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おにいちゃん☆

楽しい思い出を作ろう。その言葉通りにするため、皆川万結はNYRONを歩き回った。

その腕の中には狭間進歩と名乗り、今はムーくんと呼ばれている、金龍のアンドール。

東西南北だけでなく、中央や地下世界に広がる街並。子供達の腕や肩には皆川万結と同じようにアンドール。


動物らしい動きをするアンドールもいれば、人間臭い動きをするアンドールも。

どれ一つと同じものがないのではないだろうか、と思うほど様々なアンドール達が子供達の傍にいた。

かつて憧れていたアンドール、それ自身になってしまった狭間進歩は少しおかしくなって、笑いを零す。


それに気付いた皆川万結が尋ねれば、世界が違って見えると伝える。

実際に狭間進歩が知っているNYRONと皆川万結が知っているNYRONは違う。

交差点に供えられた白いカーネーション、十年前の飛行機ハイジャック事件を追悼するニュース、能力者研究機関発足の前兆。


幸せばかりではなく、確かな明日もない世界。夏だけでなく春秋冬と移り変わっていく季節。

出会いもあれば、別れもある。笑顔だけじゃなく、怒ることもあれば泣くこともある。

約束がなくても会える人がいて、約束しても会えなくなった人がいる。だけど誰もが前に進もうと努力している。


足を止める人がいれば、誰かが声をかけて手を取る。困っていれば一緒に解決しようと悩みを聞く。

過去には戻れず、未来には進むしかない。狭間進歩から見たら、それらが素晴らしい世界に見えるのだ。

少なくとも理不尽に明日を奪われることはない。真実を知って抗う力すら失くすことはない。


自分を嬉しそうに抱きしめる少女がいつか大人になる。そんな当たり前のことが幸せに見える。

反面で不幸なのは夢の中から出てこない少女のまま時を止めた女性。彼女だけが未来に進むことも、過去に戻ることもできずにいる。

完璧な幸せの中で衰弱していき、いずれ死んでしまうと聞かされている。それを止めようと動いている子供達がいる。


狭間進歩は自分がやるべきことを考える。データとしての自分、終末を唯一体験した上で生き残った意味。

しかし一時的に思考が止まる。なぜ自分だけが、偶然にも、完全消去から免れることができたのか。

もし偶然でないとしたら、どんなキッカケがあったのか。狭間進歩は皆川万結に気付かれないようにアラリスに連絡を取る。




ネットやデータ世界においては無敵の存在で、あらゆる情報を集めることができる力を持つアラリス。

今では会議場というスーパーコンピュータを城として、内部のデータを改竄してほぼ現実と変わらない環境を作り上げている。

そのコンピュータ内では多くのアニマルデータが元の人間の姿で、無重力空間を移動するように生活している。


連絡を受け取ったアラリスは、やはりこの質問が来たかと渋い顔をする。実は一つだけ狭間進歩に明かしていない情報がある。

魔法使いマーリン、正体は海林厚樹というデータが様々な経由のもとでアンロボットとして現れた存在だ。

そして狭間進歩の友人であった少年。今は青い血の二番であるジョージ・ブルースの管理下に置かれている。


これ以上黙っておくのもきついかと感じつつも、打ち明けていいのかとも悩む。

ある意味重要な鍵だが、それを助け出す算段が整っていない。むしろあらゆる物事が煩雑な状態なのだ。

このまま進めていけばおそらくぶっつけ本番のような、最悪な状況が起きやすい進行になる。


というのも、全員向かう方向は同じなのに目的や意思の統一が不完全なのだ。

ある少女は大好きな先生を助けたい、ある少年は全てを救いたい、ある青い血は二番を倒したい、あるデータは約束を守りたい。

連携が取れていないにも程がある。唯一救いがあるとすれば、まだ時間があるということだけだ。


急いでいるのは事実だが、明日までにという逼迫した状況ではないこと。

だがあまり先延ばしにはできない。今でも少しずつ不安が増大していっている。

あまりにも立ち向かう先が誰かの理想を具現化しすぎている。だが壊すことを躊躇えば、また消えてしまう。


アラリスは不本意ながらも瞑想するように瞼を閉じている青年の後ろに近づく。

そして背中から勢い強く抱きしめれば明らかに慌てた様子で、振り向いて苦い顔をする。

苦渋の表情に満足したアラリスは、早速セイロンに悩んでいることを打ち明けた。


<と、いうことなんだけどー、教えた方がいいと思う?>

<俺は教えた方がいいと感じる。知らなかった分、後から知った時の衝撃は大きいからな。そこを見逃す青い血じゃないだろう>

<そっかぁ……じゃ、とりあえず送信、っと。で、で、でさ!僕に抱きつかれて思うことはないの、セ・イ・ロ・ン☆>

<早く離れてほしいとは思っている>


死んだ想い人の面影を残す弟に抱きつかれているセイロン。正直辟易しており、せめて憎まれていた方が楽なのにとまで思ってしまう。

あからさまな好意は明確な憎悪よりタチが悪い。それを知っているが故、アラリスはセイロンに偽の好意をぶつけて遊んでいるのである。

だがそんな光景を眺めていたシュモンが呟いた言葉により、空気が一変する。


<なんだか本当の兄弟みたいだな。試しにお兄ちゃんと呼んでもらったらどうだ、セイロン>


何をふざけたことと鼻で笑おうとしたセイロンだったが、背後で発生した冷気に近い恐怖に身を竦ませる。

わずかに振り返ればアラリスの表情が鬼のように険しくなっており、冗談じゃないと憤慨し始める。


<セイロンがお兄ちゃんとか止めてよ!!それじゃあ僕がセイロンと姉さんの交際を認めたみたいじゃないか!!死んでも認めてやるもんかぁあああああ!!>

