第七話 「階段」
「マジかよ……」
俺は塔の内部に閉じこめられてしまった。
「何だよこれ……。どうすんだよ……」
とりあえず俺は辺りを見渡した。
塔の中は薄暗く、カンテラのような謎の照明器具が、ポツンポツンと設置してあり、妖しい光を放っている。
「思ったより狭いな……」
俺がいるこの場所は、部屋みたいな空間だ。
狭いと言っても、塔の外観から考えると少し狭いのでは? と思っただけで、それなりに広い。畳だと十畳分くらいはあると思う。
出入り口の扉と、部屋の隅に通路が一本伸びているだけで、それ以外何もない部屋だ。
俺は、扉を調べることから始めた。
もしかしたらペットドアがあるかも知れない。そう思い探したが見つからなかった。
次に俺は、扉に向かって何度か体当たりを放つ。
無駄だった……。
ただ、俺が痛い思いをしただけだった。
「開けろやごらああああああああああああああ!!」
返事はない。ただの扉のようだ。
ただただ、俺の心が痛い思いをしただけだった……。
このまま扉の前にいても、開けてくれるとは思えないので、俺はとりあえず通路へと向かうことにした。
通路は、少しだけ天井が低くなっていて、窓のような小さい穴が空いている。もちろん俺が通れるような大きさはない。
だが、うっすらと外の光は入ってくるし、ジャンプすれば外の様子も少しは見えた。
ちなみに、カイザーや、あの深緑のスライムの姿は確認できなかった。
しばらく進むと、通路の終わりが見えてきた。
最初、行き止まりになってるのでは? と思ったのだが違った。
行き止まりではなく、そこには階段があった。
上へと伸びる階段。外壁の内側に沿ってるのか、大きな弧を描くように伸びているため先は全く見えない。
そう言えば、カイザーが、この塔の最上階に行けって言ってたな……。
マジかよ……。どんだけ時間掛かるんだよ……。つーか、俺の体力持つのか?
「あー。あー。パントロよ。聞こえるかのう?」
どこからともなく、カイザーの声が聞こえてきた。
「カイザー!? どこだてめぇ!!」
「ふぉっふぉっふぉ。お主のことじゃから、どこだてめぇ! などと言っておるかも知れんが無駄じゃぞ。そっちの声はこちらに聞こえんからのう」
なん……だと……?
どうする? 一応確かめるべきか?
「ばーか。ばーか。ばーか。クソカイザー! 寂しがり屋のくそ神官!」
「お主に言い忘れたことがあったので、今から伝えるぞい」
どうやら、本当にこっちの声は、聞こえてないみたいだ。
それより、自分の語彙力の低さに、泣きたくなってきた……。
「さて、お主は塔の中にある階段を使って、最上階まで登ってもらう」
本当にやらなきゃダメなの? マジで?
「その階段を登るときに一つ注意があるのじゃ」
注意? なんだ?
「登るときに、自分の状況を説明しながら登るのじゃ」
は?
意味が分からんぞ?
「それじゃあ、伝えたからのう。最上階で待っとるから、頑張って登るのじゃぞ」
「おい! ちょっと待て! 意味が分からん!」
何の反応もない。
「クソカイザー! 説明しろよおおおおおおお!!」
やはり何の反応もない。
マジで意味が分からん。
どういうことだ? 自分の状況を説明しながら登る? 全く意味が分からん。
ただ登るだけじゃダメなのか? 何なんだよ……。
クソッ……。まさかこんな訳の分からん状況になるとは……。
しばらく悩んだが、結局俺は登ることにした。
今の俺の現状を考えると、黙って待っていたとしても何も解決しない。
俺は、この目の前の階段を登るしかないのだ。
「お、俺は、一段階段を登った」
俺は自分の言葉の通りに、小さくジャンプして階段の一段目に乗った。
何も起きないが、これでいいのだろうか?
「俺は更にもう一段上がる」
先ほどと同じように、今度は二段目に乗ったが何も起きない。
何だこれ……? 俺、何してるの?
自分でやっておきながら、自分のやってることが、よく分からないぞ……。
でも、これでいいはずだ……。
自分の状況を説明って、こういう事でいいはずだ……。
いいんだよな……?
俺は少し疑問を感じながら、次々と同じようにして登っていった。
――
「俺は目の前の階段を一段上がった」
「慎重に、着地地点を踏み外さないように、もう一段上がった」
「俺は目の前の階段をまた一段上がった……はぁ……」
「……」
「……」
「……なんでだあああああああああああああああああああ!!」
思わず叫んでしまった……。
だってそうだろ? やっぱ意味が分からんだろ?
なんで自分の状況を説明しながら登るんだよ!!
これ何の意味があるんだよ!!
くそっ……。
「はぁ……。俺は一度ブチギレてから、また一段上がった」
もうかなり登ってきたが、これで本当にいいのか? 不安になってきたぞ。
「俺は不安を感じながらもう一段上がった」
本当にこれでいいのか!?
確認方法がないから、こうするしかないんだけどさ……。
「俺は迷いなら更に一段上がった」
それにしても、一体どこまで続くんだよこの階段。
次の階とか無いのか? もしかして、この階段って最上階までずっと続いてるのか?
