り付いて移動が出来ても、さすがに間に合わないか……。

 考えてる時間が勿体ないな。

 どうせすぐに穴は閉じてしまうんだから、少しでも明るい今の内に試してみるか。


 今、壁に当たっているのは頭の部分だ。

 俺は壁に向かって、頭を張り付けるように力を込める。

 どうやら、上手く張り付けたようだ。体が固定された感じがした。


 よし、とりあえず横へ移動できるか試そう。


 俺は、頭が横に伸びるように力を入れる。

 感覚だと伸びている気がする。


 今更だけど、スライムの体ってすごいな。

 頭が横に伸びてるよ。


 俺は伸びている先の部分に、張り付くように力を込める。

 そして、他に張り付いている部分の力を抜く。

 体が引っ張られるように動いた。

 横に伸ばした分だけなので、少しだが確かに動いた。

 張り付き移動成功だ。


 成功するのは何となく分かってた。

 頭で出来るか不安だったが、俺は似たようなことを、やったことがある。

 そう、俺が魔界で最初に目覚めたときに、カイザーに教えてもらった、緊急用の移動方法だ。

 あれを横方向に移動できるようにやったのだ。


 俺は更に試す。

 頭だと、どうにも力加減が分かりにくい。

 なので、方向転換をすることにした。

 壁に頭を張り付かせ、壁際を横に転がるように、力を入れたり抜いたりしていく。

 上手くいった。

 俺の体が半回転して、いつも地面に接している部分が壁側に向いた。

 俺は壁から離れないように、壁に向かって、地面に張り付くのと同じように力を込める。

 ガッチリ固定されている感覚がする。


 うん。

 やっぱり、この状態が一番やりやすいな。


 改めて思う、スライムの体のすごさを。

 本気を出せば、全身を動かすことができる。

 頭も、側面部も動かせた。試してないが、きっと背面だって動かせると思う。


 ゴゴゴと音が鳴り始めた。


 やばい! 穴が閉じる!

 いや、最初から間に合わないと分かっていた……。

 次に開いたときが勝負だ……。

 次のためにも、移動するべきだな。

 さすがに、ここからだと遠すぎる。


 穴が閉じ、真っ暗になった。

 俺は壁に向かって、張り付くように力を込める。

 穴が開く場所の、おおよその位置は分かったので、少しでも近づいておくのだ。

 そう、近づくのが目的だ。

 次に穴が開いたとき、ほとんど進んでいなかったり、進みすぎて穴の場所を大きく通り過ぎることだけは、避けなくてはならない。

 それを、感覚だけで行うのは、かなり難しいがやるしかない。



 俺は少しずつ壁際を進み、おそらく真上に穴が開くであろう場所まで辿り着いた。

 あとは穴が開くのを待つだけだ。

 どれくらいの時間で開くのか分からない。

 開くかどうかも分からない。

 だが、待つ。

 俺にはそれしかできないから。



――


 どれくらい経ったか。

 待っている間に、壁を登るシミュレーションをして、ある程度、壁を登る算段はついた。

 早く開いてくれなきゃ、ふやけちゃうな。などと、ふざけた事を考えていると、ゴゴゴと音が鳴り出した。

 俺は壁に注意を向ける。


 おっしゃ! 俺すげえ!

 見事に真上に穴が開いた。

 穴まで、二メートルくらいかな? 思ったより高いな……。

 それでも行くしかない!

 よし、行くぞ!


 俺は壁に張り付きながら登り始める。

 壁に張り付き、体が上下に伸びるように力を入れ、上の部分にだけ張り付くように力を込める。

 そして体を縮めるように力を入れ、縮んだところで、接地面全体で張り付く。

 これを繰り返すことで、少しずつだが登っていける。

 だが、この方法、異常に体力を持って行かれる。

 想定外だ。すごく疲れる。


 おし、疲れるけど登れてる。

 壁を垂直に登れてる。

 シミュレーション通りだ。

 いや、予想以上に疲れるから、シミュレーション通りではないか。

 だが、上手くいってる。

 人間だったら、まず無理なことをやれてる。

 スライムの体すげえな!

 いや、人間だったら、もっと楽に登れたか?

 今はそんなこと、どうでもいいな。

 壁を登ることに集中しよう。


 俺はゆっくりと、だが確実に壁を登る。

 落ちたら最初からやり直しだ。失敗は許されない。

 何度も繰り返す内に、コツも掴んできたので、ペースを少し上げた。


 あと少し、あと少しだ。


 ゴゴゴと、音が鳴り始めた。


 ヤバイ! 急げ!


 俺はペースを更に上げる。

 壁が徐々に閉まっていくのが見える。

 大丈夫。このペースなら間に合う。

 自分にそう言い聞かせながら、俺は登り続けた。


 そして、壁が完全に閉まる直前、僅かな隙間をくぐり抜けるようにして、俺は辿り着いた。

 かなりギリギリだった。

 だが辿り着いた。

 あの水の部屋から、出ることに成功したのだ。


「おっしゃあああああああああああああああああああああああ!!」


 やった! 出られた! 脱出できた!

 一時は本当に死ぬかと思ったが、俺は生きた、生き残ってやった!!

 おっしゃあああああああああああ!!


 俺は歓喜している。生きていること、そしてあの困難を乗り越えたことに。


 ん?

 そう言えば、ここどこだ?


 辺りを見渡すと、見たことのある扉が目に映った。


「ですよねー」


 そう、ここは塔の一階。

 俺は、スタート地点に戻されたのだ。


「もう帰りてぇ……」


 俺は自然と呟いていた……。




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