<んなぁっ!?ま、まさか俺に冗談で好きとか言い寄ってくるのは、俺とクラリスの交際否定のためだったのか!?>

<女王陛下だろうがぁあ、愚民がぁ!!姉さんは僕の姉さんなの!!セイロンを姉さんの恋人と認めるくらいなら、僕の恋人にした方が万倍マシってもんでしょう!!>

<ずれている!?シスコンをこじらせまくった挙句のすえに思考がずれているぞ!?気付け、自分の間違いに!>


一人暴れるアラリスを諭そうとセイロンは話しかけるが、聞く耳持たずのまま首元を掴まれて揺さぶられる。

老人のガトはそんな光景を眺めていて若いとは勢いだと感じつつ、止めようとはしなかった。

シラハは我関せずと暴れまくっているアラリスから離れ、シュモンも見物だけにしようと少しだけ距離をとる。


<うわぁああああああん、絶対絶対絶対にぃ、セイロンと姉さんがラブラブだなんて認めるもんかぁあああ!!>

<そ、そんなラブラブだとかじゃないし……多分>

<顔を赤らめてツンデレ発揮すんじゃねぇよぉおおおおおおおおおおお!!馬鹿ぁあああああああああああああ!!!>


実はこんな会話がマスターのパソコンに会話ログとして記録されていることを知らないアニマルデータ達。

後日その事実を知ったアラリスがマスターのパソコンに侵入して、マスター自作のファイアーウォールとウィルス対策ソフトと死闘を繰り広げるのはまた別の話である。





返ってきた内容に狭間進歩はやはりそうだったかと、どこか安心していた。

偶然でも奇跡でもない。誰かが抗ったゆえの結果、それが狭間進歩が終末から逃れた理由。

だからこそ勇気が湧いてくる。アラリスの返答は以下の通りだ。



海林厚樹がジョージ・ブルースの策略で抽出される際、彼が一番強く関連付けたデータが排出されていた。それが狭間進歩。



最後の日曜日。宇宙エレベーターの十三階へと共に辿り着いた。その後は狭間進歩は海林厚樹を置いて、花山静香の元へと走りだした。

だが海林厚樹は行動しようとしなかった。ただひたすら考えていた、消える寸前まで次の世界のことを。

もう一度一週間が繰り返される。その日々の中に海林厚樹と狭間進歩はいなくなる。主人公になれなかったから。


だけど宇宙エレベーターの中で重要な情報を引きずり出すことに成功した。それを誰かに伝えることができないか。

できれば同じ情報を聞いた狭間進歩が生き残れば、次は主人公としてこの終末を終わらせるファクターになるかもしれない。

足元が黒に染まる瞬間まで、海林厚樹は暗い部屋で考えていた。狭間進歩をこの世界から弾き出せないかと。


結果として答えは出なかった。だが意図せずに海林厚樹の願いは叶えられた。

あまりにも狭間進歩のことを考えていたから、抽出の際に検索に引っ掛かり、必要ないとシステムエッグの判断で排出された。

アニマルデータがインストールされる機械に辿り着いたのは偶然だが、排出されたのは海林厚樹が最後まで抗おうとしたからだ。


最後まで諦めの悪い奴、と狭間進歩は思考の中で微笑む。何億と同じ一週間を繰り返して、諦めなかったあいつらしいと納得する。

それが今は元凶の手中に収まっている。どうせまた諦めずに行動して、失敗したのかもしれない。それもそれで、らしい、と感じてしまう。

今どうしているかは知らないが、おそらく諦めていないだろう。また何かを見つけて、抗おうとしているだろう。


現実時間の一秒未満、電脳世界での一週間、それを何度繰り返したとしても海林厚樹は抵抗を止めない。


「どうしたの、ムーくん。なんだか嬉しそう」

<諦めの悪い友人が、今も諦めてないことを知ったからな>

「まるでヒーローだね!」


皆川万結から出たさり気ない一言。それだけで狭間進歩は身震いしたくなった。

なんでそんな簡単なことに気付かなかったのか。海林厚樹が主人公として動いても良かったという可能性。

その可能性を唯一諦めたのが海林厚樹自身だった。だけど、もしも、と何度も仮定を並べていく。


お助けキャラという扱いをされていた。まるでアニメのモブキャラみたいな扱いだ。

だからって主人公になることを諦めていい理由にはならない。なにより物事の真実に一番近付き、行動したのは海林厚樹じゃないか。

狭間進歩はそこで一つ、何かが足りなかったのではないかと考える。だが答えはあっさりと皆川万結の口から零れ出る。


「あきらめないヒーロー!それをみまもるヒロイン!おうどう、ってやつなんだよね」


そういうことかと、狭間進歩は腑に落ちた。そして本当に必要な物を見つけた。

状況としてはあべこべで最悪なことには変わらない。なにより予定にはなかったものを巻き込むことになる。

だが大事な物を見つけた。改めて狭間進歩はアラリスにメールを送る。





セイロンに噛みつきながら。届いたメールを会議場全体に向けて開くアラリス。

その内容は驚愕を呼び起こして、スーパーコンピュータ内の負荷を上げ続けた。

噛まれたままのセイロンも驚きで開いた口が塞がらなくなっていた。だがアラリスだけは獰猛な笑みと歯を見せ、笑う。


<いいじゃん!主人公一人勝ちって言うのも味気ないしね>

<増やせばいいっていう問題じゃないとおもったたたたたたたった!!?>


せっかくの高揚に水を差したセイロンはさらに強く頭を齧られることとなる。

もちろんデータによる見せかけだけの行為だが、相手が最強ウィルスとしての力を備えているため、本当に痛みを感じている。

損傷しないといいのだが、というセイロンの考えは大分人間から離れつつあった。



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