「俺は次の階はあるのかと思いながら一段上がった」
はぁ……。かなり登ってきたからな。さすがに少し疲れたぞ……。
どれくらい登ったか、ちょっと外見てみるか……。
壁には、一定の距離毎に、外と繋がっている小さな穴が空いている。
最初の通路にもあった、窓の代わりのような、あの穴だ。
少し高い位置にあるので、強めにジャンプしないと外は見えない。
この穴、腹が立つことに、上に行けば行くほど、徐々に穴が大きくなっていく。
今は無理だが、もう少し登ったら、かなり大きくなると思われるので、俺の体を変形させれば、外に出られるくらいになるんじゃないだろうか。
まあ、外に落下する事になるから、出ないけどな……。
もっと下の方で穴が大きくなれば、すぐに出られたのに……。
俺は外が見えるように、穴に向かってジャンプをした。
見えた景色は森。それだけだった。
これだけで高さを判断するのは難しいが、普通のマンションで例えると、十階くらいだろうか? それくらいの高さはあると思う。
この塔まで来るのに、森を通った記憶はない。
整備された街道のような道を通ってきたと思う。
まあ、ボールにされてたから、いまいち覚えてないのだが……。
はぁ……。それにしても、あとどれくらいなんだろう……。
ぼんやりと見上げただけで、高さなんて見てなかったからなぁ……。
「俺は外を確認してから一段上がった」
くそ。これ本当に意味があるのか?
もう面倒になってきたぞ……。
「俺は面倒だと思いながら一段上がった」
そもそも状況を説明しろってのが、無理な話だ。
階段しか無いんだぞ? ただジャンプして登るしかないんだ。状況が何か変わる訳でもないのに、状況をを説明しろって言われても無理だろ。
それに、ほとんどの場合、自分が思ったことを言いながら登ってんだぞ? これって状況を説明してることにならないだろ。
もしかして間違ってるのか?
いや、だとしても確認方法がない。
「なんかバカらしいと思いながら、もう一段上がった!」
はぁ……。もういいかな……。
もう無言で登って行こうかな……。
カイザーに会ったら、ちゃんと状況説明しながら登ってきたって言えばよくね?
どうせ俺の声は聞こえてないんだろ?
ん? そうだよな……。
俺の声はカイザーに聞こえないんだよな。
聞こえないなら、状況説明なんてしてもしなくても一緒じゃねーか。
よし、決めた! 俺はこれから無言で登る!
俺は無言のまま一段上がった。
もちろん何も起きない。
俺は、そのままテンポ良く登っていった。
「不正行為です。戻ってください」
「うおっ!」
無言のまま十段くらい登ったところで、どこからともなく謎の声が聞こえてきた。
ひどく無機質で、性別も分からないような声だった。
急になんだ? 戻れ? 何でだよ?
戻れと言われて、戻る奴が居るのかよ?
こんなの無視でいいな。
俺は無視して階段を登り始めた。
ん?
階段の終わりが見えてきた。
というか、階段の先が壁になってて、行き止まりになってる。
俺はとりあえず、その行き止まりまで登っていった。
何故だ? 何で階段がここで終わってるんだ?
横に行けるわけでも、上に行けるわけでもない。本当にただの行き止まりだ……。
どうなってる? 最上階ってここなのか?
いや違うよな……。カイザーは最上階で待ってるって言ってた……。
もしかして……、さっきのか?
さっきの謎の声か? 戻れって言われたけど、戻らなかったからか?
う~ん……。とりあえず戻ってみるか。
俺は、一旦戻ろうと思い、振り向いた。
が、そこには戻れる階段は無かった。
何故か数段下の階段の先には壁があった。
は? なんで? なんで壁がある?
今登ってきたんだぞ? なんで壁ができてるんだよ!?
俺は、すぐに降りていき、壁に軽く体当たりをして確認する。
間違いなく本物の壁だった。
ダメだ。俺の理解を超えてる。
何が起きた? 何でいきなり壁ができる!?
上も壁。下も壁。右も左も壁。どうすんだよ!!
完璧に閉じこめられてんじゃねーか!!
「うおっ!? なんだっ!?」
俺が軽くパニックになっていると、唐突に内側の壁に大きな穴が空いた。
何だこの穴。さっきまで無かったぞ。
もうやだ……。帰りたい……。訳が分からない……。
なんで急に壁ができたり、穴が空いたりするんだよ……。
俺は恐る恐る、ゆっくりと穴の方へ向き、中を覗いた。
穴の中は、明かりが無いようで真っ暗だ。何も見えない。
「まさか、この先に行けってことじゃぶふっ!!」
俺がその穴に気を取られていると、背後から殴られたような強烈な衝撃が襲ってきた。
俺はその衝撃のせいで、穴の中に入ってしまった。
穴の中には何もなかった。
そう、床すら無かった。
「うぉぉぉぉおおおああああああああああああああああ」
落ちてる!?
ヤバイヤバイヤバイ!
なんだ!? 何が起きた!?
何で落ちてる!?
誰かに殴られた!? 一体誰に!?
そんな事どうでもいい!
この高さはヤバイ!
落ちたらさすがに死ぬ!!
ヤバイ! どうする!?
俺は何もできないまま、落下していった。